嫉妬





回廊を歩いていたキャロルは、曲がり角で侍女達に取り囲まれていた。
すれ違いざまに腕が当たったとか当たらないとかで言いがかりを付けられたのだ。
いつも嫌がらせを受ける中でも、特に自分を敵視する三人が睨んでいる。
最近召抱えられた、いわゆる「王の傍にお仕えする特別な」地位だそうだ。
そんなものはキャロルにとってどうでもよい。
「ですから、当たったのなら謝ります。そこを通してください。早くしないと女官長が待っていますので。」
「まあ、たかが奴隷風情が生意気な。」
「ファラオの寵を受けているからといい気になっているようね。」
「ファラオがこんな小娘を夜毎お傍に置いておかれるなんて・・・どうせ直ぐ飽きられるでしょうけど」
唇を噛んだ。
セチの身を助けるために自分は契約を結んだ。
セチが解放されたのは嬉しい。しかしファラオは一向に自分を解放しようとせず、常に傍に置きたがる。
だからこんな風に、表宮殿で政務を取っている時などの眼が届かないときを狙って嫉妬が集中する。
自分がファラオの寵を受けたと言うことは、当然皆に知れ渡っている。
それなりの風当たりは覚悟していたつもりだった。
だが、それがつもりでしかないことを、ここ数日で彼女はいやと言うほど思い知らされていた。
「どうせ女官長かファラオのお情けに縋らねば何も出来ないのでしょう。」
「その姿を上手く利用して取り入ったのでしょうけど・・・」
「どうしたらその貧弱な容姿であの雄々しいファラオに取り入る事が出来たのか、せっかくだから教えてくださる?
 そしたら通して差し上げましょう。ねえ、皆様。」
「・・・・・」
そんなことはファラオに聞いてくれと言いたい。
目立たぬように、気を引かぬように。
侍女達は身体の線や胸や、足の付け根の繁みが透けるほどの薄手のリネンのドレス。
キャロルは幾枚かの衣装を重ね着して、身体の線すら隠そうとしている。
侍女達はアイラインを引き、化粧で美しく装い、爪を染め、いくつもの宝飾品で身を飾り立てている。
キャロルは化粧気一つ無い。その身を飾るのは黄金に輝く髪と青い瞳、ファラオが選んでその手ではめた宝飾品だ。
それが気に入らないらしく、相手はどうしてもキャロルを屈服させたいらしい。
だがそんなことは自分のせいではない。
分かっているが口惜しい。更に唇を噛んだときに、業を煮やした一人が背に肘を入れた。
思わず息が詰まってつんのめる。
前のめりに倒れた少女の腕を取って、助け起こす振りでねじ上げられる。
そして一発。頬に張り手を喰らった。
白い頬が赤くなり、綺麗に手入れされた鋭い爪が引っかかってうっすら血がにじんだ。
さほど高い音ではなかったが、やったほうがびくついた。
告げ口をされれば只ではすまない。
「今日はこのくらいで許して差し上げますわ。」
「そうそう。今夜からは、ファラオの寝所に『夜の杯を運ぶ係』は私達がして差し上げますわ。
 貴女からそう申し上げなさい。」
「このこと、誰かに喋ったらどうなるかお分かりでしょうね?」
止めの一撃に、侍女が持っていた壷の水を頭から浴びせられて、びしょ濡れで座り込んでしまった。
女達は高らかな笑い声を残して消えた。
涙が零れ落ちる。
私は何のために此処にいるのだろう。此処で何をしているのだろう。
セチは解放されたし、後宮の女は掃いて捨てるほど居る。何も私を戯れの相手にせずとも良いではないか。
私は只、家族の元に帰りたい。それが適わぬなら、せめて心静かに暮らしたいのだ。





どれくらい座り込んでいたのだろう。回廊の影で座っていたので身体が冷えてしまった。
のろのろと、濡れた体を引きずって立ち上がる。
何処へ行こう。
こんな姿のまま部屋へ戻ったら女官長や侍女達になんと思われるか。
もともと「側室は部屋で大人しくしているもの」と言われたのを嫌がって、自ら侍女であろうとしたのだ。
くしゃくしゃの髪と、濡れて肌に張り付いて気持ち悪い衣装のまま庭へ出る。
ラーの光が暖かい。
万物に惜しみなく分け隔てなく恵みを与える、それだけが嬉しかった。


遅くなった執務をようやく終え、愛しい娘と共に昼食を摂ろうと宮に戻ってきたファラオは回廊が濡れているのに気付いた。
部屋へ戻り少女を呼ぶが姿が見えない。
自分の居ないときは自由に過ごすように、だが私が戻ったら必ず傍にいるようにと常々言っているのに。
事あるごとに逃げよう逃げようとする。
仕方なく、最近ナフテラが召抱えたと言う侍女に世話をさせた。後で探しに行こう。
だがこの侍女たちはお互い華美に飾り立てた格好で纏わり着くだけで役に立たず、いちいち勘に触る。
勿論キャロルの言動も気に入らないが、キャロルは媚びへつらったりしないし言われたことは丁寧にする。
ナフテラが駆け込んできた。キャロルの姿が見えないと言う。
それを聞いたとたん、侍女たちを蹴散らして飛び出した。
庭に出て、あちらの茂み、此方の木陰と見て歩く。この時刻は暑いから日陰かと思ったが
意外にも泉のほとりに座って、太陽の光を浴びていた。





気付かれないように近づくと肩を震わせていた。
いつものように、家族を恋しがって泣いているのかと思い、かっと頭に血が上る。
無言のまま細い腕をつかんで引き摺り寄せるとキャロルが苦痛の悲鳴を上げる。
一瞬此方を向いた顔が、慌てて面を伏せる。
だが見てしまった。
泣き腫らした瞳とは明らかに違う、打たれた頬と微かな赤い筋。
それに身体が冷たく、衣装が湿っている。
「何故泣いている?」
「・・・・・別に・・・家族を思い出しただけ。」
「その頬はどうした。」
「泣いたから腫れただけよ。」
「水面に映してみよ。」
覗き込んであっと声を立てた。不鮮明だが片頬が色を持っている。
ファラオは明らかに不審を持った。何とか誤魔化さなければ。
引き起こされて抱きしめられる。胸のぬくもりが心地よい。
「・・・メンフィス・・・はなれて。濡れてしまうわ。」
「よい。・・・誰がお前にこのようなことをした?」
「こ・転んだの」
「回廊が濡れていた。あそこか?」
「そうよ。」
「壷が見当たらぬ。」
「割れたの。」
「お前の頬に傷があるのに、壷の欠片が一つも無いとはおかしい・・・」
「・・・!・・・」
語るに落ちた。頬の傷まで水面に映らなかった。
男の腕が、湿った衣装を解いてゆく。
「言わねば衣を全部落す。」
「転んだのよ、一人で。」
肩絹が風で飛んでゆく。腰紐が落ちる。
「お願いだから止めて。」
上着が引き裂かれて風にさらわれてゆく。
「誰がこのようなことをした?」
「本当よ。転んだだけよ・・・お願い・・・」
腕の動きが止まった。ほっとしたのもつかの間、顎を掴んで口付けられる。
「お前は強情だ・・・だが。」
「いやっ!!」
肌着の肩紐がぷつりと音を立てた。引き千切った紐を投げ捨て、露になった肩に唇を寄せる。
「こんな姿で部屋へは戻れぬぞ・・・」
ぞっとした。いつの間にか自分は一枚の衣しか纏っておらず、それもこれでは只の布だ。
「・・・・・!貴方のせいじゃない!貴方が私なんかに構うからじゃない!」
不意にわけの分からない衝動が突き上げてきて、あっと思ったときには口をついて迸っていた。
「私は帰りたいだけよ!それが適わぬならせめて静かに暮らしたい。
 セチはもう居ないし、ここには綺麗な人がいくらでも居るわ!戯れの相手にされて謂れの無い嫉妬に晒されるのは
 もうたくさん!今夜から、『夜の杯を運ぶ係』は他の人に頼んで頂戴!」
先刻は胸の中で渦巻いていた、だが黙っておこうと思った言葉が溢れてくる。
最後は殆ど捨て鉢な気分で言い放ち、胸を押しのけようとした。
だが鍛え抜かれた胸はびくともせず、更にもう一方の肩紐を引き千切った。
滑らかな白い胸が現れ、太陽の光を浴びて艶やかな色香を放つ。
「・・・分かった。」
思わず男の顔を振り仰いだ。解放してくれるのかと思ったのだ。
だがファラオの顔は別の表情を浮かべていた。
そのまま腰紐を解き、最後の布を引きむしる。
悲鳴を上げた少女に構わず、掴んできた肩衣でその身を包んで抱き上げる。





近くの東屋につれて行き、寝椅子に押し倒す。
「なにをするの!?放して!」
「知れたこと。この場でお前を抱くのよ。お前は私を怒らせた。その罪、その身で償ってもらう。」
「いやよ。私に触れないで!!」
「契約を破棄するつもりは無い。知っている筈だ。そしてお前は一旦交わした契約を破るような女ではない
 ・・・だから。」
一旦切ったあとで告げる。
「契約が破られた後はお前との約束を守る必要も無い。あの母子、殺す。」





跳ね起きようとした肩を掴まれ、横向きに寝椅子に押し付けられる。
男の体が後ろから圧し掛かって来たのを、身体を丸めて防ごうとした。
後ろから耳を咥え、小さな穴を嘗め回される。項に熱い唇を押し付けられて強く吸われる。
背筋を震えが下ってゆく。あちこちに、薔薇色の花びらが散ってゆく。
胸にまわした指が、二つのふくらみを優しく撫で、先端を摘み上げる。
キャロルが呻いた。
「キャロル・・・私を怒らせたな・・・戯れだなどと・・・」
「ああっ・・・」
いつもの荒々しい愛撫とは違う。片手で胸の先端を摘みながら、もう片手でゆっくり肌を撫でて行く。
羽根のように、触れるか触れないかの手触りで、手首から肩へ、足首から膝へ、そして腹からわき腹、腰へ。
途中でクッションを掴んだ手が、キャロルの下腹にそれをあてがう。
丸めた背に口付けを落としながら片手を太腿に滑らせると白い腰がぴくりと震える。ファラオはうっとりとそれを眺めた。
「キャロル・・・」
少女は指を咥え、嬌声を堪えている。さっきの一言で雷に打たれたように大人しくなった。
だが、此処まで来て私ではなく『契約』に従うと言うのか。
この私を愛するのではなく、『契約』だから従うのか。
指が合わせた膝を割って太腿の内側を滑り出した。先刻より時間を掛けて、、ゆっくりとある一点を目指す。
「キャロル・・・愛している・・」
少女が大きく肩を揺らした。一瞬の隙を突いて咥えていた指を胸を摘んでいた指で絡め、もう一方の指で花びらを開く。
「ひぃっ・・・」
かすれた声を上げて少女が歯を食いしばる。
胸を押し付け、花びらを開いた指で中を探ってゆく。其処はすでに潤っていた。
後ろから足を使って膝を開かせ、今度は亀裂に沿って指を動かしてゆく。
密やかな後ろの花を何度か弄ぶと少女が頭を振った。薄い紗越しの光が黄金の髪に乱反射して煌く。
更に奥へと進めると、秘密の泉から暖かい蜜が湧き出している。それを掬って後ろの花、泉の回り、そして花びらの中の宝珠に
塗りつける。
時には戯れに、泉に浅く深く指を沈めてみる。
少女は上の唇から呻き声を零し、下の唇はファラオの指を咥えて締め付けた。
「さぁ・・・参ろうか・・・」
ゆっくりと起き上がった男が、天に向かってそそり立った己自身を少女の泉に突きつける。
少女の背に己の体を沿わせ、ゆっくりと己自身を挿れて行く。
キャロルの白い手がクッションの端を握り締めて痙攣し、唇からは堪えきれない呻き声が溢れた。
「あ・・・あああ・・・っ」
そのまま男は動きを止めた。少女の内部が時折、切なく痙攣して締め付けてくる。
「たまにはこんなことも好かろう・・・どうだ?」
「はぁ・・・っ・このまま・どうするつもりなの・・・?」
「何もせぬ。お前が謝るまでこのままだ。」
「そっ・そんな・あっ」
「私は何もして居らぬぞ。お前が勝手に動いて感じているのであろう・・・どうだ・・・?」
片手を伸ばし、胸の頂を摘み上げる。それだけでキャロルは身を震わせ、自分の内部の男を擦り上げる。
「私が何時お前を弄んだ?」
「あう・・・」
「私が何時お前を戯れの相手にした?」
「うう・・・」
「答えよ・・・さあ・・・」
「ああっ・・・放して・・・っ」
「否。答えよ」
そう言いながらキャロルの尻を掴んでさらに擦り付ける。
そうかと思うと前に手を回して胸を弄り、花びらを開いて宝珠を擦り上げる。
ゆっくりと。じわじわと。
キャロルの肌が薔薇色に染まってゆく。開いた唇は喘ぎ声を零し、途切れ途切れに舌足らずな嬌声を落とす。
快楽の焔がじりじりと娘の肌を炙っている。メンフィスという快楽が。
そのまま暫く短い呼吸と喘ぎ声が続き、キャロルはファラオを残したままひとりで果てた。
動かなくなった少女の肩越しに、色付いた顔を見やって、男は一人つぶやく。
「強情だな・・・だがそんなお前を愛しているのだ。」





少女を抱いたまま部屋に戻ると、先刻の侍女たち三人が未だ其処に居た。
ファラオの腕の中の少女に気付き、凄まじい目つきを見せる。
それでキャロルに危害を加えたものが誰かが分かった。愚かな女たちだ。
この私にとって、キャロル以外の女は塵芥ほどの存在でしかないのが分からぬらしい。
だが私の腹立ちはこれくらいでは収まらぬ。せいぜい有効に使わせてもらおう。





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