触れる、触れない

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 学校に着くなり、暁人は数えるくらいしかいない友人の一人に突撃をかけてみた。丁度いいことに、友人のほうも暁人に気づいて挨拶をくれた。
「やあおはよう暁人くん! 今日も麗しの小林くんと御登校とは羨ましい限りだね!」
 暁人は口元を引きつらせながら、かろうじて「おはよう」と返した。千歳に挨拶のことで説教をした以上は、相手がどんな人間であれ、まっとうしなければという義理が働いていた。少なくとも、「麗し」なんてさらっと口にできる高校生相手に、義理なしで言葉を返したくない。
「平田、それ、千隼に言ったら無事じゃ済まない……」
「直接本人に言うわけないだろう? いやいやもちろん、暁人くんが小林くんに言う分には止めやしないよ」
 その場合、無事で済まないのは自分のほうだろうと分かっている。暁人は顔を顰めた。
 平田は、千隼のそばにいる自分にも、含みなく接してくれる数少ない友人だ。変にすり寄りもしなければ、変に嫌がらせをしたりもしない。そういった意味では付き合いやすい相手だったが、その分、平田はクラスで――いや学校で浮くくらいの変人でもあった。また、同時に千隼にとっての天敵でもあるようだった。本人から直接聞いたわけではないし、他人に興味を持たない千隼にしては珍しいことではあるが、平田と話しているときは、絶対に近くに寄ってこない。逆に平田のほうは、そんな千隼を面白がっている節があった。
「ああもう、そんなことはどうでもいいんだ。平田、千歳のことで何か最近噂とか――聞いたことあるか? 何か知ってるか?」
 暁人はたたみかけるように、机に乗り上げながら訊ねてみる。平田はおや、という顔をして、眼鏡をかけなおして見せた。
「知ってるよー」
 あっさりと答えられて、暁人は呆然とした。
「え?」
「千歳くんの――いや正確には三宅くんのかな? 噂だよねえ」
 平田は言うなり、にやにやと口元を緩めた。「いやいやいや」
「いつになったら訊ねてくれるのかと心配していたよ」
 心配なんて微塵も感じさせない笑みを浮かべる平田を、暁人は細い目を更に細めて見やった。知っていたなら、教えてくれたっていいだろう――とは、言わない。平田に対しては全てが無駄だ。
「妙に楽しそうだな」
「楽しいねえ実際。暁人くんがへろへろしているのを見るのは!」
「嫌な奴だな、ほんとに」
「暁人くんがいいやつだからね。僕は嫌な人間を徹底するつもりだよ!」
「しなくていい」暁人は肩を落とした。平田と会話をすると、必要以上にエネルギーを消耗する。
「話が脱線した。だから千歳だ」
 俯けていた頭を上げる。平田は頬をぽりぽりとかきながら、思い出すように天井を仰ぎ見る。「千歳くんねえ……」
「あの小林くんの弟――いや、従弟だったね。それにしては、少々、地味だよねえ」
「何言ってる。千歳は可愛いだろ」
「暁人くんの親の欲目的なものはともかくとしてね」
 平田はさらっと流してしまった。暁人が睨むのも構わずに続ける。「あまり目立っていない――まあ、知ってる人は知っている、くらいかな。噂に上るほどじゃない」
「なら、」
 どうして、という言葉は、放たれる前に平田の手のひらに止められた。
「三宅君だよ」
「三宅?」
 先程も出てきた名前だ。聞き覚えがある――と暁人は記憶を探った。「後輩、か? よく千隼に噛みついてるのを見る」
「そうそう。あれだけ大っぴらにかの小林くんにアプローチする子も珍しい。校内じゃわりと有名だよ。いい意味でも悪い意味でも。まあ見た目もいいしね」
 アプローチ? 暁人はそれはどうかと思ったけれど、口には出さないでおく。どうせ、平田とは思考回路が違う。それに、大半は同感だ。三宅は確かに育ちのいい、猫のような風貌をしている。
「最近ね、どうも三宅くんは小林くんのあたりをうろついていないんだよ。それどころか、違う人間と付き合っている、なんて噂がたった」
「ん?」
「まあここまでくればわかるよね」にっこりと平田は笑った。「千歳くんだよ」


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2010.08.31


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