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「まあ、威張って言うことじゃねぇのはわかってる。勉強はしてんだ、いま読んでんのは小学…、何年用のだったか」
気まずくなった空気を、帆足は自嘲気味な笑いを浮かべながら、言葉を続けて振り払った。岸はこのとき気づく余裕はなかったが、昨夜の帆足とは別人のような配慮である。
「いつまでたっても頭入らねぇんだよ、すぐ眠くなっちまって」
「勉強なんて、そんなものですよね」
「まぁ、でも、もう必要ないかもな」
「なんでですか?折角…、」
「ん、貴様にやって貰えばそれで済むことじゃねぇか。ちょっと、帰ったら早速、書いときたいことがあるんだ」
「……」
帆足なりに今のままでは幹部として不都合なのはわかっているのかと岸は思ったが、どうやら思い違いだったようだ。勉強をしていたのもおそらく、大沼の言いつけか何かだったのだろう。
だが…、今後代筆を頼むということは、最初に言っていたのとは反して、これからも側で使ってもらえるということだろうか。岸は少し期待を抱いた。
「で。長者はなんて書いてんだ、あいつも俺とうまくいってないのわかってっから、それなり、ベンチャラ書いてはいるんだろうが」
「なんせ長いので、実は俺も全部読破してはいないんですけども。監獄を脱出した話が面白かったですね」
「なんだ。見てもねぇくせに適当なこと書いてやがんのか」
「そう言わないで。歴史書ってそういうものですよ。…その中で、帆者のことを、『燃え盛る炎の中から総帥を救い出し、俺達を生んだ不死鳥』って、」
「…不死鳥」
帆足は岸の言葉から、ひとつ言葉を拾って口にした。そしてしばらく黙ったのち、突然、フンと鼻を鳴らした。
「長者のジョークにしちゃ、面白い」
「そんな、ジョークだなんて。印象的で、いい表現だと思います」
帆足がそこで笑う意味が岸にはすぐにわからなかった。それを褒められることに慣れていないゆえの単なる照れ隠しの類と解釈した岸は、さらに自分の抱いた感想を付け加えて述べた。
その言葉が終わるのを待って、帆足は軽く天井を仰ぎ、目を閉じてゆっくりと口を開いた…、
「表現の良し悪しはわからんがな。歴史書のつもりなら間違いだ。なんせ俺はあのとき死ぬつもりだった」
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