物より思い出





 もはや毎年のことだが異常気象である。
 日本には四季があるはずが、今年は春夏秋冬のうち秋が消え、10月の半ばまで続いた残暑は、11月に入ると突然、真冬の寒さにとって変わった。
 去年の冬に買ったダウンジャケットを、クローゼットの奥から引っぱり出して、亜久津は外に出た。
 夜だけれど空は晴れていて、星が出ていた。
 目指す河村の家まで、ゆっくり歩いても亜久津の家から10分とかからない。
 多分、目をつぶっても歩ける。
 それくらいの距離、通い慣れた道だ。
 暖簾のしまわれた店の裏に回り、裏口から顔を出すと、亜久津に気づいた河村の父親が、隆!と大きな声で息子を呼んだ。

「あと5分くらいで終わるから、部屋で待ってる?」

 河村は、ビールケースを抱えて外に出てきた。
 いくつか重ねてある上にそれを置くと、顔を上げる。
 この寒いのに、剥き出しの額にうっすらと汗をかいている。
 眉尻を下げて笑う顔を直視できず、亜久津は横を向いて首を振った。
 お互い尻の穴まで晒した仲だというのに、俺はバカか、と思いながら。

「ここでいい」

 聡いのか鈍いのかで言えば、おそらく鈍いの方に針が振れるのだろう幼なじみは、けれど亜久津の性格をよく知っている。
 不機嫌に応じれば、決して無理強いしようとはしない。
 なるべく早く終わらせるから、と言い置いて汗を拭き、店に戻ろうとする。
 亜久津は、その手首をつかんで引いた。
 駄目だよ、と小さな声が聞こえたけれど、それは無視して。
 倉庫の裏へ連れていく。
 駄目駄目とくり返しながら、でも亜久津の胸を押す河村の手の力は弱い。
 プロパンガスのボンベの後ろに隠れてキスだけした。



 日曜日は市場が休みだから、仕入れに行かないぶん、普段よりも遅くまで寝てられるんだよ。
 そんな話を河村から聞いたのが、数日前のことだ。
 次の日曜日は11月18日。
 河村の誕生日である。

「だったら土曜は家に来い」

 泊まりに来ないか?と疑問形でなく、泊まりに来い、と命令形で。
 河村は、ちょっと考えて、店が終わった後だから遅くなるけどいいかな?と小首を傾げて亜久津を見た。
 土曜日の「かわむらすし」が閉店した後だから、遅くなるというのは、おそらく夜の11時過ぎ。
 もちろん、日曜日の店は河村の誕生日だからといって休みになったりしない。
 普段より遅いということだから、明け方でこそないのだろうが、河村は朝早く家に戻らなければいけない。
 無理は承知の上で、亜久津は誘った。
 半分は、河村の誕生日を誰より早く祝いたいという、考えるだに気恥ずかしい自分のわがままのためだが、半分は河村自身のためだ。

「遅くてもいいから来い」

 精一杯、傲然と口にする。
 河村ほどではないが、亜久津だって河村の性格をよく知っている。
 ちょっと無理する、みたいなことが好きなんだよな、こいつは。
 思ったとおり、河村は、分かったと即答して頷いた。



 今だって、誰かに、最悪家族に見つかるかもしれない店の裏でキスをされて。
 赤い顔をしてふらふらとした足取りで店の中に戻っていく河村の背中は、でも、気のせいかもしれないけれど、何だか嬉しそうだ。

「家で続きするから早く終わらせて来い!」

 そう言うと、慌てて振り向く。
 その顔を見て、気のせいじゃない、と亜久津は確信する。
 今日は優紀はいねえぞ、と付け加えると、人差し指を口の前に立てて、シーッと声には出さず。
 空気は寒いのに体は何だか熱くなって、ダウンジャケットを脱いで腕に抱えた。
 誕生日には何かやるとして、それはそれとして。
 とりあえずのプレゼント代わりに、お前が喜ぶことを嫌ってほどしてやる、と思いながら。



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 隆は亜久津がくれるならジュース1本でも嬉しいんだよ、と思ったら難産になった隆の誕生日話。
 誕生日…なのに、こんなでいいんだろうか。
 このみ先生が隆を生み出してくれたことに対する感謝とか、どうやってどうしたら上手く表すことができるんだろう。
 とにかくすごく嬉しいんです、ありがとうありがとう、とそれくらいしか言えません。
 本当に隆おめでとう。そして、先生ありがとう。







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