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「他になにか、お聞きになりたいことは」

森野の内心を知るべくもなく…、あるいは長年の経験により当然のように察しながら、広池医師は言葉を続けた。
これに森野は否と答えた。後はおそらく、知っても仕方のないことばかりだ。
注射の効用がどうだろうと、今夜死地へ行くのだ、その点に変わりはない。そんなに命が惜しいなら…、そもそも名古屋を出て遥か広島まで、

「ではお注射します。…比嘉くん、スラィリー用意お願い」
「はい」

森野の堂々巡りな思考を遮り、奥からガラガラと台車が押されてきた。
スラィリー感染症予防注射は業界ではスラィリーと略されているのか、成程そのままだな…、

と、そこまで思ったところで、森野の視線は台車の上に釘付けになった。

「あ…っ、えと、け、結構大きい注射ですね!」
「ああ、そうですねえ。ちょっと大きめかもしれないですね」

動揺する森野とは対照的に、広池医師は真面目な顔を崩さないまま、うまい棒ほどもある注射器を台車から手に取った。

「やっぱり針も太いですか!?」
「そうですねえ、ちょっと太めかもしれないですね、じゃあ腕出してください、アルコール消毒大丈夫ですか?アレルギーは…、ないですね」

広池医師は机に置かれていた問診票を見ながら矢継ぎ早に言った。もちろん森野の表情は見ていない。
スラィリーと対峙する覚悟はこの診察室でも新たにしたばかりだが、そういえば注射そのものに対する覚悟を決める猶予はなかった。

「薬剤がね、ちょっと量あるんでゆっくり入れますから。痛かったら言ってくださいね」

言うが早いか、広池医師は森野の腕をつかみ、素早く血管を探るとそこをアルコール綿で拭きとった。
そして一呼吸の間も置かず、その、ちょっと太めかもしれない注射針を差し込んだ!

「痛てっ!!」
「我慢してくださいね」


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