Starting over 2
その日、亜久津を伴って帰宅した息子に、河村の家族は驚きを隠しきれない様子だった。無理もない。近隣で、亜久津の悪い噂を知らない者はいなかったからだ。
しかし、
「上がってよ」
河村に屈託なく言われると、それ、すなわち河村の両親の心配そうな視線だとか、は気にならなくなった。
その後、河村の自室で何をするでもなくダラダラと過ごして、1、2時間も経つと河村の家族も、亜久津のことは気にならなくなったらしい。さすが河村の家族だ、と亜久津は思った。
結局、河村と一緒に夕飯を食べることはできなかった。店の手伝いに呼ばれていく河村を横目に、勧められるまま、なぜか河村家の台所で、河村の妹と夕飯を食べる。合間合間に顔を出しては、亜久津の世話を焼こうとする河村に、
「お兄ちゃん、何だか嬉しそう」
彼女は、ぽつりと言った。帰り際には、
「また、来てください」
と真顔で言い、亜久津を困惑させた。
送っていくと言い張った河村は、帰り道、水銀灯の明かりを拾うような足取りで、亜久津の隣を歩いていた。私服に着替えた河村が、素足に引っかけたサンダルの、青い布地からのぞく爪先が、アスファルトの上で跳ねるようで、それが何だか見てはいけないもののようで、亜久津は思わず目を逸らす。
「どうした?」
河村は、そんな亜久津の様子を見逃さなかったらしい。
そうだ、こいつは意外と聡かった。
上目遣いで問われ、動揺を押し隠そうと、
「何浮かれてんだ」
苦し紛れに亜久津は吐き捨てる。
「そんな、浮かれてなんか…」
浮かれてなんかいないよ。俯き、語尾が小さくなる。しかし、亜久津が、しまったな、と思った瞬間、
「亜久津」
ふいに、河村は顔を上げ、亜久津の顔をまっすぐに見て言った。
「また来いよ」
決然とした口調が、河村の妹と、そして、これも亜久津の帰り際、
「またおいで」
と、靴を履く亜久津のまるめた背中に声をかけた河村の母親にそっくりで、亜久津は思わず苦笑する。
「ああいう家で…」
河村の家は、居心地がよかった。以前の自分なら駄目だったと思う。河村と、河村に似た家族が暮らす家。
「ああいう家で、お前みたいな奴ができるのか」
呟くと、河村は不思議そうな顔をした。
「また行く」
亜久津は言った。河村が引き結んだ口元を緩め、安心したように笑う。少し、嬉しかった。物心ついて以来、いつも自分の中にあった苛立ちが、ふと消える。そんな感じがした。
「また行く」
亜久津はもう一度、くり返した。頷いて笑う河村の顔を、いつまでも見ていたいと思った。
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ちょっと短いですが、1の続き。亜久津に対する順応性の高い河村家の皆さんです。タカさんの家族はタカさんを信頼していて、だから、タカさんが「こいつはいい奴だよ」、「俺はこいつが好きだよ」という態度をあからさまにするタカさんの友だちのことは、世の評判がどうであろうと受け入れてくれるんじゃなかろうか、という夢を見ています。