今、霧の立ち込める白霊山の峠で殺生丸は蛇骨と向かい合っていた。
「お前はあの毒使いと同じ死人の匂いがする」
殺生丸は何を考えているのか分からない表情で呟いた。
「へぇ〜鼻が利くなぁ。さすがは犬夜叉の兄上様だ!」
その言葉を言い終わるか終わらないかのうちに、蛇骨の手から仕込刀が
放たれ、殺生丸に襲いかかった。
だが、彼は眉ひとつ動かさず、闘鬼神の一振りのもと、仕込刀を跳ね返し、
さらに有利な立場から一撃お見舞いした。
これでは間合いに攻め込まれた蛇骨が適わない。
彼はあっという間に闘鬼神の凄まじい剣圧で、大きく吹っ飛ばされていた。
彼は森の茂みまで吹っ飛ばされ、尻餅をついた後、くわばらくわばらと
首をすくめて近くの岩陰に避難した。
「あっぶね〜・・」
「馬鹿な人間め、大人しく殺されてしまえ!!」
蛇骨が目を丸く見開いて殺生丸との歴然とした力の差に驚愕するのを
見た邪見は調子に乗ってやいややいや揶揄した。
「キャッ!」とりんが小さく悲鳴を上げたのはその後だ。
問答無用で、蛇のようにしなる仕込み刀がお調子者の従者ととりんの三人に
放たれたのだ。
「こいつ、何をする!?」
は特大の六角結晶の氷柱を放って、間一髪のところで複雑な蛇骨刀の動きを封じたが、
内心は冷や汗をかいていた。
それもそのはず。蛇骨刀が直撃した六角結晶の氷柱の中心部はクレーター状に
ごっそりと抉り取られていたのだ。
「何かいったか細かいの?ああ?」
殺生丸との真剣勝負に、脇見をするだけの余裕があった蛇骨は
涼しい顔で、自分を侮辱した緑のしわくちゃ頭を見下ろした。
「こ、細かいって・・この〜!」
の守りがなければ、危うく細切れにされるところだった邪見は
腰を抜かしながらも反駁した。
勢いに乗った蛇骨は、もう一度仕込み刀を振り上げて女子供と小妖怪の三人の
社会的弱者達を毒牙にかけようとした。
だが、気配を消して背後に回りこんだ殺生丸がぱっと地面を蹴って
闘鬼神を振り上げたので、やむなく彼は振り返ると蛇骨刀で応戦するはめになった。
「邪見!!」
殺生丸は向かってきた蛇骨刀を闘鬼神で思い切り叩き落すと、忠実な緑の従者に手短に命じた。
「あ、は、はい・・」
一瞬で先ほどの恐怖から我に返った邪見は、「こっから逃げるんじゃ!ほれ、お前さんもじゃ!」
と二人の女子供の手を引いて促した。
「え?だって!まだ殺生丸様が!」
「だってもへちまもない!」
「りんちゃん、早く!」
この殺伐とした瞬間にも、殺生丸の優しさを汲み取った二人の大人達は状況を
把握できていない幼子を両脇から支えると強引に連れ去った。
「お前があそこにいたら殺生丸様の邪魔になる!」
邪見は殺生丸の背後にかかっている丸太橋を先頭立って駆け抜けながら
りんに説明してやった。
「へぇ〜小娘達を巻き込みたくねえってか。お優しいことですねぇ・・」
つり橋をバタバタと駆け抜ける女子供と、厳しい顔でつり橋の前に立ちふさがった
殺生丸をじろじろと無遠慮に見比べながら蛇骨は馬鹿にしたように笑った。
「殺生丸様、大丈夫かな?」
つり橋を駆け抜けつつ、後ろをちらちらと振り返るのはりんだ。
「あほ!殺生丸様が人間ごときにやられるか!」
「邪見様はすぐやられちゃうけどね!」
「そう、って違う!わしだって妖怪の端くれ、人間どもに遅れは・・」
「黙って、誰か来る!」
りんが茶々を入れたのに律儀に反論する邪見だったが、の緊迫した声に歩みを止めた。
の眼がたちまち鋭い光を帯び、彼女は霞がかったつり橋の向こうをじっと見据えた。
「あぁ〜つ、強そう・・」
つり橋が鈍い音を立てた。そこにはがたいのよさそうな鬼のような男が立っていた。
邪見は途端にがたがたと震えが止まらなくなり、りんは唖然としてその恐ろしい形相の男を見上げた。
男は右手に装着していた鋭い特殊鍵爪をかちりといわせた。
その金属音に否応なしに反応した殺生丸は、死人の本当の狙いが何かに気づき、さっと背後を振り返った。
「隙あり〜!」
蛇骨の上唇がめくれ上がり、嬉々として仕込刀が闘鬼神目掛けて振り下ろされた。
一瞬の油断が殺生丸の注意力を鈍らせ、彼は次の瞬間、向かってきた仕込刀によって闘鬼神を吹っ飛ばされていた。
「よそ見してっと首が飛ぶぜ!」
蛇骨は剣を失った殺生丸に対して容赦なく力強い二振りを浴びせて嘲笑った。
りんが恐怖におののき、絹を切り裂くような悲鳴を上げて尻餅をついた。
「お前、このような幼子まで手にかけるとは・・腐れ外道め!」
は大男からの鍵爪の攻撃を、氷龍叉戟ではっしと受け止めてなぎ払った。
「言いなさい!何が狙いなの?お前達の本当の狙いは殺生丸様じゃなく私達女子供なのか?」
は二振り、三振りとしつこく力任せに振り下ろす大男の鍵爪を氷のような冷静さで
受け止めてはじき返しながら尋ねた。
「俺が素直に答えるとでも思うか?そこのガキ、逃げるんじゃねえ!」
「うるさい!お前のその汚らわしい爪で、私の連れに手にかけることは許さぬ!」
はやけくそになって鍵爪を振り回す鬼のような男に向けて、毅然とした態度で立ち向かった。