触れる、触れない。

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 高杉暁人がその存在を知ったのは、中学に入って間もない頃だ。
 隣の家には同い年の幼馴染がいた。小林千隼という、女の子のような名前をしていたが、そのことをからかうことができないくらい、整った容姿をしていた。頭のてっぺんから足のつま先まで、丁寧に作られたガラス細工のような少年だったが、性格は捻くれていて可愛げはなかった。それでも人を引き付ける魅力を持ち合わせていて、暁人も例外ではなく千隼に心酔した。幼馴染ということも手伝ってか、他人よりも強く引き付けられたのかも知れない。
 だから、もうその頃には、暁人は千隼の下僕も同然だった。
「これ」
 唐突に目の前に差し出された存在に、暁人はぼんやりと首を傾げた。年下だろう、小さな背に、痩せた体。ガリガリと言っていいだろう。おどおどとしていて、雰囲気こそ違うものの、目鼻立ちが千隼と似ている。
「親戚かなんかか?」
「ああ、従弟だ」
「千隼んちに誰か来るのって珍しいな」
 暁人は千隼の従弟に笑いかけてみる。「初めまして」
「俺は、ここの隣に住んでるんだ。暁人っていう」
 けれど笑みが返されることはない。彼はびくりと肩を震えさせ、視線を彷徨わせた。
 人見知りが激しいのだろうか。暁人は自分の頬を軽くかいた。自分の細い目は、割と人に親しまれやすいと思っていたのだけれど。
「千歳」
 有無を言わさぬ声で、千隼が名を呼んだ。そうか千歳っていうのかと、暁人が頷く先で、当人は先程よりも強く震えた様子だった。顔も青い。人見知りが激しいだけではなくて、単純に千隼が怖いのかも知れないと、暁人は思い至る。そして無理もないとも思った。物心つく前から千隼のことを知っている自分だって、怖いくらいだ。
 ――同時に憧れや、尊敬の対象でもあるのだけれど。
「……小林千歳です」
 蚊の鳴くような声だった。
 見届けてから、千隼が付け加える。
「言っとくけど、こいつ、二年前からうちに住んでるからな」
「ええっ!?」
 千隼とはほとんど毎日会っていたし、家に上がることも多い。だというのに、千歳を見るのは初めてだった。
 つい大声を出してしまったせいか、千歳が小さな体を更に小さく縮こまらせた。そうすると、酷く幼く頼りなく見えた。
「知らなかったな」
「滅多に部屋から出てこないからな」
 「そうか……」暁人は頷き、自分の中にある優しさを総動員して、極めて穏やかな笑顔を千歳に対して作って見せた。「よろしくな」
 その様子を、千隼がにやにやと見守っているのが気配でわかった。やりにくいなあ、と暁人は心中で溜息を吐く。
 千歳は数秒黙り込んでいたが、暁人がじっと見続けていると観念したかのように「初めまして」と返事をした。
 そのやりとりを見守っていた千隼が、「じゃあ、あとは任せた」と暁人に言った。
「任せたって、何を?」
「お前、これから千歳の面倒を見ろ」


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2009.07.31


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