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「無理しなくていい、座ってろ」
「すまない」
「謝ることじゃないだろ。それより、昌樹が来てるとは思わなかったんだ。悪かった」
「それこそ、謝ることじゃ、」

永川に突然悪かったと言われた林が少しムキになったように森野には見えたが、それが何を意味するのかまでは当然わかるはずもなかった。
森野はそれ以上の詮索をせず、窓際にひとつだけ置かれたベッドへ目をやった。そこにはひとりの男が眠っている、その表情は安らかで、とてもこんな鉄格子のはまった閉鎖病棟に入っている患者と思えない…、
しかし、それが健常な人間でないことは誰の目にも、もちろん森野の目にも、明白だった。その顔、そして布団から飛び出た、点滴の入った右腕…、そこから想像するにおそらく全身が、青斑に埋め尽くされている。
それも、青アザのようなブス色ではない。もっと鮮やかで人間離れした…、そう、ちょうど前夜に飲んだ、あの着色された酒のような色だ。

「もう1ヶ月以上、このままだ」

森野がベッドを覗き込んでいることに気づいた永川がぽつりと言った。先の言葉から森野が予想したとおりだ。彼には意識がないのだった。

「回復、するのか?」
「わからん。先生を信じるしかない」

永川の答えからは、どうにか回復してほしいという願いがにじみ出ていた。こういった物言いは永川にしては珍しいと森野は思った…、
長いことここで眠ったままらしいこの梅津なる男が永川にとって重要な存在だということが、そこから暗に読み取れる。
仕事仲間と永川は言ったが、しかし、一番最初に俺は決まった人間としか組まないとも彼は言った。おそらくは単なる仕事上の利害関係に留まらない、厚い信頼が彼らの間にはあったのだろう。重い沈黙が場を包み込む。

「スラィリー症候群の患者で長い昏睡状態から元の人格を保ったまま回復した例は、過去にひとつもないよ」

その重く淀んだ空気、そして永川の願いまでをも打ち破るように、東出が突然、口をきいた。


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