二人が奈落の毒虫を追って賭けていった先には犬夜叉たちが
居た。
案の定、殺生丸は開口一番、「虫を殺したのか、犬夜叉・・」
と凍るような声で言い放つ始末だった。
「あさはかなやつめ」
殺生丸ははき捨てるように言った。
「これで奈落の突き止める手立てがなくなった」
「はぁ!?こいつらは勝手に落ちて死んだんだ!」
犬夜叉は憤懣やるかたない思いで、先ほどまで目の前を羽ばたいていた
色鮮やかな毒虫を指差して叫んだ。
「犬夜叉、今日は少々、虫の居所が悪いのだ。いつものように手加減はできんぞ」
「ふざけたこと抜かすな!」
双方は共に言いたいことだけ言ってしまうと、剣を手に手に上空へと飛び上がった。
「相変わらず仲の悪いご兄弟で」
「本当だね」
弥勒や珊瑚はのんきに離れたところで見物、かごめは
走っていきむなしく「やめなさいよ!」と二人の喧嘩をとめようと頑張っていた。
「あの・・法師様」
「あんたっ、いつの間に後ろに!?」
見物にのんびり見とれていた珊瑚が、姫の気配にみじんも気づかなかったことに驚愕して、飛来骨に手をかけようとした。
「あなたは・・遭難した私達を助けて、いや、今はもはや奈落の手先の方でしたな?そんな方が今更何の御用ですかな?」
弥勒は一瞬、たじろいだが、さっと手を上げると殺気立つ珊瑚を下がらせ、氷のような冷たさを持って挑んだ。
「あの時は徳の高い法師様の手を傷つけるような真似をして申し訳ございませんでした。
今日はあなたと戦いに来たのではありません。どうかその錫をお下げくださいませ」
「その代わり、これを差し上げます。私にはもう必要ないので」
そう言うと、姫はペールブルーの綾織木綿の小物入れを
優しく弥勒の手に押し込んだ。
「これはあなたが持っていて下さい。あなたなら欠片を悪用なさらないと思います」
「えっ・・本当によろしいので?」
弥勒は中を改めて驚いて叫んだ。そこにはきらりと光る薄桃色の二つの欠片が入っていたからである。
「はい、ある方にお前には必要ないものだと叱られました」
彼女のその笑顔は浄化された四魂の欠片のように清々しいものだった。
「そんなものを持っていてお前の何に役に立つと言うのだ?」
「また奈落にかどわかされたいのか?」
「次は助けてやらんぞ。さっさと半妖の我が弟か連れの法師にでも下げ渡してくるがいい」
「わかりました。これは私が大事に預からせて頂きます」
弥勒は有難く頂戴し、感謝の意をこめて両手を合わせた。
「その代わり、お礼と言ってはなんですが・・是非、私の子供を生んで下され!!」
「どさくさにまぎれて手を握るなっ!!」
がこんと鈍い動物の骨の音がして、珊瑚の飛来骨が弥勒の頭にクリーンヒットした。
「まったく、法師様は・・ちょっと美人がいればすぐこれなんだから!だいたいあの雪女はもともと奈落とつるんでたんでしょうが!
そんなに簡単に信用していいわけ!?まだ奈落に琥珀が捕られたままなのに
いったい法師様は何考えてるのさ!?」
「お、落ち着いて聞きなさい、珊瑚。私は確かに美しいおなごを見ると声をかけたく
なるたちだが、見なさい、あの人の目を!あの人の目は私を信用して・・」
「またそんなこと言って・・法師様、この間も綺麗な妖怪の姫の目に騙されかけて
法力奪われそうになったじゃないか!!」
珊瑚と弥勒がぎゃいぎゃいと夫婦喧嘩をおっぱじめたので、姫は
「本当に仲のよろしいこと・・」とため息一つついてこっそりと立ち去っていった。
殺生丸と犬夜叉の勝負は言うまでもなかった。
彼の闘鬼神がまっすぐに犬夜叉の喉笛に突きつけられていたからである。
その場にいたかごめと姫のとりなしで、殺生丸はしぶしぶ剣を腰帯におさめたのだった。
「まだ鉄砕牙を使いこなせていないようね、犬夜叉。そんなので奈落を倒せるのか?」
「うるせえ!俺に負けたお前に言われたくねえ!!」
「忘れたの?誰があの時、奈落の肉魂を溶かして助けたか・・」
その乱暴な言葉にカチンときた姫の髪の毛が逆立ち、一瞬のうちに
犬夜叉やかごめの足元までの芝生が次々と凍りついていった。
「今度そのような減らず口を叩くと、容赦しないわ」
「そこの巫女ともども消してやる!」
「何ぃっ、お前、何でかごめまで・・こいつは関係ねーだろーが!!」
「関係あるわ。その女、何もかもあの生意気な桔梗に似ているからよ!」
彼女はびしっと氷の矛をかごめに向けると、大吹雪を起こして犬夜叉たちの視界をさえぎり
怒りを煮えたぎらせたまま姿を消した。