今、光明は城の一室に監禁されていた。
彼は全て絶望して、うずくまっていた。
公爵の巧妙な罠にはまっただけでなく、自分の留守中に傾城まで奪われてしまうとは。
自ら火の中に入ったようなものではないか。
その時、月明かりの差し込む部屋に一筋の光が落ち、中から神々しい女神が現れた。
「お前は・・あの時の女神か?」
光明はよろよろと起き上がって言った。
「いいえ・・私はです」
「?なぜここに?」
光明は途端に体勢を立て直して起き上がった。
「今のうちならあなたを逃がしてあげられます」
そう言うと彼女はさっと黒の扇子を向け、彼の体を固く縛っていた縄をほどいてやった。
「そうか・・お前もあの女神と同じ類なのだな」
彼の体を離れて床を滑るように落ちた縄を見て、光明はふっと笑って言った。
「そう。私は人間ではないのです」
彼女はふわふわと空中に白絹の羽衣をなびかせながら答えた。
「このままではあなたは無歓に殺されてしまうでしょう・・。」
彼女は床から二十センチほど浮き上がり、空を漂っていた。
「光明大将軍!あっ!」
その時、天窓から身軽な人影が飛び降りた。
その人影はかつての女主人と、そのもっと前の主人が揃っているのを見て大変驚いていた。
「お前も・・わしを助けにきたのか?」
彼はへなへなと力なく笑った。
「そうです。お待ちを!どこに行かれるのですか?傾城はずっとあなたを待っています」
昆侖は、あてどもなく歩き出した将軍をひきとめるように言った。
「何を言ってるの?」
は彼の突飛な発言に戸惑いの表情を浮かべた。
「一緒に無歓を倒し、傾城を助けましょう!」
「お前・・気でも狂ったの!?」
その言葉には絹を裂くような悲鳴をあげた。
「公爵を倒すなど・・彼が私が愛する人だというのを忘れたのか!?」
は怒りのあまり、かつての従者の目の前にすっ飛んでいき、拳を振り上げた。
「知っています」
しかし、昆侖はの手をはっしと受け止めて答えた。
「しかし、私にはどうしても見逃せないことがあります」
「彼は・・私の妹と母を殺した仇です」
「嘘!」
「お前は彼を憎むあまり・・そんな嘘を作ったんだわ!」
は苦しそうに叫んだ。
「そう・・あなたは知らなくて当然です。公爵がそんな残酷なことをあなたに話すはずがない」
昆侖はくやしそうに言った。
「彼は何年も前に、私の故郷、雪国を服従しようとして失敗し、それに腹を立て、母や妹、それに村の者を殺した」
「私は二歳の時に何者かにさらわれて奴隷になった。そう公爵の刺客が全部話してくれた。
彼も私と同郷の者で公爵の奴隷になった者です」
「お前と出会ったのは皮肉な運命だったというわけね」
しばらくたって、は悲しそうに笑った。
「だけど、残念ね。その追加の話でも彼を愛することをやめることは出来ないわ。
もうお前は私の従者でも警護の者でも何でもない。自由よ。自由の身だ。
傾城の他、お前が手に入れたいものの一つだろう?」
「次に会うときは、私もまた、憎い仇の者に入れられるわけね。昆侖?」
「失礼するわ」
は呆然としている従者の前で、それだけ言うと、もう用はないといわんばかりに
さっさと彼の側を通り過ぎた。
通り過ぎる時に、光明と昆侖は彼女の頬に光る涙のあとを見た。
「どうするのだ?わしは今や無歓に敗れた敗軍の将。わしには彼を倒す資格がない。無歓を生かす殺すのもお前しだいだ」
光明は呆然としている昆侖に、口をゆがめ、にやりと笑って言った。
「わしを殺してくれ。戦に破れても清く死にきれない者を――」
昆侖は信じられない思いで、腰帯から刀を抜き、振り上げた。
「情けない―いいか―あなたは三千の兵で、二万の軍を破った大将軍だ!」
そして、それを脅すように相手の目の前で振り、怒鳴り散らした。
「大将軍、光明はもう死んだのだ」
光明はぼんやりと言った。
「花鎧はどこにあるんだ?」
その瞬間、昆侖の頭の中で何かが吹っ切れた。
「どうする気だ?」
光明はちょっと笑って言った。
「光明将軍。あなたは花鎧にふさわしくない人だ」
昆侖は静かに呟いた。その目は哀れみと憐憫に似た感情が表れていた。
「私が身につけ、王を殺した張本人の正体を告げたい」
「傾城はまだ王を殺した犯人をあなただと思っている」
「それが私の願いだ。様もそれをお望みのはずだ」
光明は全てを悟った顔で頷いた。
「花鎧は武器庫にある。元老達が罪を裁く席でわしは傾城に再会出来るだろう・・。」
光明はもの思いに耽りながら呟いた。
「それまでここで待つよ」
「光明・・お前の権力の全ては王から賜ったものだ」
その日は暖かい春の日だった。
元老達が裁く法廷に光明はいた。
「何ゆえに王を殺したのだ?」
白髪に深緑の宮廷衣装に身を包んだ、裁判官らしき老人が言った。
公爵は書記官として、神妙な面持ちで羽ペンを握り、老人の前に立っていた。
この法廷には裁判官が座る席の左側に前王妃、傾城、右側に公爵夫人のごとく列席しているの姿があった。
「それはここにいる王妃、傾城を愛してしまったからです」
彼はにこやかに答えた。
「それ以上の理由があろうか?」
「見苦しいぞ。女のために無駄死にする気か?」
公爵はつかつかと彼に近づくと、身をかがめて囁きかけた。
「王殺しの逆賊、光明を斬首にし・・大将軍の本性を民衆にさらせ」
裁判官の老人がいやにもったいぶって、判決をよみあげた。
傾城はゆっくりと台座を降り、彼に近づいた。
「これこそ私の最後の晴れ舞台だ」
「あなたは嘘つきね」
傾城は皮肉っぽく微笑んで言った。