触れる、触れない

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『恥ずかしくないんですか?』
 それが、はじめの一言だった。





「は?」
「先輩は、他人からどう見られてると思ってるんです?」
「どうって、」
 どうもこうも何も、そもそも、暁人は目の前で眉根を寄せているのが誰だか分からなかった。
 先輩、と呼ぶからには後輩なのだろう。背は低い。後ろから見ると中学生かと見紛ってしまうくらいかも知れない。けれど随分目に力があるせいか、佇まいは大人びていた。それでいて、顔つきは少女のようだった。
 誰かに難癖を付けられるのは珍しい話ではなかった。千隼のことがあるから、いつでもそういうことはあった。ただいつもと違ったのは、真っ正面から切り込まれたという点だ。
「金魚のフンじゃないですか。いつも千隼先輩にべったりで」
「き……お前、なあ……」
「本当のことじゃないですか」
 澄まして言われて、暁人は言葉を失う。影でこそこそ言われたことはあっても、こんなにはっきり言われたことはない。
「先輩は何なんですか」
「何って?」
「だから??……」
 惑うように、一瞬だけ彼の瞳が揺らいだ。そうして口にされた言葉は、あまりにも小さい。「千隼先輩の、何なんですか」
「友達」
「そうは見えません」
「お前な……」
 問いかけは随分まごまごしていたというのに、否定は素早い。しかも本心からそう思っているのが分かる顔つきなのがまた憎らしい。
(何でそんなに強気なんだ? そもそも何でそんなに敵視されてるんだ俺は?)
 名前も知らないのに。
「見えなくても、俺は千隼の友達だし、それを誰かにどうこう言われる筋合いはないよ。……お前は?」
「何ですか」
「名前とか」
 彼は一度二度、目を瞬かせて、「ああ」と微かに息を吐いた。「三宅です」
「三宅か。初対面だよな」
「人の顔も覚えられないんですか?」
「確認しただけだろう」
 さすがにこれだけ強い目で見つめられたら、暁人だって顔も名前も覚えているだろう。それでも、三宅は少しだけふてくされたような顔をした。「何も興味ないって感じですよね」
「何が?」
「先輩も。千隼先輩も」
「そんなことはないけど」
 否定しつつも、平田にもそういった小言は度々あったため、暁人の声はどこか自信なさげに響いた。三宅はそれに噛み付くように「あります」と強く首を振った。
「そういうのが、僕は嫌いです」
「はあ」
 嫌いですと言われてもと、暁人は間の抜けた顔を曝した。おかまいなしに、三宅は続けた。
「あんたも、千隼先輩も嫌いですけど、二人揃ったところは更に嫌いです。吐き気がする」
「はあ」
 とうとうあんた呼びになったが、どうしてか、暁人はさほど気にならなかった。
 金魚のフンだの嫌いだの好き勝手に怒鳴られてるのに、特に不快ではない。三宅の言い様が、陰湿に響かないせいかもしれない。容貌はどこか猫を思わせるけれど、今の三宅の有り様は、小型犬が吠えているところに似ていた。
「それで……えっと、三宅は何が言いたいんだ?」
 あ、余計なことを言った。そう気づいたのは、思い切り睨みつけられてからだ。三宅は「ちっとも分かってない」と首を振ると、「だからつまり」と胸を抑えた。感情を抑えるように。
「僕はあんたが大嫌いだって言うことですよ」
 吐き捨てるなり、三宅は暁人に背を向けてすたすたと立ち去ってしまう。
 なんだかよく分からないやつだなあと思ったが、もう関わることもないだろう。暁人はそう楽観視していた。何と言っても、向こうがこちらを嫌っているのだからわざわざ構う必要はないだろうと。
 しかし、三宅が千隼にしょっちゅう噛み付くようになったのは、その出来事のすぐ後からだった。


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2011.05.06


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