後編










ファラオは翌日の夜も、言ったとおりにキャロルの部屋にやって来た。
一番良い部屋ということはすなわち一番警護の厳重な部屋。
一日外へ出られずに痛む身体を抱えて過ごしていた少女の顔には、また今夜もあの苦痛を味わうことに対しての恐怖と嫌悪が見て取れる。
・・・・・当たり前だ。愛してもない男に身も心も蹂躙されて、一番嫌いな相手が一番憎い相手になったのだから。
侍女が酒の用意をして下がると、部屋には沈黙だけが残った。
「・・・・・・・・・・」
我知らず、重い溜息を吐いていたらしい。
「・・・・・疲れているんでしょう。」
「いや。」
「眠るのならどうぞ。」
「お前も一緒だ。」
気の強そうな瞳が歪む。嫌だという感情と、あの奴隷のためにという義務感との間で揺れている。
「嫌がる私にあんなことをして、よくもそんなことが言えたものね。」
「・・・此処へ来い。」
歯を食いしばり、立ち上がってゆっくりやってくる。
「寝台に上がって仰向けになれ。早くしろ。」
「・・・・・っ・・・」
のろのろと白い肢体が動く。椅子に座ったままで、ファラオはその姿を眺めている。
私は何を言っているのだろう。
抱きしめてその黄金の髪を撫で、「愛している」と言えば良いではないか。
責め苛んでどうしようというのだ。
キャロルが仰向けになって瞳を閉じた。唇を引き結んで身動きせずに横たわる。白い人形のようだ。





目を瞑っているキャロルの耳に、ファラオが装身具を外す音が聞こえる。
腕輪を外し、胸飾りを落とし・・・・・そして寝台が軋んだ。熱くて逞しい身体が隣に身を伸ばす。
しなやかな野生の獣。そして私は飽きるまで嬲られ、夜毎貪り喰われる獲物。
・・・セチのために我慢しよう。直ぐに飽きてくれるはずだから。
「キャロル・・・・・身体はまだ痛むのか・・・・・?」
「貴方には、関係ないわ。」
「そうだな・・・だが・・・」
途中で途切れた言葉の替わりにいつもの愛撫が始まった。唇を重ねながら衣を解き、生まれたままの姿にした少女をしっかり抱きしめる。
「キャロル・・・」
口付けが深くなる。
「ん・・・んんっ・んうん・・・っ・・・」
二人の間に架かった銀の糸もそのままに、引き締まった唇がすべらかな頬を掠め、小さな耳朶を咥えた。
甘く噛み、息を吹きかけ、小さな穴に舌先を挿れて突く。
白い肩がひくりと動く。項に吸いつくと眉間に皺が寄った。
「う・・・あ・・・あ・あ・・・・う・・・」
さらに滑らせ肩先に口付ける。紅い花びらが開く。
「や・・・・め・・・痕・・・いや・・・・・」
聞こえない振りで幾つも刻んでゆく。白い乳房に、二の腕の内側に、柔らかな腹に、滑らかな脇に。
下腹部に刻もうとするとキャロルが身を捩った。身体が強張っている。
「キャロル・・・わたしの・・・キャロル・・・」」
何を言えば良いのか判らないまま、少女の名を呼んで再び抱きしめる。キャロルは褥を掴んだまま、奥歯を噛み締めて顔を背けている。
昨日の記憶が怯えを呼び起こすのだろう。身体が震えている。
「貴方の・・・ものなんかじゃないわ。あなたのものになんかならない。誰を愛するかは自分で決めるわ。」
「では今、その白い胸には誰が住んでいる?セチ・・・ではないな。ライアンとやら言う男か?ジミーか?」
「ライアンは・・・兄よ・・・兄妹で結婚なんかしないわ。」
「ではジミーか・・・」
「・・・・・っ」
直ぐにそうだと言えなかった。閉じた瞼の裏に癖のある黒髪の少年の姿を思い描く。それは明確な像を結ぶ前に解けて消えた。
「・・・まっ・・・」
待って、行かないで、皆私を置いて消えないで。私が愛しているのはジミーだと思わせて。
いつか帰れるって、私がいるべきところは皆の所だって信じさせて。
「・・・どうやら未だ機会はあるようだ・・・お前のその胸の中にいる男、引きずり出して消してやる。
 その後は全て私で満たしてやろう・・・」
「やめて!玩具にそんなに執着したら、飽きて捨てられた後が惨めなだけよ。
 省みもされず、埃を被って朽ち果てるだけ。だから今のうちに放して!王妃になんてならないわ。それに私は貴方を憎んでいるのよ!」
「私が愛している。」
そのとき気付いた。何時も激怒し、強引なままに言うことを聞かせようとするこの男の声音に。
静かで落ち着いている。低く響いて甘く切なく縋り付いて来る。
「・・・・・嘘・よ。」
「嘘ではない。今分かった・・・」
「いいえ、嘘よ。」
「嘘ではない・・・愛している・・・」
「貴方は珍しい玩具を弄くりまわして悦に入っているだけよ。直ぐに飽きるわ。」
「愛している。」
「言わないで!お願いだから言わないで!いわないで―――っ!!」
抱きしめた腕に力が籠もる。逃げ出せないと分かっていながら暴れた。悲鳴を上げた。
それでもメンフィスの声は静かだった。
「愛しているのだ・・・キャロル・・・・・ッ」
口付けられた。悲鳴を塞ぎ、心が流す涙を飲み込み、嗚咽を封じて鋼の檻に閉じ込める。
「何処へも行くな・・・行ってはならぬ・・・お前は私のものだ。」
肩を掴んで褥に押し付け、合わせた唇が深くなる。片手で顎を押さえ、開かせた口内に舌を突き込んで逃げ惑う小さなそれを絡め取る。
「ううっ・ふう・ふうっ・ふっ・ふっ・・・」
チュッと音を立てて放し、白い喉に吸い付く。紅い花びらを刻む。
「やめて・いや・いやっ・もういや・いや――っ!」
驚いて手を放す。此処ままで怯えるとは思わなかった。小さな身体がまるで幼子のように丸くなって泣きじゃくっている。
「・・・・・」
体の熱が冷める、急速に理性が戻ってくる。
私は憎まれているのだ。
・・・・・分かっているのに。





嗚咽を零していた娘が不意に飛び起きた。白い肌に乱雑に夜着をまとうと褥を蹴って走り出す。
幾つも部屋をくぐり、裸足のままで一直線に駆けて行く。向かう先にはナイルが流れている。まさか。
「待てキャロル!キャロル!」
警備の薄い東屋から追いかけたファラオの手をすり抜け、なんの躊躇いも無く暗い水面へ向かって身を躍らせる。
「キャロル―――ッ!!」
ファラオが続いて飛び込む。逃げるな。逃げないでくれ。お前が好きだ。何処へも行くな。
それでも少女は必死で泳ごうとしている。此処から、私の腕から逃れようとしている。
何故分からぬ。私がこれほどお前を愛しているのに何故分かろうとせぬ。
暗い水中で白い肢体が揺らめいている。乱雑に纏った衣が白い身体にまとわりついて、ひらひらと白い魚のようだ。
何処へ行く、逃がさぬ。ナイルの女神よ。この娘は私のものだ。
シェセプ・アンクの元で見つけたときから、この娘は私のものだ。
お前が私の側に在るのなら、その身を手に入れるためなら、私は悪霊にでも喜んでこの魂を捧げよう。
だから何処へも行くな。お前を愛している。
肌蹴た衣が絡まった。泳ぐ邪魔をして急に速度が落ちた。暫くもがいていたが直ぐ動かなくなり、後はそのままに流されてゆく。
肢体が急に水面に向かって浮き上がってゆく。力尽きたのだ。
だが衣の端を掴んだ手を嘲笑うように、白い肢体だけが腕から逃げる。早くせねば溺れてしまう。
焦る気持ちが先行する。何度も何度も繰り返して白い肢体を逞しい腕に抱いたとき、ファラオは心の底から歓喜の声を上げ、感謝を神に捧げた。
ナイルは何の変化もなく、ただひたすらに轟音を上げて流れてゆく。
ナイルの女神は、この娘をわたしの側に置くことを許したのだ。キャロルが帰ることを拒んだのだ。
岸に泳ぎ着き、ぐったりと力の無い身体を引っ張り上げる。騒ぎを聞きつけた衛兵達が駆け寄ってくる。
辺りに松明の明かりが満ち、一糸纏わぬ白い肌と引き締まった赤銅色の肌が浮かび上がる。
葦の茂みに身を隠し、白い肌を抱きしめながら命じる。
自分以外の男に、決してこの肌を見せぬように。
「衣を寄越せ。我が妃を見ることならぬ。」
喜びに震える声に、その場にいた兵士の幾人が気付いただろうか。





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