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「マサユキがここにいるせいでお前に迷惑かけた覚えはないぞ」
「迷惑だなんて言ってねえよ。俺には関係ないし。ただでもこんな、いわくつきの寺の坊主なのに、あんなものを置いていると嫁さん来ないぞって言ってんだよ、それだけだ」
「だからって…、野放しにするわけにいくか」
「野放しにする必要なんてないだろ。あんたが手放さないだけで、引く手はあまたじゃないか。選び放題だろ、どこでも好きなところへやればいい」
「ふざけるな、軍と大学と病院と疫学研究所と製薬会社のどこが選び放題だよ。全部、丁重にお断りしてる。みんな目的が見え見えだ」
「そりゃそうだろ。なにせスラィリーに近づいて、攻撃されなかったのなんて、英心を除けばあいつだけなんだからな。
 もし研究でその理由がわかれば余計な犠牲者も抑えられるかもしれない、願ったりだろ。あんなんでも世間様の役に立つぞ」
「…ちょっと待て永川、スラィリーに近づいても、攻撃されない…?」
「ああ」

早口で流されそうになったそのフレーズを森野が慌てて拾い上げると、永川は気だるそうに返事をした。

「驚くなよ。あいつはスラィリーの巣穴から生まれてきたんだ」

先刻食事をしたばかりというのに、菓子鉢から最中をひとつ取って紙を剥きながら、永川は眉をひそめ、勿体つけた様子で言う。

「は!?」
「こら、つまらないホラを吹くんじゃない。…山で怪我をして、少しの間、スラィリーに養われていたことがあるだけですよ」
「はあ、いえ、その、だけ、と仰られましても…?」

言われていることの意味がわからず、森野は焦って食い下がった。狼に育てられた少年だとか、そういう話なら、耳にしたことはあるが…。

「うーん、どこからお話ししましょうか…、」
「順を追って話してやればいいんじゃないか。話のネタとしちゃ、なかなかだよ、あれは」
「ネタって言うんじゃないよ、本当にお前は口が悪いんだからな。…再三になりますが、マサユキがどこから来たのかはわかりません。
 しかし、どこかからスラィリー猟のために広島へ来たことだけは、わかっています…」

倉は最中を頬張る永川の顔を横目に見て額に皺を寄せ、瓶コーラを一口飲むと、おもむろに語りはじめた。

☆ ☆ ☆

…それはちょうど三年前の秋のことだった。


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