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「でも、長者は帆者をきっと尊敬してますよ。長者がいま解放戦線の歴史書を書いてるでしょう、読んでます?あれ」
「読まねぇよ」

長田のフォローをすべく、岸は話題を振った。しかし帆足はにべもなく否定する。

「1巻は主に総帥と帆者の活躍が書かれてます。物語としても面白いですよ」

岸はそれでも取り繕うが、そこで帆足は衝撃的なことを言った。

「読むわけねぇだろ。大体、読めねぇっての」
「…あ」

岸は前日から、この帆足を相手に会話を繋いできた、しかしここで遂に言葉を失った。帆足がろくに学校を出ていないというのは解放戦線の中では有名な話だが…、そこまでとは思っていなかったのだ。

「すみません」
「何で謝る。そんな顔しなくていい、いまどき字も読めねぇなんて、そりゃ思わんだろうからな!」

帆足はきわめてぶっきらぼうに言った。事実、解放戦線の支配下に入ってからは、思想教育的な色合いも含んでいるとはいえ、所沢に生まれた子供は必ず、最低限の教育を受けている。
いや、旧政権の頃も、基本的にはそのはずだったのだ。しかし、どんなシステムにも必ず、隙間は生じるものである。帆足はその隙間からこぼれ落ちた、ごく微量の、不幸な砂粒のひとつだった。


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