梅雨の明けた日





 梅雨の明けた日、亜久津は河村に誘われて、海に出かけた。



 前日、朝早くに迎えに行くから、と言っていた河村は、早朝も早朝、夏休みは普段に増して夜型の亜久津が、ほとんど寝入った直後の午前4時、亜久津の家にやってきた。
「亜久津、おはよう!」
 そう言って、亜久津の部屋に入ってきた河村は、常になくテンションが高かった。ベッドに横たわったまま首だけを上げて、亜久津は、河村の両手を確認する。
 ラケットは…持ってねえみたいだな。
「優紀は?」
「いないみたいだよ。もう出かけたんじゃないのかな」
 あのババア…。
 玄関が開いていたから、勝手に入らせてもらった。河村はさらりと言う。亜久津は、時々、夜討ち朝駆けで姿を消す母親に、鍵くらいかけていけ、と心中で毒づいた。
「それよりさ、早く行こうよ!」
 早く早く、と亜久津を急かす河村は、亜久津の布団を引き剥がさんばかりの勢いだ。いくら店の手伝いで早起きに慣れているとはいえ、普段の河村を考えれば、この元気の良さと強引さは、ちょっと異常だ。何をそんなにはしゃいでいるのか?
 返答次第では、今日は出かけない。
 そう思いながら亜久津が聞くと、河村は、我に返ったような顔で俯いた。
「ごめん」
と眉が下がり、亜久津の弱い8時20分になる。
「俺、亜久津と2人で出かけられるって思ったら嬉しくて…」
 ごめんね、と河村は何度も頭を下げる。そんな河村を見ていると、亜久津の胸に、河村以外の人間にはついぞ抱いたことのない、罪悪感とでもいうべき感情がわいてくる。
「…別に怒ってねえ」
 そうして、結局、自分から折れてしまう。
「怒ってねえよ」
「本当に?」
「ああ」
「よかった」
 頭を上げて、泣きそうな顔のまま、河村はちょっと笑う。
 ああ!もう!
 亜久津は、セットしていない自分の髪をぐしゃぐしゃと掻き回した。
 ああ!もう!かわいい!
と。



「はい、これ」
 そして、いつのまにか用意されていた荷物を持たされ、外に出た亜久津の背後で、なぜか河村が玄関の施錠をしている。
 いつのまにか、河村に主導権を奪われて、河村のいいように動かされているような気がする。
 何となく遠い目で、亜久津は、ようやく薄明るくなってきた空を見上げた。頭の上で土鳩が一羽、デデポポーとまるで緊張感のない声で鳴いた。




 同じ空手道場に通っていたから、寒稽古や何かで一緒に行ったことはある。
 でも、こうして海水浴に行くのは初めてだ。亜久津は、河村と2人で電車に乗り、一路、海を目指す。おそろしいことに、始発電車だった。
「こんな時間に電車が走ってること自体、知らなかったぞ、俺は」
「俺は、遠征とか行くときに乗ったな」
 河村は、懐かしそうに目を細める。
 始発電車の車両はガラガラで、亜久津と河村は、横座りの座席を2人で一列、7人分占領していた。車内で煙草を吸うわけにもいかず、亜久津は電車に乗り込んでから、口寂しさをごまかすように、やたらとジュースばかり飲んでいた。
 後ろ頭が朝日に照らされ、さらされた首筋に、早くも汗がにじむ。海に向かう電車特有の切なさのようなものが、亜久津の胸をギュッとさせる。
 景色を眺めるふりで隣に座った河村をうかがい見れば、河村は、
「暑くなりそうだねえ」
と、歌うように言った。



 やがて、電車はトンネルにさしかかる。
「ここを抜ければすぐだよ」
 河村は、亜久津の耳元に口を寄せて囁いた。
 ゴーッという音とともに、耳にキーンと圧迫されるような感覚。思わず、といった感じで目を閉じた河村の、シートに置かれた片手に、亜久津は自分の手を重ねた。
 河村は驚いた様子で目を開く。ゆっくりと亜久津に顔を向けた。
「手」
「嫌か?」
「ううん」
 無心な子供を思わせる河村の丸い目が、にっこりと笑みを描く。
 今しも何かが起こりそうな予感に、亜久津の胸は高鳴る。
 電車がトンネルを抜けると、眼前にはもう、海が広がっていた。





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 楽しいことが始まる予感。海に行った後は、貸しボートのオールでバーニングになる河村さんと、一緒に沖まで行くがよい亜久津さん。
 しかし、亜久津視点にすると、タカさんが強いなあ。





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