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「なるほど、そんな決まりが」
「まあ、そのへんはわりと、どうでもいいお話でね。この寺にまつわる縁起物語はこんなところです。これでようやく、ここには何があるのかというね、ご質問にお答えできるところまできました。
…戻りましょうか、ここは冷えますでしょう。それに、ちょっと、マサユキも気懸かりですので、ね」
手のひらで素早く扇ぎ蝋燭の火を消すと、倉はよっこらしょ、と言いながらスッと立ち上がり、また元来た廊下を歩き出した。
森野は足がやや痺れていたが…、倉がさっさと行ってしまうので、仕方なく、よろめきながら根性で立ち上がると、急ぎ、その後へと続いた。
戻ってみると、倉の心配をよそに、マサユキはよく眠っていた。寝返りの拍子に腕から右の袖が抜けかかってしまったらしく、骨と皮ばかりの肩、上腕、鎖骨、それに肋骨の浮いた胸部が剥き出しになっている。
「それにしても…、痩せていますね」
森野はまた無神経に、思うところを正直に述べた。その指摘は、少し間違えると…、ちゃんと食べさせているのかという非難に聞こえなくもない。永川ならそういう受け取り方をするだろう。
果たして倉にはどのように伝わったか…、その穏やかな表情を崩さないまま、倉は応えた。
「食が細いうえに偏食が激しくてね。かないませんよ。そもそも食べること自体がそんなに好きではないらしくて…、
食事のタイミングをちょっと逃してしまうと、飲物以外は一切なにも口にしてくれないので、もうそれだけで1食飛んでしまいますから。
仕方ないので、ほら、サプリメントって売ってるでしょ、あれを挽いて粉にしてですね」
そう言いながら倉は、器の中身を箸で混ぜる真似をして見せた。まるで動物に薬を飲ます時のようなそのやり方に、森野は思わず眉をひそめる。
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