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「観察下で人がスラィリーになったという確かな報告は、過去に一件もありません。私も見たことはありません」
「えっ、でも、さっきの彼は…、」
「確かに、皮膚が変色したり、部分的に体毛が発現したりということはあります。これは注射を受けなくても、急死が避けられた場合に多く見られる症例ですが…、しかし、多くはそこまでです。
 ごく稀に、鼻にあの特徴的な触覚のようなものが現れたり、体つきなどにそれらしい変化の兆しが見られることはありますが、それ以上は患者の体力がもちません」
「……」

森野は黙った。つい先ほど見てきた、ベッドに横たわるまだ年若い青年がこの後どうなるのかが、暗に示されてしまったからだ。

「では、何のために…、」

これで三度目になる質問を、森野は広池医師に投げかけた。この話では、症状の急激な悪化を避け、たとえ延命に成功したとしても…、その後にたどる道は結局同じなのではないのか。

「そうですね、確率の問題です。感染が確認されても、軽症であれば、投薬によって日常生活を取り戻せることもあります、その確率を上げますね。
 後は…、たとえ意識不明になってしまっても、生きてさえいれば、その間に治療法が見つかるかもしれませんしね…」

前者はともかく、後者は雲を掴むような話だ。結局のところ、スラィリーに一撃を喰らったら、その後5年、10年単位での生存率はどのくらいなのか…、
きっと、尋ねれば広池医師は事務的に答えてくれることだろう。
しかし森野はそれを尋ねなかった。尋ねてしまったら、その数字によっては…、決心が鈍るようなことがあるかもしれない。そんな気がして恐ろしかったのだ。


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