霞がかかったつり橋のたもとでは剣戟の音が響く。
今、は殺人的な怒りを持って、七人隊の一人である睡骨と一歩も譲れぬ戦いを
繰り広げていた。
睡骨は焦っていた。
女だからと甘く見ていたのもあったのかもしれない。
腕力のある彼が、何べん鍵爪を振り回しても、の皮膚一枚すら傷つけることが
出来ないのであった。
やけくそになって振り回せば振り回すほどだった。
彼の鍵爪の攻撃はの鋭い矛に当たるばかりだった。
とうとう睡骨の動きに一瞬の乱れが生じた。
はその隙を見逃さずに、矛をぐんと一突き、振り下ろした。
睡骨は心臓を切られまいと、危うく後ろに飛びさすり、もさっと後退したので
両者の間合いが大きく開いた。
睡骨は「くそっ、しつこい女だ・・」と忌々しそうに呟き、は幼い人間の小娘を
守ろうと必死になっていた。
(ええい、こーのままでは決着がつかん!)
(それにもしや二人に何かあれば、わしが殺生丸様に殺される!それだけはさけねば!)
「人頭杖!」
焦ったのは邪険も一緒だった。彼はこの場を何とかしたかったのかが後ろに
下がったのを見計らい、自らちょこちょこと前に進み出て火炎放射攻撃を
仕掛けたのであった。
いきなりそんなことをされたのだから睡骨もたまったものではない。
杖から火竜のごとく噴出した火炎放射をもろにくらったのだった。
「はっはっは、奴め、消し飛んだわい!」
「でも、邪険様、橋が落ちちゃったよ・・」
「ど、どうするのよ、これ?」
「わかっとる、走れ!」
はりんを強く抱きすくめて、一切の火炎から守っていたが、
今しがた邪険の仕出かした所業に呆然としていた。
橋げたの一部が黒く焼け焦げて倒壊してしまったので、三人は仕方なく橋を戻り始めた。
「ぬぁ、生きてる!?」
三人がつり橋を五歩ほど進んだ時だった。
先ほどの火炎放射で死んだと思われていた睡骨の手がぬっと突き出てきたのである。
「へっ、そう簡単にくたばってたまるか!」
睡骨は危なっかしげにゆらゆらと倒壊し始めた橋げたにぶら下がっていた。
「お、お姉さま・・」
りんは恐怖のあまり腰をぬかした。
「ええい、何をしておる、りん!」
「雪とともに逃げんか!馬鹿者!」
上がってこようとする大男の頭を杖で殴りつけながら怒鳴りつけた。
「邪険・・」
は後ろ髪をひかれる思いで、緑の従者の勇気を買って、りんとともに
ずらかろうとした。
しかし、四人分の重みに耐えかねた橋はとうとう真っ二つに割れた。
そして、がらがらと音を立てて崩れ落ちたのである。
霞のかかった谷底に放り出されたりん、の絹を切り裂くような悲鳴は
いやおうなしに殺生丸の耳に届いた。
殺生丸はしつこい蛇骨刀二振りを避け、岩肌に突き刺さった闘鬼神を引っこ抜くと
それで三度回りこんできた蛇骨刀をそっくり敵に返して立ち去った。
(ちっ、皮一枚のところで仕留め損ねたか・・)
女子供が落ちた谷底へ消え行く刹那、殺生丸はちらりと後ろを
振り返って、蛇骨の着物が腰のところまで裂けているのを目に留めたのであった。
殺生丸は、つるつるした岩を伝って、谷底へと降り立ったが、
渓谷直下の流れの速い川には三人の姿は影も形もなかった。
(流されたか・・水で匂いが消えている)
殺生丸はご自慢の鼻で三人の匂いを辿ってみたが、無駄だった。
彼はそのまま何事もなかったかのようにさらに歩みを進めた。
何歩か進んだたところで彼はぴたりと足をとめた。
「邪険、死んだ振りか?」
「ぎょえーっ!?お、お許し下さいませ!殺生丸様!」
「この邪険、命に代えましてもりんとを探しだして・・」
彼の読みどおり、そこにはつるつるした岩にぴったりとくっついて
ぎゅっと目を伏せている緑の従者の姿があった。
緑の従者の差し出がましい言い訳もなんのその、
殺生丸は何かの気配に気付いて飛び上がった。
そして、次の瞬間、派手な音を立てて川に飛び込んでいた。
「あの、殺生丸様!ど、どちらへ?あ、え、あれ、あら?」
先ほどから懸命に平謝りしていた緑の従者は目をぱちくりさせた。
川からずぶ濡れであがってきた優雅な貴公子は、その片腕に気を失っている
雪女を抱えていたからである。