みんなのお話。
ハニーハーツに所属したのは間違いだったかもしれない。
そう、華楠は思っていた。
毎年、バレンタインの時期は煩いくらい蓮にせがまれるので、露店で適当に買っては渡していた。
自分で作れない訳では無かったけれど、手作りチョコを渡すのはどうしても気恥ずかしかったのだ。
それでも蓮は喜んでくれていたのだけど。
今年はレシピを自分で入手して作るのでは無く、専属のパティシエが作ってくれるらしいので
軽い気持ちで参加した。ハニーハーツでもブラックバレンタインでもどちらでも良かった。
だが、こうして賛成派の証をつけていなければならないとなると話は違う。
これをもし蓮に見られるとしたら、一体何と突っ込まれるやら。
多分、賛成派だったの?と喜ばれるに違い無い。
そうなると今まで嫌々チョコを渡して来た風に見せて来たのが全て水の泡だ。
「あーもぅ!」
ヨーヨーをマインゴーシュでぶっ飛ばしながら、軽く地団駄を踏む。
ヨーヨーはきゅうと唸り地面へころりと転がった。
カカオとチョコレートをドロップする。
眉間に皺を寄せながらそれらを拾って道具袋へ押し込むと、蝶の羽を千切った。
チョコレート工場へ戻り、課長へ報告。
ぽんぽんとスタンプを押されて、無事にパティシエレベルは3になる。
このまま、チョコレートを作りにお菓子作り教室へ行っても良かったが、なんだかその気になれずに居た。
材料は揃っている。作って貰えない事は無いのだが。
なんだか踏ん切りがつかない。
別に蓮にチョコレートをあげたく無い訳ではない。
いや、本音を言えばちゃんと渡したい。いつもありがとう、と言う意味も込めて。
けれどなんだか、渡したら渡したで調子に乗られるようなそんな気がしないでも無くて。
嬉そうにしているのを見るのは好きだけれど・・・、なんと言えばいいのか。
何か悔しいのだ。
ハニーハーツからブラックバレンタインに乗り換える事が出来るらしいような事は聞いた。
だが、これは自分が決めた事。
自分が一度これだと決めた事を途中で曲げるのは許せない性質なので、それはしないで居る。
うーん、と唸りながら工場内にある階段に膝を抱えて座り込んでいた。
「あら?華楠ちゃんじゃないの」
声を掛けられて顔を上げると、長身の男のアサシンクロスが立っていた。
綺麗な黒髪のポニーテール。顔立ちは整っている。
だが。
仕草が何処か女っぽい。
「由伊、さん」
何度か会った事のある、蓮の知り合いのアサシンクロスだった。
転職祝いだと、沢山の毒便を贈ってくれたのも確かこの人だ。
座ったまま、ぺこりと頭を下げると由伊はとんとんと階段を上り、華楠の隣に腰を下ろした。
「何してるの?こんな所に座って」
「少し、休憩です」
「あら、そう。それじゃあアタシも休憩しようかしら」
コキコキと首を鳴らし、由伊は腕を高く持ち上げて伸びをする。
普段しないアルバイトすると疲れるわねぇ、と笑った。
その胸には華楠と同じバレンタイン賛成派の証。
既にスタンプは3の所まで押されていて、パティシエレベルも3である事が分かる。
「今年は楽でいいわねぇ。自分で作らなくていいから」
「そうですね」
言いながら、今までも自分で作ってないんだけれど。と華楠は心の中で呟いた。
そして、由伊は男であるのに毎年自分で作っていたのかと思うと、何だか情けなくなって来る。
「もう作って貰って来た?」
「いいえ、まだですけど」
「じゃあ、一緒に行きましょうよ」
嬉々とした表情で言って来る由伊。
だが、華楠はそんな由伊の言葉にまだ乗り気になれなかった。
膝の間に顎を乗せて膝を抱える華楠を見て、由伊は首を傾げる。
「どうしたの?そんな暗い顔しちゃって。今日は女の子にとって楽しい日なのに」
男である由伊にそう言われてしまい、更に気持ちはずっしりと重くなる。
まぁ、実際の所喋り口調は女であり由伊自身オカマなので、完全に男と言う訳では無く
気持ちは女そのものなのだけれども。
華楠はそこら辺をまだ良く分かっていないので、こんな喋り方の男だと認識している。
「蓮と喧嘩でもしちゃった?」
蓮、と言われて反射的に顔を上げた。
悩んでいるのは正にその蓮の事。
もう既に付き合っているのにも関わらず、なんだか気持ちは初めてバレンタインチョコを渡すような。
そんな気持ちになっていた。
「いえ・・・、喧嘩はしてません」
「なら大丈夫じゃない。渡せるわよ」
「そうなんですけど・・・」
「何ー?渡したく無いの?」
確信に迫られてぐっと言葉に詰まる。
渡したく無い訳ではない。渡したい。
だけどなんだか気恥ずかしい。そして渡した事で蓮が喜ぶのが悔しい。
いつも渡していたのは誰か知らない人の名前が入ったチョコ。
だが、今年は自分の名前入りのモノになるのだ。
今から相当喜び、舞い踊りそうな姿が目に浮かぶ。
喜んで貰える事は自分にとっても嬉しい事だが。
なんだかとっても腑に落ちない。
そんな気がする。
「素直じゃない子とは聞いてたけど、ここまでとはねぇ」
由伊は小さく呟くと立ち上がった。
その動きにつられて華楠は視線を上に上げる。
「華楠ちゃんが蓮にあげないなら、アタシがあげちゃうわよ?」
「えっ?」
両手を腰について、由伊は華楠を見下ろすとにやりと笑ってみせる。
挑発されているような気がして、華楠は焦った。
「アタシ昔から蓮の事大好きなのよね。沢山チョコ作って貰って、いーっぱい渡しちゃうんだから」
それを聞いて華楠はようやく由伊が一体どんな人種であるのかを理解した。
由伊は男が好きな人間なのだ。
そして多分、蓮はかなり由伊に好かれている。
自分を挑発する為に嘘を言ったのでは無い事くらい、目を見れば分かるのだ。
本気だ。華楠はそう思った。
蓮は女の子が大好きで、男を好きになる要素はゼロだとしても、
外見が完全に男である由伊に気持ちで負ける訳にはいかなかった。
華楠の中で気持ちが固まる。
「そちらが数で勝負なら、こちらは気持ちで勝負です」
「ふふふ、火がついたみたいね」
華楠は立ち上がると由伊の身体を掠めてお菓子作り教室へ。
由伊もその後を追った。
二人で競い合うように人だかりを掻き分け、パティシエの前へと進み。
同時に材料を突き付けて、作成を頼む。
由伊の顔を見上げる華楠。華楠の顔を見下ろす由伊。
かち合う視線は火花が散っていた。
それを見た周りの人達からはどよめきが起こる。
当然だ。
男で長身のアサシンクロスと女のアサシンクロスが、チョコを作って貰うのに競い合い必死になっているのだから。
ぽよん、とピンク色が弾け飛んだ。
とんとんと腰を叩きながら、蓮はふぅと一息つく。
ハニーハーツに所属して、チョコレート工場でのアルバイトを開始したまでは良かったが。
このモンスター討伐は支援プリーストには向いてないな、と思っていた。
杖で殴って倒せるのはポリンくらいなものなので、もう少しでパティシエレベル3でも
ヨーヨーではなくてポリンの討伐に来ていた。
まぁホーリーライトを駆使すれば倒せない事も無かったが、いかんせん面倒。
こつこつとお届けモノでもしていればよかったと、若干後悔していた。
すると近くで似たような事をしているプリーストを発見した。
紫色した頭の上にたれ猫を乗せて、よいしょよいしょと杖でポリンを叩いている。
親近感が沸いて声を掛けた。
「こんちわー。大変ですよね」
「あぁ、どうもー。そうですねー」
自分もよくのんびりしていると言われるが、この人はもっとのんびりとしているな、と思った。
のんびり、と言うか。ゆっくりだ。とても。
へらっと笑顔になったプリーストは、ポリンがドロップしたモノもそのままに、蓮の方へ向かって歩いて来た。
隣まで歩いて来ると、その場に座り込む。
休憩だろうか。
立ったままで居るのもなんだったので、蓮も同じように地面に腰を降ろした。
「僕、ザフィって言いますー。よろしくー」
「あぁ、どうも。俺は蓮です」
「蓮さんですかー。どうもー」
座ったままでぺこりと頭を下げられたので、蓮も同じように頭を下げ返した。
多分今まで会った事の無い人種だな、と直感した。
会話が続くだろうか、とちょっと心配になったが無言で居るのは嫌なので話しかけてみる。
「何匹倒しました?」
「まだ14匹ですねー。なかなかみつからなくてー」
「そうですね。他にも叩いてる人も居るみたいだし」
「不死属性ならいいのになぁ」
「え?」
唐突に言い出すので、蓮は驚いて目を見開いた。
ザフィはあーあ、と言ってうなだれている。
ちょっと頭の中を整理してから、蓮は言葉を続けた。
「不死属性ってポリンがって事?」
「いいえー。討伐するモンスターが不死属性の奴ならいいのにー、と言う事ですー」
「いや、それだとレベルの低い人とか大変なんじゃ・・・」
「不死属性なら集めてMEで一掃出来るのになぁ・・・」
なるほど、と蓮は思った。
ザフィはME型のプリーストらしい。
普段の狩りがMEなら、そう思ってもおかしくは無いかもしれない。
しかしまぁ、突拍子も無い事を言う人だ。
「何で不死属性じゃないんですかねー?」
「いや、俺に聞かれても」
困る、と言うよりは面白かったので声を出して笑ってしまう。
するとつられたのかザフィもうふふふふと笑った。
この人面白いから友達になって貰おうかな、と蓮が思った矢先。
ぼさぼさ頭のアサシンクロスがポリンを大量に引き連れて二人の目の前に現れた。
「何処行きやがったかと思ったら、こんなトコに居たのかよ」
「あぁ、クロウー」
どうやらザフィの知り合いらしく、ザフィはそのアサシンクロスへ向かってひらひらと手を振った。
「いいから、早くこれ殴れよ」
「うわぁ、いいのー?ありがとう」
立ち上がったザフィは、ぽよんぽよんとクロウと呼ばれたアサシンクロスを攻撃するポリン達を、容赦なく杖で殴る。
次々に弾け飛ぶピンク色。
それを黙って見ていると、クロウが蓮の方を向いた。
「あんた、悪かったな。こいつに付き合わせて」
「いや、いいよ。面白かったし」
「面白いか。珍しい奴」
言って笑うクロウ。
どうやらザフィは変わり者らしく、蓮が感じたように面白いと思われる事は少ないらしかった。
まぁ、変わり者と言われればそうだけど。
今自分が所属しているギルドにも変わった奴は沢山居るし。
知り合いにももっと変わった奴が居る。
余程の事が無い限りは、そこまで驚かない蓮なのであった。
「クロウ、25匹倒したよー」
「ああ、そうか。じゃあ、戻ろうぜ。残りはあんたにやるよ」
「うん、ありがとう」
ザフィがワープポータルの呪文を呟いたかと思うと。
ピタリ、と止め。
くるりと蓮の方を振り返った。
「?」
「蓮さんー。良かったらお友達になってくれませんかー?」
大丈夫なのか、と心配になるくらいの角度まで首を傾げて聞いてくるザフィに吹き出しながらも。
いいよ、と蓮は承諾した。自分からも頼もうと思っていた事だったので、有難かった。
人との縁はこうして出来上がって行くのだと思う。
ザフィさんと友達になりました。
再び呪文を紡いだザフィ。
ワープポータルを唱えると、クロウは振り向きもせずに光の柱へ入って行き、
ザフィはひらひらと手を振って消えて行った。
残ったのは数匹のポリン。
よいしょ、と腰を上げて蓮は杖を振りかざすと思い切りポリンを叩く。
気付けば日は傾いて居て、今日中に華楠へ渡すチョコが作れるか怪しくなって来た。
急いでこれを片付けて工場に戻って、今度はお届けモノのアルバイトをしよう。
義理だったかもしれないが、いつもいつも貰ってばかりだったから。
今年は作って貰えると聞いたので、お菓子作りなんて出来ない俺でも渡せると思って。
喜んで貰えるかどうかは分からないけれど、いつもありがとうと気持ちを込めて渡そうと思っている。
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