シーアは部屋に入って、そっと安堵の息をついた。 布張りのソファ、簡素なベッド、テーブルにはお茶を楽しむためのティーセットまで
乗っている。壁に埋め込まれた鎖付きの手枷がなければ、彼女の控え室である 王の近衛の部屋と、さほど変わらない。
ここは、アリスン監獄の貴賓牢――ちょっと度が過ぎた醜聞沙汰や喧嘩騒ぎを 起こした貴族を入れるための場所である。
彼女の父親の護国将軍や、先日亡くなった王弟殿下も入ったことがあるし、 同僚の中には、入った回数を自慢する不届き者さえいた。
「騎士様、どうぞこちらへ」 「それは飾りと聞きましたが?」
シーアは刑吏が手枷の下で待っている風なのを一瞥した。彼女が連行されるのを、
げらげら笑って見ていた同僚が、からかいまじりにそう教えてくれたのだ。 「尋問の方がいらっしゃいますので。形だけでございます」
「……わかりました」 逆らっても益がない。彼女は両手を上げて大人しく手枷に繋がれた。 ――これなら夕方には出られるはず。
昨夜の酒場での、宰相の親衛隊員と起こした決闘騒ぎの件で、と刑吏が言っていた。
決闘はこちらの圧勝で、相手にあまり酷い怪我はさせなかっはずだけれど、おそらく 宰相が国王陛下に泣きついたのだろう。
後悔はしてなかった。親衛隊員は、剣を振り回すしか能のない馬鹿と、王太子殿下を 侮辱したのだ。
近衛長官を兼任する王太子殿下は、近衛全員の誇りだから、あんなことを言われて 黙って過ごすわけにいかない。
ましてや、自分は自他ともに認める"王太子のお気に入り"だ。 牢から出たら、殿下からお褒めの言葉をいただけるだろう。
シーアは壁によりかかり、楽な姿勢で尋問係を待った。
いくらもしないうちに、足音がして扉が開く。入ってきた人物を確認して、シーアは困惑した。 「ルーゼン殿下?」
武芸に秀でた王太子とは正反対の弟王子――第二王子ルーゼン。
彼は小さな頃から体が弱かったせいか室内で過ごし、今も武芸全般に興味を示さず、
兄殿下とも、しばらく前に些細なことで仲違いしたとのことで、彼女とはあまり接点がない。
淡い金髪を長く伸ばし、後ろで編み込んだ姿は、まさに貴公子といった風情で、
さすがに文物に優れた"智の王子"と人から称されることはあると、シーアは目した。
「このような格好で申し訳ありません、殿下」
彼女は腰をできるだけかがめ、騎士の礼をとった。 ――"王太子のお気に入り"と第二王子の会見か。いい方向のものだったら良いけど。
内心の不安を隠し、姿勢を正す。 ――兄弟の和解の仲立ちを頼まれるとか。 弟王子はうなずいて礼を返した。
「兄のために酒場で喧嘩したそうだな。王の近衛があきれたものだ」
「恐れながら、わたくしは国王陛下と王太子殿下に忠誠を誓っておりますので、 殿下への侮辱は許しておけません」
「陛下と殿下に忠誠を誓っている、か。王家全体に誓っているわけではないのだな」
ルーゼンの含むところがあるような言い方に、シーアは心中で眉をひそめた。
*
ルーゼンは壁に繋がれた女をじっくりと観察した。 やわらかくカールした黒髪は、耳の下で切りそろえられ、体質なのか、一日中武術や
馬術の鍛錬をしているのに、肌が抜けるように白い。 その手足はすんなりと長く、肢体はよく発達し、草色の近衛の制服を一分の隙もなく
着こなしている。 「何かご用でしょうか?」 黙り込んだルーゼンを、父親譲りの緑色の目が真っ直ぐに見詰めた。
「ああ、……実は、不思議な話を聞いてな。街中に懇意にしている薬屋がいるのだが、 彼から聞いた話だ。」
父親譲りなのは目だけではないな。さすがにあのしたたかな将軍の娘だけある。 観察を続けながら、ルーゼンは言葉を継いだ。
「先日、顔をベールで隠した貴族の婦人が来たそうだ。その婦人は名乗らず、こう言った。
飼っている馬が足を悪くしてもう長く生きられない。苦しませずに死なせてやりたいので 眠るように死ねる薬をくれ、と」
「……さして不思議な話とも思えませんが」
彼女の声に動揺の色はない。 ――たいした度胸だ。
ルーゼンは正面に立って彼女の顎をつかんだ。 「ああ、不思議なのはこれからだ。薬屋が言うには、彼女の手には貴族の婦人に
あるまじき剣だこがあったそうだ」 「……」
シーアの眼が微妙に揺れる。
「それで思い出したのだが、王弟である叔父上が眠るように亡くなった晩、
夕食を共にしたのは、護国将軍――お前の父君ではなかったか、と」 「殿下……」
もの問いたげなシーアに構わず、ルーゼンは続ける。 「剣を扱う女が買った毒薬、騎士を娘に持つ将軍との食事、そして急死。
何かの符牒が合うと思わないか?」
「何をおっしゃりたいのか、わたくしには理解しかねますね」
予想に反して、シーアは素知らぬ顔でしれっと答えた。 ――分からないはずがない。
ルーゼンはかっとなって、彼女の耳の後ろの側壁を叩いて威嚇した。 「お前と護国将軍が、叔父上を毒殺した、と言っている」
「……本気でおっしゃっているのですか?」 片眉を上げて、わざとらしく驚愕の表情を作るシーアに、ルーゼンは、ますます
苛立ちを深めた。 「ああ、疑っている」 「父もわたくしも、国王陛下に忠誠を誓っております」 「だから?」
「そのようなこと、ありえません」 「どうかな」 シーアは呆れたように横を向いた。 「馬鹿らしい」
「薬屋がお前を指差しても、そう言っていられるかな。 或いは、拷問吏が熱い焼きごてを持って近づいてきても」
ルーゼンは彼女に顔を寄せてすごんだ。 「王族殺しは大罪だ。告発されれば、お前たちは隅から隅まで調査されるだろう。
その日、お前がどこにいたか、護国将軍がどこにいたか。
そうそう、用意周到なお前たちのことだ。実際に犬か猫で薬が効くか試したかもしれないな。
死体は庭にでも埋めたか? それとも川に投げ捨てたか」 「それだけでは、証明できますまい」
シーアは頑として態度を変えず、それは倣岸にも見えるほどだった。
「全ての証拠を隠滅した自信があるようだがな。薬屋は俺の保護下にあるのだぞ。
俺が疑惑を告発し、それが明らかになれば、お前の一族は護国将軍を手始めに、 使い走りの小者に至るまで……」
彼は手刀をつくり、首を刎ねる仕草を見せて、冷笑した。
「万が一、証明されずとも、護国将軍の失態をてぐすね引いて待っている貴族は数多い。
お前の家を没落させる材料に、王弟毒殺の疑いだけでも十分だと思わないか?」
シーアは、まぶたを伏せて沈黙し、やがて決意を秘めたような目を上げて、 ルーゼンを見据えると、静かに答えを返した。
「それで……、宮廷や法廷ではなく、ここで、それを、おっしゃる理由は?」 ――取り引きだ。
ルーゼンは湧き上がる勝利感に、思わず笑みをこぼした。
「俺は常々思っていた」
手を伸ばして、彼女のやわらかい髪をもてあそぶ。 「先に生まれたというだけで、俺の欲する何もかもを独り占めにする兄の……」
彼女の額に触れ、頬に触れる。 「……兄の"お気に入り"を、どこかに閉じ込めて好きなようにしたら、
どれだけ溜飲が下がるだろうと」 「なんですって!?」
今度の驚愕は、本物だった。
呆然となった彼女の唇を唇で覆った。黒髪に両手を差し入れて頭を傾けさせ、
さらに舌を割り込ませる。 ――ああ、これが欲しかったんだ。 片手でうなじをさすり、腕を撫で上げ、指に絡ませる。
もう一方の手で彼女の体を引き寄せようと背中に回し……、 「いたっ」 ルーゼンは、すねを硬いブーツで蹴られて体を曲げた。
「つまり、兄殿下を逆恨みした挙句、鎖に繋がれた女を脅して、力づくでものになさりたい、 というわけですか」
見下ろす表情は、あまりにも冷ややかすぎた。
「脅されていることが分かっているなら、抵抗はしないことだ。断頭台が待っているのだぞ」
シーアの白いのどをくすぐり、近衛の制服のボタンに手をかける。 「兄殿下なら、このようなことはなさらないでしょうに」
壁に背を密着させて精一杯言い放つシーアの言葉は、彼の劣等感をことさら刺激した。
「では、お前が兄と口づけを交わしていたのは、俺の見間違いか?」 ルーゼンは嘲笑った。
「軽々しく配下の者に手を出す男が、そんな立派な人格者と思えないがな」
前をはだけ、胸に巻いた布を引き下ろして、あらわになった乳房の突端をはじく。 「……っ」
何か言いかけた彼女への、罰するような荒々しいキス。 何度も噛み、吸い、腫れ上がった唇を舌でなぞる。
どんなに彼女を汚しても、汚しきれない記憶がある。
半年前のあの日、見られていると知らず、厩舎の片隅で兄がシーアについばむような
キスをした。うなじまで真っ赤になった彼女に、兄が何かをささやいた。
彼女は、にっこり笑ってささやき返し、手を伸ばしてせつなそうに目を閉じる。 ――俺にはあんな顔見せない。
彼女の首筋に顔を埋め、粟立った肌に熱い息を吐きかける。 「……兄を、愛しているのか?」 ――答えはわかっているのに。
「忠誠を、誓って……いっ、おります」 ルーゼンは愛撫する手を止め、脇腹を強くつねった。彼女の喉元から低い悲鳴が漏れる。
「お前は、嘘つきだ」 叔父上を殺したから憎んでいるわけではない。むしろ、そのほうがよかった。
顔を下ろして、彼女の丸いふくらみに口づける。 この手の中の乳房も、なめらかな細い腰も、兄が先に触れていたかと思うと、
くらくらするほど腹が立つ。
帯をほどき、剣を投げ捨てる。シーアの目線がそれを追いすがった。 「…剣を、返して……」
抗議の声が弱々しいつぶやきとなって消え、ルーゼンは彼女の抵抗が崩れかけて いるのを知った。
平らな腹部を撫でさすり、腰骨をつかんで支えのないズボンに手を添える。 「こんな、こと……」
かすれ声の後、彼女は体を固くして顔をそむけた。
腰のなだらかな線に沿ってズボンと下穿きを下ろし、黒い茂みをさらす。
陰毛を割って腿の間に手を入れると、そこは汗ばんではいるが、それだけだった。
ルーゼンは手のひらを上に向け、彼女の割れ目をそっと撫でた。 「兄はどんな風に触れた? 優しかったか?」 シーアは答えない。
ただ羞恥に耐える暗い目のみが、彼女の不服従を物語っていた。 「……シーア」
ルーゼンは片膝をつき、シーアの両足を抱きかかえた。 首を伸ばし、目の前のやわらかい襞と隠された核に顔を近づける。
彼の行為を察したシーアは、狼狽して身をよじらせた。 「殿下っ!」 鎖が鳴った。
罪人を縛するための手枷が、今は彼女の動きを制していた。
腰を曲げて拒否する彼女を引っ張り、下肢を広げる。
不安定な体勢に、たたらを踏む彼女の両膝をしっかりとつかんで固定し、 自分の肩をその間に入れると、最初の目的地はすぐそこだった。
「だっ……め、……です」 襞の中心に鼻をこすりつけ、舌でひねって舐めて濡らした。
赤く色づき始めたものに息を吹きかけて、また舐める。 「やめ……、くだ、さ…」
彼女の芽に絡ませた彼の唾液が、もっと下の敏感なところへ、伝わって落ちた。
シーアが、はっと息を呑んだ。
彼女の顔の筋肉がゆるみ、刹那、震える顎を引き結ぶ。 ぎゅっとしかめた表情は、自らの快感に怯えているようにも見えた。
「…………い、…ゃ」 濃い匂いが、ルーゼンの鼻腔をくすぐった。
粘性をともなったそれは、彼女自身の奥からにじみ出ていた。 「兄はさぞ、お前を楽しんだだろうな」
ルーゼンは顔を近づけて憎悪の気持ちを吐いた。 かすな息遣いを受けて、またそれは量を増していく。
彼女の両足から力が抜け、体がゆるゆるとずり落ちる。 ルーゼンは太腿を抱え込んで、彼女を支えた。 「淫らな女だ」
言葉と同時に彼女を責める。 唇でそっと触れるのも、舌で周辺をなぞるのも、全て彼を感じて欲しいがため。 ――兄ではなく、俺を。
「……いっ、ゃぁ…、あ……」 そして、彼女の甘美な反応が、彼への褒美だった。
足のつま先が力なく空をかき、浮き上がった下半身がときおりピクンと跳ね上がる。
「ん、……く」
食いしばった歯の間から、喘ぎ声が漏れた。 充血した裂け目は、すでに深奥からあふれるものでぬらついている。 「ぅ…、んぁ……」
――……近い。 舌先を尖らせて、中に侵入し、さらにうごめかす。 「……ぁぁ、」 彼女の全身が一瞬震え、弛緩した。
「……シーア」 ルーゼンは自らが猛り狂っているのを痛烈に意識した。 シーアの下半身にまとう全てを脱がせて体を起こす。
それから、自分のズボンを下げて、ものを出し、彼女の膝の裏に手を入れて、 腰の高さまで両足を持ち上げた。
「シーア、…………頼む」 引き寄せて、こめかみに口づけ、ひくついた入り口にあてがう。
ぐちゃりと音がして、彼の先端がめり込んだ。 ルーゼンは、ぎょっとしてうろたえた。 ――狭すぎる。
抵抗はたやすく苦痛の声に変わり、ルーゼンは、今まで誰も入ったことのない場所に、 自分がいることを悟った。
二度、鎖が鳴った。それから、もう一度鳴り、途絶えた。
「シーア……、…………すまない」
彼は少しづつ腕の力を抜き、彼女の体の重みで我が身を挿入する。
シーアの体は、がちがちに強張り、押し分けて入れるたび、額に脂汗がにじむ。 「…が、……止められない」
ルーゼンは痛いくらい締め付けるそこへ、ゆっくりと全部を収めた。
彼の肩に顔を伏せ、悲鳴を噛み殺す彼女の背中を撫でる。
「息を……」 出来ないとでも言うように、彼女の首が小さく動いた。 「力を……抜け」
右手で彼女の臀部を支え、反対の手で握り締められた拳を無理やり開かせる。
シーアが詰めていた息を吐き、呼気が彼の耳朶をなぶった。 快楽どころではなかった。
彼女の肺が空気を求めて大きく上下するに合わせ、彼を包んでいる壁が蠢動し、 絞るようにまた締まる。
ルーゼンは気が遠くなりそうな錯覚を覚えた。
「ひどい、かた」 彼女は泣いているようだった。 「……ああ」
ぐったりとした彼女を壁にもたせかけて、自分の体とはさみ、片手で彼女の顔を支えて 正面に向けた。
閉じたまぶたからあふれる涙が、紅潮した頬を転がり落ちる。
ルーゼンが少しでも動くたびに、いつもは強い意志を感じさせる濃い眉が苦痛にゆがみ、 鮮やかな血色の唇の隙間から浅い息が漏れる。
彼女の痛々しい姿に、ルーゼンは、なるべく動かないようにして涙を拭う。
「すまない……」
二人を繋ぐ場所から、うっすらと血の匂いが立ち昇った。 ルーゼンは彼女を抱き締めた。 「お前が、初めてだと知っていたなら……」
知っていたらどうだというのだろう。ルーゼンは自問した。 彼女を手に入れたかった。どんな手段を使っても。兄の恋人であっても。
――でも、何も無かった。初めてだった。 その事実に酔いしれて、彼は最後の抑制を手放した。
「………やっ……あ…ぃゃ、…ぁ」 己の獣性のままに、何度も何度も突き上げる。 「くっ……、ん……いっ…、っ…」
彼の激しい動きに、彼女は痛みを逃そうと、体を仰け反らせる。 ――もう、限界だから。
快感が差し迫り、ルーゼンは一層激しく揺すり上げる。 もはや、疑惑や憎悪は何の意味もなかった。
腕の中にいる彼女だけが世界だった。 「……くっ」 ルーゼンは、呻き声とともに自分の全てを放出し、彼女の中を満たした。
*
手枷を外されたシーアは、その場に力無くへたり込んだ。
壁も床もひんやりとしていて、ともすれば沈みそうになる意識を引き戻してくれる。 ――牢……、死…、ご存知……なら、脅迫…、……?
確かめなければならないことがあるのに、体中が痛くて言葉がまとまらない。
一緒に座り込んだルーゼンが、息を整えて体の上から退いても、まだ彼女は動けなかった。 「すまない。お前を傷つけてしまって」
ルーゼンが自分の手を取って、手枷に擦れてにじんだ血に口づけるのを、ただ傍観する。 「シーア?」
薄青い瞳が、心配げに覗き込む。
「……毒薬」 シーアは、ばらばらに壊れた思考をかき集めるように、額に右手を当てた。
「王弟殿下の……後を、追って…」 股の間から、どろりとした何かに混ざって、心身の生気がこぼれ落ちる。
「俺を、叔父上のように殺すつもりか?」 答えがのどに引っかかった。 「それもいいかもしれんな」
ルーゼンが自嘲的に笑った。 「宮廷内の勢力争いで、叔父上が邪魔だったのだろう? 俺もいずれそうなる。
だから、今のうちに芽を摘んでおいた方がいい」
――弟殿下……。多分……、殿下は…、欲する…の…は。
「それとも、俺を王として擁立するか? 俺は良い傀儡になるぞ」 「王位?」
シーアは我に返った。彼につかまれていた方の手を引っ込めて、握り拳を作る。
「王位が、欲しいのですか? 血の、繋がった…陛下と王太子殿下を……弑して?」
ルーゼンの顔に憎悪が浮かび、シーアは、兄殿下のことに触れるのは失敗だったと知った。
「王位など、犬にでもくれてやればいい。…俺は、……」 ルーゼンは顔をしかめて、立ち上がった。
「こんな時でも父上と兄が第一とは、見上げた忠誠心だ」 憎々しげに吐き捨てて、扉に向かう。
「俺を殺すなら、お前がその手で殺してくれ。お前が、一生、覚えておけるようにな」
彼の遠ざかる足音を聞きながら、シーアはその台詞の意味を考え続けた。 |