おまけもの3





1.麗し

「亜久津ってきれいだよね」
 河村の話である。
 時々、そう言う。
 そのときは、必ず感に堪えないといった口調で、河村は、亜久津をきれいだと言う。
 そして、言われ慣れない言葉で、亜久津をひそかに狼狽させる。
 自分に対する様々な評価のうち、亜久津にとって最もなじみ深いのは、「恐い」である。
 考えるまでもない。
 亜久津は、その評価に概ね満足していた。
 不良たる者、まず、見た目でナメられるわけにはいかないのだ。
 もう少し好意的な評価では、「格好いい」というのもある。
 特に、どうしてか亜久津に懐いているテニス部の元マネージャー、現部員からよく言われた。
「先輩は格好いいです!」
 変声期前の高い声を思い出し、亜久津は含み笑いをもらした。
 コンプレックスだった身長は、今でもさほど伸びていないらしいが、今年は何とテニス部の部長だという。
 あれも、妙な奴だったな。
 ベッドの上で横臥したまま体を伸ばすと、隣で寝ていた河村が、ふと、思い出したように亜久津の方に手を伸ばしてきた。
「本当、きれいだ」
 呟きながら髪に触れ、冷たい指が頬をすべる。
「男にきれいもねえだろう」
 亜久津が言うと、河村は河村にしては意味深に笑った。
「亜久津はきれいだよ」
 念押しのような言葉とともに、うっとりと目を細める。
 そして、亜久津は河村に触れられるがまま。
 たまにはこういうのも悪くねえ、と河村とよく似た顔で、うっとりと目を細めた。



2.裸足

 亜久津は、あまり外出しない。
 家が好きなのか外が嫌いなのか(多分後者だと思う)、俺には分からないけど、会うのは専ら亜久津の家か俺の家だ。
 時々、2人で出かけるときも、たいていは俺が頼みこんで、亜久津は渋々といった様子でついてくるだけ。
 だから、珍しく亜久津の方からどこかへ出かけようと誘ってきたときは、嬉しいというより、驚く気持ちの方が強かった。
「どこ行くよ?」
 自分から誘ったくせに、不機嫌な顔でそんなことを言う。
 亜久津は、俺の家の裏口に立っている。
 裏口っていっても、家族の普段の出入りはこちら。
 勝手口かな。
 表から入って、店の奥にある階段からも家の方には来られるけれど、亜久津は滅多にそちらを使わない。
 身長180センチの俺が首を竦めながらでないと出入りできない小さな扉。
 その前に立つと、亜久津は、まるで不思議の国のアリスだ。
「何でもいいからさっさとしろ」
 以前、妹につきあって見たアニメ映画の一場面を思い出し、ニヤニヤしていると、焦れたらしい亜久津に凄まれた。
 「ごめんな」と言うと、「別にいい」と更に怒ったような調子で。
 亜久津の精神は俺のそれよりもだいぶ複雑にできている(亜久津は「逆だ」と言う)。
 だからかな。 亜久津の言動は、時々よく分からず、正直、俺の手には余るときもある。
 それでも、そうした亜久津のわけの分からなさが、俺はとても好きだ。
 そう言ったら、亜久津は怒るだろうか。
 他に行く当てもないので、俺の足は、自然に川原へと向かった。
 「お前、いつもここだな」と呆れたような亜久津の声を背に、うっそうとした茂みをかき分ける。
 しばらく行くと、ぽっかりと、そこだけ空き地のような場所に出た。
 俺は靴を脱ぎ、やわらかい芝を裸足で踏んだ。
 ジーンズの裾を膝まで捲り、ゆっくりと歩く俺の後ろを、やはりゆっくりと亜久津が追ってくる。
「今朝、にわか雨が降ったよね」
 振り返っては亜久津の姿を確かめようとする俺に、亜久津は、そんなことは気にしなくていいから早く行け、というように、口に咥えた煙草の先を上下させる。
 「亜久津」と手を差し伸べると、亜久津は一瞬下を向いて、少しだけ笑ったような気がした。
 革靴と靴下が無造作に脱ぎ捨てられ、薄緑の湿った草の上に、真っ白い2本の足が下り立つ。
 亜久津は、俺の手を取り、軽く引いた。
 バランスを崩し、踊るように腕を振り回した俺を見て、今度ははっきりと笑う。
 地面に両手をつき、俺も笑った。
 こんな他愛もない時間が、どうしてこんなにも幸せなのか。
 それを聞いたら、亜久津は怒るだろうか。



3.仲良し

 時々、河村にひどい言葉を投げつけてやりたくなることがある。
 亜久津の話である。
 たとえば、卑猥な言葉だとか、亜久津はどうとも思わないけれど、河村には堪えるらしい罵りだとか。
「変態」
 亜久津は、河村の耳元で囁いた。
 この場合は後者である。
 河村の体と、亜久津の体とが物理的につながっている、そんな状況で。
 自分が変態なら、つがっている相手も変態のはずだが、当然のことながら余裕のない河村は気づかない。
 亜久津にとっては案の定、体をビクリと震わせ、強ばらせた。
 同時に、亜久津を含んだ部分がぎゅっと締まる。
「感じてやがる」
 嘲るように口にすれば、河村のそこは、まるで喘ぐかのように微妙に開閉した。
 自分の中にいる男に、苦痛とも快楽ともつかない感覚をもたらす。
 縋るような河村の視線に、亜久津はニヤリと笑み返した。
「俺もだ」
 俺も変態で、俺も感じている。
 亜久津は、汗まみれの河村の体を、掬いあげるように抱きしめる。
 囁くと、河村は、亜久津の邪悪によく似た顔で笑った。




4.激し

 河村が亜久津の手を取ったとき、その胸には、不退転の決意が秘められていた。
 亜久津のことは好きだった。
 初めて会ったときから、この男が自分にとって特別な存在になることを、心のどこかで予感していた。
 しかし、今、その亜久津を前に河村は躊躇している。
 河村は、まだ女を知らない。
 もともと、異性に興味がなかったわけではない。
 亜久津と再会するまでは、将来、自分もまだ見ぬ彼女とそうした体験をすることになるのだろう、と漠然と思っていた。
 今、ここで亜久津に抱かれれば、自分は一生女を抱くことはない。
 河村には、確信があった。
 たとえ、いつか亜久津と別れるときがきたとしても、それは変わらない。
 自分にとって、何かを選ぶことは、常に、他の何かを捨てることとイコールで結ばれていた。
 亜久津を選ぶことは、つまり、彼より他の人間に対する可能性を捨てることだ。
 亜久津は黙っていた。
 黙ったまま、河村の答えを待っていた。
 大柄な河村の手は、その体に比して意外なほどに小さい。
 この手では、一度に多くのものを掴めない。
 河村は、それを知っている。
 もしも、この手で、たった1つのものしか掴めないとしたら……。
 河村は、目の前に差し出された亜久津の手を、もう一度、じっと見つめた。
 白い手の指先が、ほんのかすかに震えている。
 この手を取ったら、もう引き返せない。
 河村が亜久津の手を取ったとき、その胸には、不退転の決意が秘められていた。
 この手を取ったら、もう引き返さない、と。
 そう心に決めて、河村は亜久津の手を取った。





 3.のみ18禁です。反転してください。1.は3.と並行して書きました。2.は、「きみに会えて」という歌から取ったタイトルで、もう少し長く書くつもりでした。4.は「狸の言い分」の前日談、というか昔の話。




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