一台の車が夜の聖マンゴのレンガ造りの建物の前に 停車した。

「ご苦労。お前はもう帰っていいぞ」

べ―ジュのマントとローブに身を包んだ男は運転手に告げると降り立った。

黒っぽい乗用車がブーンと音を立てて見えなくなってしまうと、彼は黒ぶちのメガネを取り出してかけ、

ポケットからマスクを取り出し、足早に閑散とした玄関ホールに入っていった。


お目当ての患者が入院している階までは、癒者と看護婦数人しかすれ違わなかった。

全て計画通りだ。男はマスクの下でにやりと微笑んだ。

この夏場に流感が流行ったのはおあつらえむきだ。

そのおかげでマスクをしていても誰も不審者だとは怪しまない。


男が近づくとガラス張りの自動ドアが滑るように、次々と開いた。

視線の先には、ナースステーションがあり、書きかけの書類の山に埋もれて居眠りをしている看護婦の後姿が見える。



彼は細心の注意を払って、足音一つ立てずにナースステーションのコーナーを通り抜けた。


そして、彼はよどみなく延々と並ぶガラス張りドアを覗き込み、お目当ての患者の姿を探し始めた。


一つの清潔な白い小部屋に入ると、彼はそっとドアを音を立てないように閉めた。



ベッドには点滴を打たれている女が寝ている。


その女は三十〜四十歳までの間なら幾つといっても通りそうな年齢で、

ストロベリー・ソーダのような赤毛にふてぶてしそうな顔つきの美人だった。




男は誰も見ていないか確かめると、彼女の側に近づき、ベージュのキッド革の手袋を外し、ポケットから透明の注射器を取り 出した。



そして、銀のシガレットケースから試験管に入ったオレンジ色の液体を取り出すと

そこに注射器をつっこみ吸入し始めた。



液体を全て吸入してしまうと彼は素早く彼女の袖をめくって、上腕部をさらしだすと

静脈を懸命に探し始めた。




彼はしばらく女を憎しみと哀れみのこもった表情で眺めていたが、

やがて、彼女の静脈に注射針を打ち込んだ。





事を無事行うことが出来た男はそそくさと病室を後にした。


だが、ナースステーションを通過する時、動揺していたのかうっかり大きな靴音を立ててしまい

それに気づいた看護婦が目を覚ましてしまった。



看護婦は眠い目をこすりながら、自動ドアに吸い込まれるように消えていく不審な男の姿を見やった。







そのころ、一階ではアメリカからはるばる姉の見舞いにやってきたジミー・ヤン牧師がちょうどトイレから出ようとしてい た。

ヤン牧師は、黒っぽい牧師服のうえにはおっていたモスリンの質素なフードとマントを脱いで一息ついた。


その時だ。


彼は、角を曲がって現れたベージュのローブの男に思いっきり体をぶつけられてしまった。


「すまない」


小麦色の肌に短く切りそろえた黒髪の男は仏頂面でつぶやくように謝ると、大またで走り去ってしまった。




感情のないどんよりとした目。

その口調には謝罪の意も何も感じられなかった。


ヤン牧師は急に寒気がしてぶるっと震えた。


あの目を私は見たことがある。


ヤン牧師はぼんやりと歩きながら思った。


私が最もいけ好かない男―セブルス・スネイプにそっくりだ。


実はヤン牧師がここに来たのは他にも理由があった。


入院中のブラド女伯爵の姪を見舞うためだ。


フェリシティーの話では、彼女はあの忌まわしい事件でショックを受け、部分的な記憶喪失に陥っているらしい。


自分のこと、伯母、友達、学校のことは思い出せるのだが、シリウスやルーピンの

こととなると皆目駄目だとのことだった。


おまけに精密検査の結果、彼女はトライウィザードの時、呪文の衝撃で吹っ飛ばされ、叩きつけられたため頭骨にヒビが入っ ていることが分かった。

ただ今、骨をくっつける治療を行っているらしい。




ヤン牧師は「可愛そうに」と一言呟くと涙をこぼした。

























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