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メンフィスはたった一人で食事を摂っていた。
周りには給仕をする侍女が、それこそ山のようにひしめいていたが、ファラオの目には一人もいないのと同じことだった。
キャロルが居なくなった世界が、こんなに色褪せて見えるなどと思いもしなかった。
たとえ『愛している』と言ってくれなくても、鎖で繋いでも放すのではなかった。
いまさら手遅れなことを考えて歪んだ嗤いを唇に乗せる。
『何処へでも行け。』と言ったとき、娘は明らかに戸惑っていた。
まあ仕方あるまい。あんなに帰りたがっていた機会がいきなり降って湧いたのだ。
暫く庭を彷徨っていたらしいが、姿はないから落ち着いてから出て行ったのだろう。
それより今夜の相手だ。ファラオとして、世継ぎを儲ける相手を選ばねば。
見た目はどうでも良い。性格も取るに足らぬ。丈夫で身分と血筋の良い者を選ぼう。
・・・・・愛してもおらぬ女を抱く事がこれほどつまらないなどと、キャロルを抱くまでは思いもしなかった。
ファラオの想いはどうしても白い少女に帰る。
側室が暇を出された・・・・・と、侍女達の間には伝わっているらしい。
それをどう取ったのか、命知らずにも一人の女が媚を売った。
「メンフィス様・・・何か御座いましたのでしょうか。」
「何がだ。」
キャロルを追い出したとか・・・当然ですわ。あのような詰まらぬ・・・」
最後まで言うことが出来なかった。
一睨みで心臓を撃ち抜くような視線を突き立て、手にしていた杯を叩きつける。
侍女は額を割られ、血を流しながら倒れて気絶した。周りが凍りつく。
「・・・・・頭に乗るな。キャロル以外の女など子を成す道具に過ぎぬ。出て行け。」
低い、地獄の底から響くような声を聞いて女達が一斉に逃げ出した。倒れた侍女は衛兵に命じて運ばせる。





一人きりの部屋で、ファラオは黙って立ち尽くしていた。
いつもなら侍女を打ち据えたりすると、必ずキャロルが飛び込んできて青い瞳を輝かせて非難する。
その美しい輝きと矜持に見蕩れたものだった。
「・・・・・ッ・・・・キャロルッ・・・・・・ッ・・・お前しか要らぬ・・・お前だけしか・・・っ」
噛み締めた奥歯の隙間から愛しい少女の名前を呼ぶ。
もう届かないと分かっていながら狂おしいほどの恋情を込めて。
それからのろのろと座り込み、壷のままぶどう酒を呷る。唇から溢れた酒が喉を伝って滴ったが、構う気にもならなかった。
殆ど飲み干してしまったのに、一向に酔うことが出来ない。
窓の外で何か物音がして、常に命を狙われる者の悲しい習性が目覚める。
剣を抜き、ゆっくりと近寄って気配を探る。殺気はない。気のせいか。
だがもう一度、今度ははっきりと足音がした。
これは・・・この忘れようも無い気配と足音は。
白い少女が立っていた。どうして良いのか分からないと言った顔をして。
多分、それはメンフィスも同じだっただろう。
裏腹な言葉が口を突いて出た。
「何故居るのだ。出て行け。」
「・・・・・・・・・・」
「それ以上近寄るな。さもなくば・・・」
「メン・・・フィ・・・ス・・・」
そのままキャロルが近付いてきた。真っ直ぐメンフィスだけを見ている。
後ろへ下がろうとしたのに、足はその場へ釘付けになったようで動くことが出来なかった。
「メンフィス・・・」
二度目の声で呪縛が解けた。剣を放り出し、窓へ駆け寄って近付いてきた少女を抱き上げる。
部屋へ入れ、夢中で抱きしめて口付ける。キャロルは抗わず、それどころかメンフィスの首に白い両腕を回して自ら唇を重ねてきた。
「キャロル・キャロル・・・キャロル・・・お前か?本当にお前なのか?幻ではないだろうな?」
「メンフィス・メンフィス・・・」
「何故帰らなかった?何故あの母子と共に行かなかった?」
「・・・何故かしら・・・?馬鹿ね、せっかく逃げられると思った鳥籠へ戻ってくるなんて。」
「本当にな。だがせっかく与えた機会をふいにしたのはお前だ。二度と出られぬと思え。」
「・・・・・メンフィス・・・・・お酒臭いわ。」





落ち着いて改めて室内を見回して、キャロルが美しい眉をひそめた。
「何したの?これ・・・・」
「何もない。お前が居ない寂しさを紛らわしていただけだ。」
「割れた杯と倒れて池を作っている壷。料理を盛った皿がいくつかひっくり返っている。
「・・・・・」
嘆息して跪き、皿を拾い、零れた料理を片付ける。布巾で酒を拭き取り、杯の欠片を拾い集める。
「あつっ・・・」
「どうした?」
ちょっと指を切っただけ。」
メンフィスが黙ってキャロルの指を取り、咥えて血を舐め取る。
そのままじっとキャロルの瞳を見つめている。凄絶なほどの色香を湛えて、黒い瞳が濡れたように輝いている。
「あ・・・・有り難う。片付けちゃうから放して。」
「嫌だ。」
「酔ってるわね・・・湯浴みをしたほうがいいんじゃない?」
「おお、酔っているぞ、お前に酔っている。こんなに愛しい黄金の小鳥が戻ってきたのだ。他になにがある?」
「な・・・・よくもそんな歯の浮くような台詞が言えるものね。はい、行って来て!」
布をぶつけられ、顔をしかめた拍子にキャロルはするりと身を離し、再び片付けに掛かった。
此方に背を向け、膝を付いて皿を重ねている。
その白い背に身を寄せ、項に口付けると悲鳴を上げた。
「ひゃあっ・・・・」
この声だ。この声が聞きたい
「やめて、あっ・こんな・ところ・でっ」
それには答えず、甘い香りを胸いっぱいに吸い込んでから少女を抱き上げる。皿が落ちて音を立てた。
「降ろして。未だ終わってないわ。」
「降ろさぬ。そんな物は放っておけ。湯浴みに参る。」





ファラオの腕の中の少女を見て、侍女達は皆驚きの声を上げた、
委細構わず湯殿に向かい、やはり少女の衣を毟って湯へ放り込む。
顔を出したキャロルは文句を言おうとしてメンフィスの姿を見てしまい、悲鳴を上げて湯に潜った。
股間にあるものを見てしまったのだ。
「何を恥ずかしがる?男には皆付いているぞ?」
「だ・・・だって・・・!!」
飛び込んで来たメンフィスが、後ろからがっちりとキャロルを捕まえて耳元で囁く。
湯船の縁に白い体を押し付け、覆いかぶさりながら耳朶を舐め、白い胸を揉んで頂を摘み上げる。
赤い唇から溜息が零れる。
「は・・・あ・ああ・・・・・はあ・・・」
柔らかいその感触を、ゆっくり何度も味わって下腹部へと手を伸ばす。キャロルが身を捩った。
「やめ・・・・いや・・・」
「聞けぬ。」
「にげたり・・・しない・から・おねが・・・い・・・いや・・・」
限界まで大きくなった己の物を白い尻に擦り付ける。
「ああ・・・もう・・・ほんと・に・・・だめ・・・のぼせちゃ・・・う」
見ると白い頬が真っ赤だ。慌てて引っ張り出し、布に包んで休ませる。水を運ばせて喘ぐ唇に含ませる。
杯の水を白い喉を鳴らして飲み干し、やっと溜息をついた。
「~~~~~~!!」
「・・・・・どうしたの?」
「なんでもない!」
メンフィスは改めて湯に浸かり、キャロルは身づくろいをして休憩した。






遅れて入浴を終えたキャロルが部屋に戻ると、ファラオは酒を飲みながら待っていた。
「メンフィス・・・侍女に杯をぶつけたんですって?泣いていたわよ。」
ファラオが示したクッションに、ちょこんと座ってキャロルが抗議する。
「お前を侮辱したからだ。それとも何か?お前は自分が居らぬ時に起こった事まで自分の責任だとでも言うのか?」
「そ・それは・・・」
「誰でも無理だ。自分の知らぬところで起こったことなどに責任は持てぬ。あの侍女は自業自得だ。」
「わ・わかったわ。」
「何故戻ってきた?」
「・・・・・分からないの。これで帰れると思ったのだけど・・・・・」
私が恋しくなったか?」
ファラオは軽口を叩いているが、その瞳はこの上も無く真剣だった。
「ばっ・・・馬鹿な事をっ・・・」
反射的に答えかけたキャロルが黙り、差し出された杯を受け取った。
「安心して飲め。妙な物は入っておらぬ。」
「・・・・・頂きます。」
沈黙。
「・・・・・食事は済ませたのか?」
「ええ。」
「先刻は済まなかった・・・今夜は休め。お前の部屋は未だそのままだ。」
「・・・一緒にいて良い?・・・嫌でなかったら・・・」
「あの母子を解放した礼として伽をするつもりなら要らぬ。女ならいくらでも・・・」
するりと白い腕が首に絡まり、柔らかい唇が引き締まった唇に重なる。
「私に出来るお礼はそれだけ・・・でもこんなやり方は卑怯ね。御免なさい。貴方には感謝しているの・・・・おやすみなさい。」
立ち上がったキャロルが背を向ける。
「待て。お前は私が他の女を抱いても平気なのか?」
「・・・・・私にそれを嫌だという権利は無いわ・・・」
白い背中が遠ざかって行く。愛しい黄金の小鳥が行ってしまう。あれほど二度と放さぬと思ったキャロルが。
次の瞬間には飛び掛っていた。
悲鳴を上げる間も与えずに唇を奪い、抱きしめて先刻まで座っていたクッションに押し付ける。
馬乗りになってしがみ付く。
「嫌だ、嫌だ。いやだ。 キャロル、行かないでくれ、何処へも行かないでくれ。キャロル。キャロル・・・」
「・・・く・・・くるし・・・放し・・・て・・・」
「いやだ。愛している、愛しているのだ。もう放さぬ。鎖で繋いでも二度と放さぬ。」
「行かない・・・か・・・ら・・・どこへ・・・も・・・・手をゆるめ・・・て・・・」
その声を聞いて、逃げられぬようほんの少しだけ腕を緩める。
青い瞳が戸惑ったように見つめている。
「・・・私、此処に居ても良い?貴方の邪魔はしないから・・・・女官長にお願いしたの・・・ここで働かせてくださいって・・・・・」
「嫌だ。お前は私の妻になるのだ。それ以外は認めぬ。」
キャロルがくすりと笑った。
「無理よ・・・貴方はファラオで私はただの侍女。働かせて。私の望みはそれだけ。」
「愛しい女が傍にいて手を出さずにいるなど我慢出来ぬわ。怨むなら私を怨め。だが離れることは許さぬ。」





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