、君は大丈夫か?」

リックは発煙筒の芯を折って火を消してから、酷く狼狽しているエヴリンのいとこに尋ねた。

「私は・・何とも。あれ、エヴリン?」

「エヴリン、大丈夫か?」

「ええ、大丈夫みたい。驚いて銃を撃ったからその反動でこけちゃって・・」

リックは少し離れたところで倒れていた彼女を見つけると手を貸して

助け起こしてやっていた。


その後、達はアメリカ人連中の提案もあって、夜間は共同で襲撃に備えて

見張りを立てることにした。

不安や緊張を沈めるため、ウォッカやワインをしたたか飲んだ

ジョナサンは仲良く眠ってしまい、あとにはエヴリンがリックにパンチの仕方を

教わりながらいちゃついている声が聞こえるだけだった。

翌日も朝早くから遺跡の発掘作業は続けられた。

達は昨日、天井から降ってきた石棺を開ける作業に取りかかっており、

ジョナサンが例のパスワードボックスを鍵穴に入れ、ぐるりと力を入れて回した。

次の瞬間、四人はこぞって悲鳴をあげて飛びのいた。

棺から顔をのぞかせたミイラは、三千年の時を経ても妙に生々しく今でも腐食が進行していた。

さらに棺の蓋の裏には、爪でひっかいたような傷が無数にあった。

何とこのミイラは生きながら棺に入れられ、想像を絶する苦痛に悶えながら死んでいったのだ。

「死は始まりに過ぎない」

エヴリンは、蓋の裏に刻み込まれた古代エジプト文字を解読してそう納得した。

早速、はバザールで急遽手に入れたスケッチブックと鉛筆を使っていまだかつて見たことのない

ミイラをスケッチしていった。

実は彼女の本業は挿絵作家で、今度の旅行と最近の中国旅行は彼女の

小説のネタ探しの為だったのである。



そして、また日が落ちて、達が真っ白な円柱が聳え立つ遺跡跡で野営の火を囲んでいると

アメリカ人連中達がやってきて、昼間見つけた骨壷の自慢をし始めた。

リックとジョナサンはあいまいに笑ったが、内心は必ずしも穏やかでなかった。



「そのミイラの絵、迫力があって今にも夢に出てきそうだ。でも、よく描けてる」

アメリカ人連中の自慢話が終わってしまうと、リックはが肌身離さず持ち歩いている

茶色の皮刷りのスケッチブックを覗き込んで言った。

「怖いものばかり描いたんじゃないのよ。他にはスカラベ、アヌービス像、それから猫とか・・」

は真新しいスケッチブックのページを繰りながら、昼間の発掘作業の

傍らせっせと描いたものを見せていった。

「スカラベで思い出したけど、そのミイラ、生きたままスカラベに食われたのよ。

 古代エジプトの刑罰、ホムダイに処せられて。これにかけられた者がこの世に蘇ると

 エジプトに十の災いが降りかかるの」

すかさずエヴリンがスケッチブックを興味津々に眺めながら、リック達に

自分の博学な知識を披露して絵に彩を加えていた。


こうしてその日の夜は何事もなくふけて行くように思われたが、そうはいかないのが世の常である。

エヴリンは夜中にこっそりとエジプト学者が抱えていた死者の書を盗み出し、

あのパズルボックスを鍵穴に入れて回し、おまけにその書物に書かれている内容を読み上げてしまったのである。


実際にエヴリンが書物を解読するのに立ち会ったのはリックだけで、やジョナサンは

すでに眠っていた為、発見が遅れたのである。



ジョナサンとが異変に気づいて起き上がった時には手遅れだった。

真っ黒な空をイナゴの大群が染め、こっちを目掛けて真っ直ぐに襲いかかってきたからである。


「何なの、あれは?いったい何が・・」

「知るもんか、とにかく逃げろ!」

遺跡内に飛び込んだ達はアメリカ人連中と一緒になって走っていた。



遺跡内には夜行性の肉食スカラベがおり、それがアリ塚のように地中から噴出して

達に襲いかかった。


リックがライフルを撃ち、スカラベの大群を撃退したが、達はとうとう遺跡の

外へと追い出されてしまった。


途中、黒い石畳の回廊でスカラベを振り切るために、近くの突き出たスレート段に飛び移った

四人は気づかぬうちに離れ離れになってしまった。


エヴリンとは偶然、もたれかかった石の仕掛け扉に落ちてしまい、

彼らの前から忽然と姿を消した。


「ああ・・嘘、どうしよう」

は仕掛け扉がぐるりと回って、元の位置に戻るのに気づき絶望して叫んだ。

彼女はエヴリンとは違うもう一つの仕掛け扉の罠に落ちたのであった。

「エヴリン、リック、ジョナサン!皆、はぐれちゃった?」

ものの数十分、出口を手探りで探しているとエヴリンのすさまじい悲鳴が響き渡った。

「エヴリン、どこにいるの!?返事をして!!」

は暗く冷たい石の壁にもたれながら声の限り叫んだ。



ようやくリックが自力でエヴリンを探し出し、連れて行こうとしたときに見たものは

「歩く不気味なミイラ」だった。

実は、そのミイラはエヴリンが読み上げた死者の書で蘇ったばかりだったのだ。

リックはひるまずミイラの心臓をライフルでぶち抜き、エヴリンをつれて走り出した。


「ああ、こりゃまずいことになった。がいないぞ!」

アメリカ人連中と合流してやってきたジョナサンが、面子が一人欠けているのに気づいて叫んだ。

「お前ら、ここに来る途中で見なかったか?」

リックがまずいぞと言う顔でアメリカ人連中に尋ねた。

「いいや」

「俺達が来た時には影も形もなかった」

「そんな!じゃあ、彼女はまだこの遺跡の中にいるってことなの!?」

バーンズともう一人の金髪の男が困ったように答え、エヴリンは気が気でなく両手をもみ絞るようにして叫んだ。




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