騎士とケミのお話。


 朝、いつものように露店街で朝食を済ませ、何をしようかと頭を悩ませる。
 いつものこの時間は露店街は閑散としており、ぎゅうぎゅうに詰まった十字街もぽつぽつと店が開かれているだけ。
 ぬいぐるみなどを探す楽しみも無い。
 人に言っては多分馬鹿にされるので言って居ないが、私は可愛い物が好きだったりする。
 たれ猫ややる気のないたぬきなどの頭に乗せる動物系の頭装備。
 モンスターからドロップする、ぬいぐるみ。
 こつこつ集めて倉庫に貯めては、一人満足していたりする。
 勿論装備類は自分で装備してしまうとバレてしまうので、一度も装備した事は無いが。
 そういえば、この間会った絢音の頭についていた猫の耳も可愛かったな。
 黒い猫耳は見た事があったが、動く物があるとは。知らなかった。
 今度露店で見つけたら買ってみよう。
 人が殆ど居ないので十字街を真っ直ぐ駆け抜け、南広場へと抜けてみた。
 朝だと言うのにここは人が居る。
 まぁ、朝と言っても早朝ではないから、起きて朝食を食べてから狩りに出かける人間や用事をこなす人間が居るのだろう。
 臨時募集の看板が少しとギルドメンバー募集の看板が少し立っている。
 暇潰し程度にそれらの看板を眺めてみた。
 臨時募集の看板は公平圏内のレベルが書かれて居たが、狩場が知らない場所ばかりだった。
 タナ、ナナシ、生体。
 一体何処なのだろうか。騎士団に駐在し過ぎた私は、少し世間から遅れてしまっているようだ。
 看板を立てているのであろう人間に耳打ちで話しかけられもしたが、
 その狩場を知らないと言うと、じゃあ、入り方も分らない?と聞かれ。
 素直に応えると、そのまま応答が無くなってしまった。
 どうやら、入るのに何かやらなければいけない事があるらしかった。
 面倒な事だ。
 ギルドメンバー募集看板も眺めてみる。
 攻城戦をしているギルドの募集が多く、レベル制限を設けている所が殆どだ。
 攻城戦をするつもりは無いので、それらのギルドに私は関係ないな。
 そんな事を思いながら眺めていたら、ギルドメンバー募集の看板が立っている辺りに
 頭にやる気のないたぬきを乗せたハイプリーストが現れた。
 胸にもたぬきのエンブレムをつけている。
 彼は眠そうな顔をしながら看板を立てると、その場に座り込んだ。

 在GM募)Lv職不問。良い子歓迎。お話から。

 良い子、とはまた大きなくくりである。
 だが、彼は看板に在籍を表しているにも関わらず、その場でものの5分もしない間に眠り出してしまった。
 それではお話が出来ないではないか、と突っ込みを入れたくなる。
 起こしてやった方が良いのかとも思ったが、ギルドに入りたいのかと勘違いをされては困るので
 頭から落っこちそうなたぬき尻目に、南広場を後にした。


 身体が少し鈍って来たような気がするので、気分転換も兼ねて少し何か狩りに出掛ける事にした。
 と言っても、面倒なのは御免なので軽い運動くらいの楽な狩場を選ぶ。
 今日の標的はオークとオークレディ。向かう先はオーク村だ。
 ここにはオークロードが居るが、セイロンの足ならば逃げられるだろう。
 装備と回復剤を整えて、カプラサービスで移動する。
「久し振りだな、狩りをするのは」
 セイロンの頭を撫でて、少しだけ槍を握る手に力を込めた。
 着いて早々、オークとオークレディに囲まれる。
 しかし、その間に小さいのが居た。赤ん坊のようでおしゃぶりを咥えている。
 オークベイビー。
 ・・・一体いつの間に子供が出来たんだ。
 良く分からないが、攻撃をして来るので容赦なく薙ぎ払った。
 赤ん坊でも所詮はオーク。人ではない。
 ドロップ品を拾い集め、移動する。
 暫く狩り続け、やはりここでは楽すぎるかと。
 隣のハイオークの居る所へ移動しようと思った時だった。
 視線の先に何かが倒れて居るのが見える。そっと近付いてみると人だった。
 傍らにはドロップ品が沢山詰まったカート。服装からして女のアルケミストだ。
 オークが近付いて来たので先にそれを倒して、セイロンから降り。意識を確認する。
 死んでは居ない。意識を失ってるだけのようだ。
 そして顔を見て驚いた。
「絢音・・・!」
 この間、露店街で会ったあのアルケミストだったのだ。
 良く見れば身体の横に薄ピンク色の溶けたような後。
 とろりもやられてしまったのだろうか。
「!」
 強い気配に振り向く。
 セイロンも威嚇したような声で大きく鳴いた。
 あいつが居たのだ。
 オークロード。
 周りに取り巻きを従えて、こちらへと向かって来る。
 だめだ。私一人では闘えない。
 私は絢音とカートを抱えるとセイロンに飛び乗った。
「走れ!セイロンっ全速力だ!」
 思い切りセイロンの腹を蹴る。セイロンは大きく鳴いて、走り出した。
 オークロードは追って来る。
 だが、セイロンの全速力に追い付いては来られないようだ。
 振り切ったのを確認してから、私は蝶の羽を千切った。



 知り合いにプリーストもハイプリーストも居ない。
 だからと言って教会に連れて行く訳にも行かず、私は絢音を自分の寝泊りしている部屋へ連れ帰った。
 セイロンごと部屋に入り、まずはカートを下ろす。これは重かった。ずっしりと荷が詰まっている。
 これでカートレボリューションなどされたらひとたまりもないだろうな、と思う。
 次に絢音をそっと抱き上げた。絢音は小さい。その癖良く見れば発育が良かった。
 平たく言ってしまえば、胸が大きかった。羨ましいと思った。私は殆どが筋肉だ。こんなに膨らみは無い。
 完全に抱き上げてから思った。とても軽かったのだ。見るからに筋肉の無さそうな腕や肩。
 こんな腕でオークやオークレディと闘って居たのか・・・。
 そっとベッドメイキングされたばかりであろう、ベッドに下ろす。
 セイロンには水を与えてやった。全速力で走って疲れただろう。
「疲れたろう、セイロン。お前が居てくれて助かったよ」
 撫でてやると、セイロンは喉を鳴らして嬉しそうな声を上げた。
 その声でかどうなのか。
 ベッドの上の絢音が軽い唸り声を上げる。
 気が付いたのか、と思いベッドの傍へ寄って行った。
「絢音?」
 声を掛けてみる。
 また二、三度唸った絢音は、薄く目を開いた。
 意識が戻ったようだ。ほっと息を付く。
 そう。何故かほっとした。この間一度だけ言葉を交わしただけの人間なのに。
 それ以外は関わりの無かった人間なのに。
 命を救ったからだろうか。助けたからだろうか。
 それで、ほっとしたのだろうか。
「莉、煌さん・・・?」
 驚いた事に絢音は自分の事を覚えて居て、名前を口にする。
 なんだか嬉しかった。
 自分は騎士団に居た頃に鍛えられて、人の名前と顔は一度見て聞くだけで覚えられるようになって居た。
 それは罪人を追う為に必要な事で、必須事項だったからだ。
 なんだろうな・・・他人に自分を覚えて貰えて嬉しいとは。
 知り合いとは、友達とは。こうやって出来て行くモノなのだろうか。
 上司、同僚、部下。そして家族しか居なかった自分には縁遠いモノだったので、良く分からない。
「あの、ここは?」
「ああ。私が取っている宿の部屋だ。プロンテラだよ。安心していい」
 言ってやると、絢音は安心したように、そうですか。と呟いた。
 そして身を起こそうとして顔を歪める。
 受けた傷が痛むのだろう。細い身体にいくつも切り傷や打ち身を作っていた。
「待っていろ。今、医者を呼んでやる」
「あ、大丈夫です。ギルドの人を呼びました」
「ギルド?」
 聞き返すと、絢音は怪我をしたら呼べと言われて居ると言う。
 見れば胸にはたぬきのエンブレム。何処かで見たことあるような・・・。
 それにしても、絢音は随分と甘やかされてはいやしないだろうか、と思ったが。
 あの腕と肩を思い出す。全く筋肉の付いていなかった身体。
 絢音は完全製造型のアルケミストなのだとしたら。弱くて当然かもしれない。
 それならば、多少過保護にされても仕方無いのだろうか。
 自作出来る白スリムを飲めば体力は回復出来る。
 だが、傷を癒す事は出来ない。傷を癒すのはプリーストの仕事だ。
「私とっても弱いから、みなさんに心配ばっかりかけてしまって」
 言って、絢音は苦笑する。
 分って居るのだ、この子は。
 それならば。
「絢音・・・、」
 言いかけた時、ノックの音がした。
 ドアを開けに行く間も無く「入るで!」と焦ったような声がして男が二人入って来た。
 一人はハイプリースト。朝に南広場で見た頭にたぬきを乗せた男だった。
 もう一人はアサシンクロス。金髪の頭にライドワードを乗せている。否、食われて居ると言った方が正しいか。
 どちらも胸にたぬきのエンブレムをつけている。あの良い子のギルドだったのか。
 二人は私をちらりと見ると軽く頭を下げて、まっすぐ絢音の元へ。
 余程心配らしい。
「大丈夫?絢音」
「もー、今日は何処行ったんやー。こんな傷だらけにしてー」
 それぞれが絢音に声をかけながら、ハイプリーストがテキパキとアサシンクロスに指示を出す。
 言われたアサシンクロスは、私に「バスルーム借ります」と言い。
 私の返事を聞く間も無く部屋の奥へ消えて行った。
「ごめんなさい、マスター。オークのカードが欲しくって」
「露店は?」
「売ってなくって。だから出しに行ったんですけど」
「そんなん言えば出しに行ったる言うてんのに」
「やっぱり自分で出したいじゃないですか」
 笑う絢音に、マスターと呼ばれたハイプリーストは「まったくー」と絢音の額を突く。
 私は絢音の気持ちが分る気がした。
 勿論ハイプリーストの言う事も分るが。製造型のアルケミストではソロでの狩りはほぼ無理と言っていいだろう。
 でも、絢音は敢えて人の手を借りずに自分ひとりで行ったのだ。
 その勇気を称えてやらないでどうするのだろう。
 先程言った絢音の言葉が頭の中に蘇る。
 自分はとても弱いから、みんなに心配をかけるのだと。
「瑠玖、持って来た」
 アサシンクロスが戻って来た。
 手には濡れたタオルを持っている。
 瑠玖と呼ばれたハイプリーストはそれを受け取ると「ちょお染みるで」と言いながら、
 丁寧に絢音の身体の傷口を拭く。絢音は痛みを我慢するように顔をしかめて居た。
 疑問が湧き上がり、アサシンクロスに問う。
「何をして来たんだ?」
「ああ、えっと。水で聖水を薄めたんです。それをタオルに染みこませて。それで傷口を拭いてるんですよ」
 なるほど。傷口を清めている訳か。
 そのままヒールしちゃうと傷は治るけど、傷痕が残っちゃうんです。とアサシンクロスは続けた。
 確かに。あの身体に傷痕が残るのは忍びなかった。
 傷口を拭き終わったハイプリーストはタオルをアサシンクロスに渡すと両手を絢音の身体の上へとかざした。

 ヒール!!

 柔らかな光が絢音を包み、すぅっとその身体から傷が綺麗に消えて無くなった。
 ふぅとハイプリーストは息をつく。
 絢音はゆっくりと起き上がった。
「ありがとうございます。マスター、海月さん」
「おぅ」
「今度は無茶しちゃだめだよ?俺達とも組めるんだから、気軽に誘って?」
 絢音はそれに笑顔で、はい。と応えた。
 役目を終えた二人は私に向かって頭を下げるとドアの向こうへ。
 ここはプロンテラだ。
 絢音も当然首都に住んでいるのだろうから、いくら同じギルドでも一緒に連れ立って帰る必要も無いのだろう。
 絢音に手を振るとドアを閉めて行ってしまった。
「今のお二人が私のお世話になってるギルドのマスターさんとサブマスターさんです」
「その、たぬきのか」
「はい!」
 聞けば絢音はマーチャント時代からこのギルドに居るのだと言う。
 こんなに過保護でも、壁と呼ばれる行為で絢音のレベルを無理矢理に上げるような事は無く、
 とてもまったりとしていて過ごしやすいギルドだそうだ。
 中には他の全く知らない1次職の人間の壁を好んでしているプリーストも居るそうだが、
 それでも絢音はそのプリーストに壁を強要される事もなく、ゆっくりと育ってアルケミストになったと言う。
「みなさんとっても優しいんです」
「そうか、それはよかったな」
「莉煌さんはギルドには入ってないんですか?」
「ああ、私は入っていない」
 言うと、絢音は何故?と言う顔をした。
 理由は沢山ある。話せば長くなってしまう。
 それも関係しているのは全て騎士団の事だ。
 出来れば思い出したく無かったし、この子には話したくなかった。
「さあな。今は興味がないんだ」
「そうなんですか」
 当たり障りの無い返事をしたら、それに納得したように絢音は頷いた。
 嘘を付いた訳ではなかったのだが、何故だか胸が痛かった。
 絢音に謝りたい気分になってしまった。
「じゃあ、莉煌さん。嫌じゃなかったら、私とお友達になってくれませんか?」
「え?友達?」
 驚いて聞き返すと、絢音は笑顔で頷いた。
「実は初めて会った時からなんて言うのか、こうピンと来てて。気になってたんです」
「そう、だったのか」
 少しだけ困惑した。
 私は友達と言うモノがどう言うモノだか知らない。
 どのようにして付き合えばいいのか、どんな話をしたらいいのか。
 そんな事すらも全く分らないのだ。
「絢音。実は私はついこの間まで騎士団に居てな。今の世間に少し疎い。流行も面白い事も楽しい事も良く分からないんだ」
 素直に告白すると、絢音は凄い!と目を輝かせた。
 凄いとは何に対してか。騎士団に居た事だろうか。
「・・・そんな、私でも友達になってくれるのか?」
「全然いいですよ!流行は私も良く分かりませんけど、面白い事や楽しい事は一緒に体験していけばいいんじゃないですか?」
 笑顔でそう言う絢音に少しだけ見惚れてしまった。
 そして胸が高鳴って居るのを感じた。初めての事に興奮してしまっているのかもしれない。
 程なくして、絢音から友達申請が届いた。
 一拍置いてから、認証する。

 絢音さんと友達になりました。

 にっこりととても嬉しそうに微笑んだ絢音は私の手を取って握ってくる。
 強すぎないように握り返した。
「よろしくお願いしますね、莉煌さん」
「ああ、こちらこそ」
 生まれて初めて。
 今まで周りに居た男では無い。
 可愛い女の子の友達と呼ぶ大切なモノが出来た瞬間だった。


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