「誰か・・誰か!ここから出しなさい!!」
は拳でドアをドンドン叩き、狂ったように叫んだ。
睡眠薬で眠らされ、目が覚めて外に出ようとしたら公爵の寝室に閉じ込められていることに気づいたのだ。
ドアは外から閂がかけられており、押せども引けども開かない。
「開けなさい、ここを今すぐ開けなさい!」
は叫んだが、それに答える声はなかった。
閉じ込められた意味について、彼女は嫌でも気づいた。
公爵はあの三人を殺すつもりなのだ。
だから、私を列席させなかったのだ。
これ以上、彼に血を流させるわけにはいかない。
もうあの三人に対する憎しみを忘れさせなければ。
何としても阻止しなければ。
彼女は急いで寝室の窓に駆け寄ると、窓枠によじ登り、何メートル下へと羽衣をはためかせて飛び降りた。
裏庭では光明と無歓の一歩も引かぬ戦いが繰り広げられていた。
昆侖は流れ矢のごとく飛ぶ、短剣のしこまれた扇子を避け、傾城は悲鳴をあげていた。
二人はくるりくるりと身をかわし、互いの武器で執拗につきまくった。
偶然、将軍は自分の方に向かってきた扇子を長剣ではじきかえし、それが昆侖を縛っていた縄を根元から切り落とした。
一人、身動きができない傾城はただただ、成り行きを見つめているしかなかった。
その時だ。
将軍の渾身の長剣が、公爵の扇子を貫き、乱れ飛ぶ凶器の動きを封じた。
公爵は扇子から長剣を抜こうとしたが、将軍の蹴りが扇子を跳ね飛ばしたので
それを取り戻そうと彼は、跳んだ。
だが、間髪いれずに追いかけてきた黒衣の腰紐が彼の首に巻きつき、
彼は苦しそうにもがき始めた。
「先に傾城が死ぬぞ。それでもいいのか?」
だが、憎らしいことに一瞬の隙に、公爵は隠し持っていた懐剣で、たまたま
そこにいた傾城の首に突きつけた。
「短剣を捨てろ!」
後ろから将軍は、黒衣の孔雀の羽の腰帯を締め付けながら叫んだ。
「お前が放せば捨ててやる」
公爵は冷たく言い放った。
「嘘よ!」
傾城は金切り声を上げて制した。
短剣は喉に突き刺さりそうな距離にせまっていた。
「先に短剣を捨てろ!」
将軍は公爵の首にからめた腰帯を締め上げながら叫んだ。
「敵の言葉など信じられぬ」
徐々に土気色になってきた顔で公爵は言った。
傾城は喉元にせまりくる短剣に、瀕死の鶏のような悲鳴を上げた。
「では同時に手を離そう」
公爵は舌骨が折れるほどの締め付けに、目の前が白みかけたのを感じて言った。
「よかろう。一度だけ互いを信じてみるか」
将軍は相手が妥協してきたらしいのを感じて、腰帯を持つ手を緩めた。
公爵は傾城を縛っている長椅子の背を握り締め、空いたほうの手に握っていた短剣を取り落とした。
金属音を立てて短剣が滑り落ちてしまうと、将軍は不適な笑みを浮かべた。
「これがお前の最後だ」
将軍は緩めていた腰帯の先端を、一気に引っ張った。
再び苦しさが襲ったが、公爵は渾身の力を込めて後ろを振り返り、将軍の引力を利用して
真っ直ぐに飛び掛った。
「短剣を持っている!」
と昆侖が叫んだ時には遅かった。
将軍の薄紫色の衣は、真っ赤な鮮血で染まっていた。
「悪いな。お互いに信じるのは無理だ」
彼は憎憎しげに宣言すると、何事もなかったかのように長椅子から取り出した
短剣を将軍の胸から引き抜いた。
将軍は一瞬、立ちつくした後、勢いよく後ろにのけぞった。
心臓を一突きにされていたのだ。
「あの二人を逃がしてくれ」
最後に将軍は一言言い残すと、絶命した。
ガラランと何か金属物が動く音がした。
傾城はそろりと、公爵が落とした短剣を白絹の底で蹴った。
公爵は素早い視線を飛ばし、将軍を指した短剣を数メートル先にある桜の大木に投げて、脅した。
「無歓!」
ようやく、裏門の入り口に兵士から奪った馬で駆けつけたが現れた。
彼女は絹のスカートを翻し、慌てて馬から降り立った。
「来るな!」
公爵は険しい顔つきで言い放った。
「危ない!」
次の瞬間、放たれた赤い縄が公爵の首に巻きつき、透き通った羽衣が舞い上がり
公爵に巻きついた縄が引っ張られ、そして―――
は無歓をしっかりと抱きしめていた。
彼女は無歓の腕の中でにっこりと微笑んだ。桜の花びらが風に吹かれてはらはらと散るのが目に映った。
それから彼女は、ふらふらと彼の腕の中に崩れ落ちた。
昆侖は青ざめて、後ずさった。
彼女の背中には、さきほど昆侖が公爵を殺す為に、傾城が足で蹴って、こっそりと渡してくれた短剣が突き刺さっていたからである。
「!」
「様!」
二人は先を争うように、この傷を負った女神のもとに近づいた。
昆侖が刺した短剣の傷は想像以上に深く、それは骨を突き破って心臓にまで達していた。
「!」
公爵が彼女を抱え上げると、彼女は苦しそうに咳き込んで鮮血を吐いた。
それは彼女の豪華な白絹の服を濡らし、真紅に染め上げていった。