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「お前、ひととおり、って簡単に言うけどな。活字でもあるまいし、本当に全部読んだのか。信じられない」
「そりゃまあ、全部わかるとは言わんが、時代もあたらしいし、古文書にしちゃ読みやすい。全然親切なほうだぜ。兄貴は読んだことないのか?不勉強だねえ」

永川は眉をピクリと動かし、ニヤリと勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

「暇なら読んどけよ、色々役に立つことが書いてるぞ。全治3ヶ月の怪我を、3週間で我慢できるようにする方法とか」
「それって…、痩せ我慢てことだろ。役に立つのか?」
「立つんじゃないか。もっとも今なら、その術をやるより病院に掛ったほうが早いかもしれんよ。ただ、当時のことだし、孝市法師は色々精力的に働いて、忙しかったようだから…、
 仮に怪我をしても、長いこと臥せってるわけにもいかなかったんだろう」

森野の質問に、永川はサラリと答えた。実際に替わりのきかない立場にいる永川にとっては、その利点は考えるまでもないことだ。

「例えば…、いま、向こうの山の中腹まで農地が拓けているのも、法師が元々そこにいたスラィリーを追い出して、人の住める土地にしたからだ。
 それ以来、このあたりの集落はだいぶ暮らし向きが良くなったって話だな。それより以前は、スラィリーが出るせいで開拓できる土地は限られていて、随分貧しかったらしいんだ。
 まあそれはいい。森野、上着を脱いで、袖を捲れ」
「何をするんだ」
「今から順に説明していく。…違う、左じゃない、採血じゃないんだから。槍を持つほうの腕を出せ」

言われるまま森野は、右腕の袖を捲って差し出した。その手首を左手で掴むと、永川は、床へ置いた書をぺらぺらと右手でめくり始めた。その様子を森野の横から倉が覗き込んでいる。

「あった、これだな。えー、『先ず施術部にうすく気を通じ』。だそうだ。槍が出ない程度に、手のひらまで気を通してみな」


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