騎士とケミのお話。


 何か大切なモノを守る為に強くなろうと思った。

 それは常日頃から薄々感じていた。
 隊内は数から言ってしまえば圧倒的に男の数が多く、自分のような女騎士は数少ない。
 その中でも小隊の隊長をしている自分に、他の隊から良くない噂をかけられているのは知っていた。
 『莉煌は身体を売ってあの隊内に在籍している』と。
 もちろん、そんなものは噂に過ぎず自分の部下達にそんな事をした事などは一度も無い。
 だが、その噂にかどわかされてか少しずつだが部下達の自分を見る目が変わって来た事もまた事実だった。
 小隊長になってから出来た部下達。
 最初自分を見る部下達の目は憧れそのものだった。
 女性なのに隊長になれるなんて凄い、と。誇りに思う、と。信頼してくれていた。
 だから出来る限り、自分もそれに応えられるよう頑張って行こうと思ったのだ。
 それなのに。

「たいちょー。お暇ですかー?」
「俺達とちょっと遊んでくれません?」
「なんだ、お前ら。酔っているのか?非番ではなかろうに。一体何をしている」
「いいじゃないですかー少しくらい。暇なんですよー」
 酒臭い吐息。
 覆い被さって来る二人の男の影。
 掴れる腕。肩。
 圧し掛かるその重み。
「お前ら、何をしているのか分っているのか?やめろ、離れろ」
「たいちょーもそんな演技しちゃって」
「騙されませんてば。毎晩誰かとこうしてるくせに」
「なんだって・・・?」
 その台詞にかっとなり、二人の男を力いっぱい跳ね除けて居た。
 酔っていた二人は簡単に突き飛ばす事が出来、勢い余って家具や壁やらに衝突する。
 怪我でもしたのか、その場で倒れ伏したまま呻き声を上げていた。
 私が・・・この私が毎晩誰かと・・・。


 がばっと跳ね起きた。
 辺りを見回しても暗い所を見ると、まだ夜は明けては居ないようだった。
 また・・・あの夢を見たらしい。
 背中をつぅと汗が伝い落ちて行くのが分る。
 気分も悪ければ身体も気持ち悪く、私は身体を流す事にした。
 多分、もう一度寝ようとしても眠れもしないだろう。あの夢を見た後はいつもそうだ。
 備え付けのバスローブの腰紐を解いて脱ぎ捨て、ベッドへと放るとそのままでバスルームへ向かった。



 持ち家は無い。
 今はプロンテラの宿を数ヶ月先払いしてそこで寝泊りをしている。
 騎士団に居た頃は支給されていた家があったが、今は騎士団員でも無いのでそれも無い。
 ギルドにも所属する気になれず、無所属生活を続けて居る。
 この状態を世間では、野良と言うらしいが別に苦だと思う事は無い。
 狩りの相方と呼べる相手も居ないが、私には苦楽を共にして来たペコペコのセイロンが居るし、
 狩りも別にソロで全然支障は無かった。そこまで狩りをしてレベルを上げようとも特に思わないからだ。
 私は幼い頃から騎士団に憧れて居た。父も兄も騎士団員で、勝手にいつか自分も騎士団に入るのだろうと思って居た。
 15を越えてから冒険者になるのだと家を飛び出し、剣士に転職。騎士団員の父と兄の元で修行をし18で騎士に転職。
 それからは必死で任務をこなし、21で小隊長になったのだった。
 あの時は嬉しかった。女でも頑張ればここまでやれるのだと思った。父も兄も祝福してくれた。
 だが、嬉しさの余り私は少し舞い上がって居たのかもしれない。周りが見えて居なかったのかもしれない。
 自分では上手くやれているつもりだった。頑張っているつもりだった。
 ・・・所詮、つもりだったのかもしれないが。
 結局あんな事態になってしまい、責任を取り私は脱退をする事になった。
 隊内の節度が乱れる。それは国の警備を仕事とする騎士団員として恥ずべき事だ。
 脱退をした事を後悔はしていない。自分で決めた事だからだ。
 騎士団員であった期間は短いモノであったが、憧れだった騎士団員に、それも小隊長に少しの間だけでもなれたのだ。
 それはとても誇りに思っている。
 だが、それからの私は何をしていいのかわからなくなり。
 こうして毎日街並みを眺めては、セイロンと二人。毎日を無駄に過ごしている。
「なぁ、セイロン。私は何の為にここまで強くなったのだろうな」
 セイロンは首を傾げてひとつ「クェ」と鳴いた。
 現役時代に露店街で集めた武器や防具も殆どが倉庫に入ったまま。
 金に困っている訳ではないが、いっそ売り払ってしまおうかと思った。
 だが、なんだか出来なかった。後悔はしていない筈だが、やはり未練があるのだろうか。
 いつものようにセイロンにまたがり、街を歩いて居た。
 騎士団員だった頃はバッヂを付けて居たせいか、擦れ違う人々が労いの言葉を掛けてくれたりしたが
 今の私は「一冒険者」。擦れ違う人々も顔など覚えている筈も無く、誰一人として声を掛けては来ない。
 騎士団員もバッヂで判断されて居るのだなと始めは落胆したものだ。
 露店街に入り少し歩いた時だった。
 私はセイロンの上から少し遠めにある露店を眺めて居たので気付くのが遅れたのだが。
 何かがセイロンに体当たりをしたのか、セイロンが威嚇するような鳴き声を上げた。
「どうしたセイロン。そんな声を上げて」
 セイロンの頭を撫で、彼が睨んでいる方向―地面に視線を向ける。
 ピンク色をした薄透明の見た事の無い生き物が懸命にセイロンに体当たりをしていた。
 何だろう。新種のポリンか何かだろうか。
 誰かが枝でも折ったのか、何処からか紛れて来たのか。
 どちらでもいいが、駆除をした方がいいだろうか。
 そう思い、槍を構えると。
「きゃー!すいませんっすいません」
 悲鳴を上げた女の子の声。
 その声の方向に視線を向けると、露店を開いて居た人物が慌てて飛び出して来た。
 薄ピンク色の生物を抱えると、私に向かい何度も何度も頭を下げる。
 チョコレート色のふわりとした髪の毛。それと同化したような前後に動く猫の耳。
 その下左右に付けられたツインリボンが小さく揺れる。
 セイロンの上から見下ろしたままでは申し訳無いので、降りて目線を合わせた。
 それでも彼女は小さかった。否、私が大きいのだろうか。
「お怪我ありませんか?」
「私か?私は大丈夫だ。無論、こいつも」
 セイロンをぽんと叩く。セイロンは「クェ」とひとつ、大きく鳴いた。
 すると彼女の腕の中の薄ピンク色の生物が皮膚を尖らせる。どうやら威嚇しているようだ。
「だめよ、とろり。この人も、このペコペコさんも敵じゃないの」
 め!と言って、彼女は薄ピンク色の生物―とろりと言う名前のそれを叱る。
 もしかすると、これは噂に聞いたホムンクルスと言う奴ではないのだろうか。
 彼女はアルケミストのようであるし、今の台詞から察するにとろりはセイロンを野生のペコペコと間違えて
 攻撃をして来たのでは無いかと考える事が出来る。
「すいません。この子、この間生まれたばかりで。まだ、騎士さんのペコペコさんやペットさんと敵の区別がうまくつかないみたいで」
 やはりそうだった。まだ、私の観察眼も劣ってはいないようだ。
 いや、これくらい少し考えれば分る事か。
 アルケミストは自分の露店へ戻ると、とろりをカートの中へ置き。
 店に出して居たホワイトスリムポーションをひとつ取って戻って来た。
「あの、これよかったら使って下さい」
 差し出して来るので反射的に受け取る。
 絢音、と書いてある。
 銘柄入り。どうやら自作の物らしい。
「いいのか?売り物なのではないか?」
 尋ねると絢音は、いいんです。と笑顔で答えた。
「ひとつだけですけれど、ご迷惑を掛けてしまった御礼です」
 御礼?と首を傾げる。
 すると絢音は慌てて顔の前で両手を振ったかと思えば、その場でじたばたとし始めた。
「あ、あの違うんです!御礼じゃなくてっお詫びって言いたくて。ごめんなさい」
 また、ぺこりと頭を下げる。
 思わず吹き出してしまった。
 絢音は少しとぼけた所があるようだ。
 うん、女の子はこの位の方が可愛いのだろう、きっと。
 顔を真っ赤に染めて俯く姿に、女の私ですら可愛いと思うのだから。
「ありがとう、絢音」
「え?どうして、私の名前を?」
「どうしてとは面白い事を言う。ここに書いてあるぞ」
「あ・・・」
 今度は照れたように笑顔になった。
 コロコロと表情の変わる子だな。私はこんな頃があっただろうか。
 一応、今笑顔を作ってみては居るが一体どんな笑顔になっているのだろう。
「莉煌だ」
「え?」
「私の名前だ。片方だけ知っているのでは武が悪いだろう」
「莉、煌さん」
 噛み締めるように私の名前を呟いた絢音だった。
 そして、覚えようとしてくれているのかじっと顔を見上げてくれる。
 有難い事だったが、多分すぐ忘れられてしまうだろう。
 もう当分会う事もあるまい。
「無理に覚えようとしなくてもいい。また会う事があればいいな」
 貰った白スリムを道具袋に入れて、私はセイロンにまたがる。
 すると遠くから絢音を呼ぶ声が聞こえて来た。
「あ、あの・・・」
「客のようだぞ」
「あ・・・」
「絢音ー!あれ?居ない?」
 絢音の露店の前で銀髪のローグがきょろきょろして居るのが目に入る。
 ここまでだ。
「ではな、万引きをされん内に戻った方がいい」
 言ってセイロンの腹を軽く蹴って歩き出した。
 背後では絢音を見つけたローグが、白スリムを売ってくれとせがんで居る声が聞こえる。
 仲良く話をしている感じからすると知り合いのようだ。
 万引きされない内に、などと言ってしまって悪かったかな。
 心の中であの銀髪に謝りながら、なんとなく南広場へと向けて露店を眺めながら歩みを進めてみるのだった。


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