花に風






 ある祝日の前日、亜久津の家に河村が泊まりに来た。
 明日は早出という優紀は早々に自室に引き取って、居間には2人きり。何となく手持ち無沙汰で、テレビのチャンネルを次々と変える。
「ちっ、ロクなもんやってねえ」
 舌打ちして、呟いた声は心持ち上擦っていた。おそらく、相手が河村でなかったら気づかれただろう。
 電源を入れていないはずのコタツが、やけに熱い、と感じたが、熱いのはコタツではない。自分の顔だ。
 分かっている。河村が泊まりにきた、ということで妙な期待をしている。河村にとって亜久津は、最近つきあいを再会したただの幼なじみで、そんなことがあるはずもないのに。
 分かっているのに、下腹のあたりがざわざわする。


「あ、亜久津、これ」
 河村は、一週間分のテレビ番組表が載った雑誌などを開いている。亜久津の気持ちを知ってか知らずか、その声にはまるで緊張感というものがない。鈍いのか聡いのかいまいち判然としない男は、時々、意識してかそうでないのか、亜久津を翻弄する。
 差し出された雑誌を思わず受け取ってしまえば、
「ほら、これ」
 頬杖をついて、突き出した顎に髪が触れた。
「おもしろそうじゃない?」
 弾んだ声が至近距離から振動として伝わってくる。
 河村が亜久津に見せたのは、雑誌の中の「映画」とタイトルの付されたページだった。明らかに最近の映画とは違う、「総天然色」の惹句が似合いそうな古い映画だ。
「見たことあんのか?」
 2人の生まれるずっと前の映画だ。
 河村はううん、と首を横に振る。
「俺は見たことないんだけどさ、店のお客さんが前に親父と話してて、おもしろいって。亜久津は、あんまりこういう映画見ない?」
「ああ」
 こういう映画というか、映画そのものをほとんど見ない。
「そっか」
 河村は目に見えて肩を落とす。
 開かれたままの誌面に視線を戻すと、件の映画の放送日は、今日。ちょうどこれから。
「おい」
「ん?」
「見てみっか?」
 やくざというにはあまりにも不器用そうな男。それが目の前でぱっと顔を輝かせる幼なじみの実直さをちょっと思わせる、なんて、
「言えるか」
 吐き捨てるように呟きながら、カーペットの上に放り捨てられたままのリモコンに手を伸ばした。





 季節は冬。雪の降りしきる夜。ひと気のない裏路地で電信柱にもたれ、俺はうずくまる。
 ここまでか…。
 何か大きなヤマにしくじり、逃げてきたらしい。疲れ切った俺。うなだれる頭の上に傘が差しかけられる。
 この場合、傘は番傘が望ましい。当然、俺のもたれる電信柱は木製のそれだ。俺は顔を上げる。
 視線の先には観音様。歌に倣えば幼なじみの観音様だ。
 死んじまったのか?ここはあの世か?
 狼狽える俺の頬に、優しい指がそっと触れる。
「亜久津……」
 俺はいかにもなチンピラ仕様のスーツ。河村は和服。海老茶の羽織が肩にかけられる。しゃがみ込んで俺と視線を合わせ、今にも泣き出しそうな顔で河村は笑う。


 場面は変わって……小料理屋か旅館か。寿司屋も悪くないが、そのあたりの方が気分が出る。
 河村は慣れた手つきで俺の腕に包帯を巻いている。
「こうやって亜久津の手当てをするの、久しぶりだね」
 なんて小首を傾げて。
 河村が手伝っているのは優紀の店だ。やっぱ小料理屋だな。俺のオフクロと店をやりながら、俺の帰りを待っていた。
 俺はアレだ。グレて故郷を飛び出し、何がしかの理由で何年かの刑をくらって入所っていた極道だ。出所して、またもやくざな世界に舞い戻った。
 今更、合わせる顔がねえ、と出てきたことは河村に知らせていない。
「俺のことなんて忘れて、早く幸せになれって言ったろ」
と俺。河村は俯く。お前がいなきゃあ俺の幸せなんてないよ……と黙って袖を握る。
 ラブシーン、ラブシーンありか?硬派な話だから、それはなしか?
 まあいいや、ラブシーンの有無は保留。河村が求めてくるのを、ぐっと我慢で拒むのもストイックでいいかもしれない。


 優紀と河村の営む小料理屋は、新興やくざの嫌がらせを受けている。新興ってとこがポイントだな。
 奴らは地上げ屋。年代設定的に地上げ屋はおかしいか?
 偽の借金とか、そんなのでもいいかも。
 ともかく、何だか色々あって最後は殴りこみ。たった1人で。これも雪の夜だ。
 優紀はあれでも一応俺のオフクロだから、俺の決意が固いと分かるともう止めない。河村は……まあ、止めるだろうな。ていうか、河村には止めてほしい。
「行かないで」
「止めるな、河村。男には行かなきゃならねえときがあるんだ」
 ここはやっぱ着流し、片手に長ドス、片手に番傘。うーん、渋い。
「必ず帰ってきて」
「約束はできねえ」
「待ってるから」
「勝手にしろ」
 待てよ?河村の性格だと、一緒にくるって可能性もあるな。何にって殴り込みに。
 参ったな。お前風間に俺花田かよ。むしろ逆か?花に風が寄り添っていく……なんてな。





「亜久津、亜久津……」
 参ってしまった。
 亜久津が映画を楽しんでくれたらしいのはいいが、エンドロールの途中から、何がしかの妄想モードに入ったらしく、話しかけてもまったく反応がなくなってしまった。時々、こういうことがある。夜もいいだけ更けた時間、亜久津はそのままコタツで睡眠に突入。
 しょうがないな、と肩をすくめる。河村は、亜久津の自室から毛布を2枚持ってきた。
 1枚は幸せそうな顔で寝ている亜久津にかけてやり、もう1枚は自分のため、冷えたコタツに足を突っ込んで被る。
 風邪を引く可能性は、とりあえず考えないことにした。亜久津1人を居間に残し、自分だけ布団で寝る気になれなかったのだから仕方がない。
 寝息をたてる男の隣に体を横たえながら、電灯の紐を引く。闇に沈んだ部屋で、確かなものは傍らの亜久津だけ。
「仕方ねえ、俺とお前は一蓮托生」
 今はもう暗いテレビ画面、映画の台詞を思い出して呟く。
「……死ぬも生きるも一緒ってことだ」
 呟いて小さく笑い、目を閉じる。隣に眠る亜久津が、かすかに頷いたような気配がした。






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 友達のいないヤンキーは、妄想っ子にちがいない。
 亜久津とタカさんが見たのは、昔の東日央やくざ映画「唐獅子牛土丹」シリーズです。1作目か7作目か、その辺り。
 途中に、幼なじみの観音様云々とあるのは、シリーズ主題歌の中に、《幼なじみの観音様にゃ 俺の心は お見通し》という歌詞があるのです。





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