「この瞬間をどれほど待っていたか・・」

宮殿の大きな金箔塗りの屋根を眺めて、公爵は呟いた。

ここは王宮の裏庭にあたる場所だ。

辺りには黒長石の石が敷き詰められ、飾りとしては大きな桜の木が聳え立っているぐらいの殺風景な場所だった。

「お前達を今すぐ、簡単に殺そうとは思っていない」

それから公爵はゆっくりと後ろを振り返り、満開に咲き誇った桜の木に吊り上げげられた

昆侖と、お気に入りの長椅子にぐるぐる巻きにされた傾城に向かって言い放った。

「互いの死に行く姿を見据えるがいい」

その言葉に昆侖は、くやしそうに縄をほどこうと身をねじった。

「昆侖、お前の俊足もここでは役に立たないな」

「そして、お前に自由を与えたあの女神も駆けつけられまい。なぜなら、彼女は私が薬で眠らせたからな」

公爵はちらとこんな日にはふさわしくない青空を見上げた男に、勝ち誇ったように言った。

「目の前には水も食べ物もある」

公爵の後ろには確かに、四人分の食事がセッティングされていた。

「だが届くまい」

「二人の愛が届かぬと同じことだ」

傾城はあまりのことにショックで、茫然自失としていた。

昆侖は哀れみと後悔の念で彼女を見つめた。

「海棠の花が散りつくす時、二人揃って死に行き、舞い落ちる花びらのごとく、土と化すんだ」

公爵は哀れみと憐憫の心を含んだ目で、かつて愛した女性をじっくりと眺めた。

そして、その頬に手をかけようとしたとき、彼女は燃えるような憎しみと悲しみを持って、

頬をそむけた。

「お前はこの世で初めて私を騙した」

公爵はさっと彼女から手をひくと、あてどもなく歩き始めた。

その頬に一筋の涙が伝わった。

その言葉に傾城の顔がこわばった。

彼女は「なんのことだろう」とこの瞬間、必死で頭を忙しく動かして考えた。

「忘れたのか?」

彼はさっと後ろを振り返って尋ねた。

「これでも思い出せないか?」

「あっ」とその瞬間、目の前に差し出された物を見て、傾城は声を上げた。



それは数十年前、彼女が王妃になる前、乞食だった少女時代に公爵の饅頭を盗み

逃げた日の記憶だった。


「そう、お前は私の物を盗んで逃げた」

驚愕する傾城の目の前でその饅頭を打ち砕きながら、公爵は言った。

「お前のせいで、私は誰も信じられなくなった。自分自身さえもな」

彼は怒りで頬が紅潮し、鼻腔が膨らんだ。

「そして、善人に成り損なった」

彼の語調はだんだん荒くなった。

「あの時以来、愛を手にしたこともなかった」

「この男に自由を与えた女神――が来るまではな」

公爵は、いまだ縄を解き続ける努力をしている昆侖に向かって言い放った。

「他ならぬ人間ではない死神である彼女が、私に愛をくれ、信じることを教えてくれた」

その驚くべき告白に、傾城は皮肉っぽく微笑んだ。


この麗しき瞬間に、大胆不敵な笑い声が響いた。

昆侖は何事かと音源の方向へ目を向けた。

「惨めな負け犬が何故私を笑うんだ?」

公爵は尋ねた。

その目線の先には、宮殿の天上の梁から吊り下げられた光明大将軍がいた。

「自分自身を笑ったのさ」

今や、髪ももつれ、服も血糊でで汚れ、見る影もなくなった光明は言った。

「別の男を愛した女を自分の為に苦しめているんだ」

「わしは大嘘つきだ」

そういうと、将軍は感極まって、声を押し殺して泣き出した。

「なぜ笑っている?」

公爵は不思議そうに今度は、泣き笑いを始めた彼に尋ねた。

「わしの思惑通りだったな」

「何がだ?」

「昆侖と共に別荘に逃げてきた彼女に会った夜、こう思った。彼女は必ず王宮に戻り、お前の心を奪うだろうとな」

「光明大将軍様は全てお見通しということか」

公爵はにんまりと笑った。

「私はずっと夢見てたんだ」

その物憂げな声に、うなだれていた昆侖ははっと意識を取り戻した。

どこかで聞いたような口調だ。

「お前に黒衣を着せることをあきらめるべきか・・」

そういって、公爵は黒長石の敷き詰められたタイルの上に立てられた

衣装掛けに指をからませた。

そこには孔雀の羽で織られた見事な黒衣が掛けられていた。

「黒衣をくれ」

光明は藁をもつかむ思いで言った。

「さあ早く」

「お前は本気で言っているのか?」

公爵は歴戦の仇の哀願するような口調に、惨めな気持ちに襲われ、一筋の涙をこぼした。

「ああ。信じろ。誰だって死にたくはないんだ」

「わかった」

しばらく思案した後、公爵は自分の武器である扇子を空高く放ち、将軍を吊り下げていた縄を切り落とした。

「降りて黒衣を着るんだ」




ガンガラガッシャーン!!






テーブルの、薔薇を生けた白い陶器の砕け散る音では目覚めた。


ニャオンという鳴き声と、チリンチリンと鳴る鈴の音でテーブルの上で

遊び回っていたペルシャ猫が飛び降りた。


この猫は公爵お気に入りの愛猫で、にもよくなついていた。


はベッドから起き上がると、砕け散った陶器のかけらを避けて

ちょろちょろ動き回る猫を抱き上げた。



偶然の出来事で、眠らされていたは目覚めたが、その頃、

裏門では血なまぐさい乱闘騒ぎが持ち上がっていた。


黒衣を着るとみせかけて、衣装掛けにかけられていた長剣を掴んだ

将軍が、油断していた公爵に切りかかったのだ。


傾城は悲鳴に近い声で「公爵を殺して!」と叫び、現場は酷い混戦と化した。


















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