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間一髪。井端は生唾を飲み込んだ。もしそうなれば、全て、何もかもが、水泡に帰するところだった。
そして井端は思い知った…、自分は基地を任されていたのではなく、基地を任すに足りるかを、ただ試されていただけだったことを。
こうして自ら行動を起こすまで何も通達がなかった、その理由はひとえに、信頼ゆえではなかったのだ。目の前に鉄格子の降りる如き思いがする。
しかし…、
まだ、眼前の道は閉ざされ切ってはいない。そう、間一髪だ。間に合ったのだ。絶望している暇はない。
幸い…、と言ってはおかしいが、聖都の主力兵器が敵に回った。この状況ならば森野云々に関わらず、増援を要請することは全く不自然ではない。
「…では、既に御承知と存じますが…、増援を要請します。聖都騎士団の一部を飲み込み、敵は兵力を増しました。これ以上の戦力を投入されては、戦線の維持は不可能と考えます」
「よろしい、ならば増援を許可する。具体的なところは、西基地と直接交渉しなさい」
「え、…私が」
「当り前だろう?東基地は今のところお前に預けてあるんだからね。まあ、それが重過ぎるって言うんなら、いつでも替わるよ」
「…いえ。わかりました。感謝、します」
「そう身構えなくてもいいじゃないか。死神なんて所詮は仇名だ、お前と同じ、人間だよ。違うところといえば…、そうだな、向こうは百戦錬磨のベテランだから、
お前さんのようにモタモタすることもなく、万事うまいことやってくれるんじゃないか?」
「……」
受話器の向こうから言いたい放題言われ、井端はキッと目の前の操作盤を睨んだ。
なんとでも言えばいい、また或いは、何を言われても仕方がないのだ。信頼に足るとか、足らないとか、思い悩むのもおこがましい。仮に信があったなら、それを裏切ることになる。信がないなら、丁度いい。
何しろ、これから自分は全能を傾けて、暫時、この老獪な司令官を、見事欺かねばならないのだから。
「助言、感謝致します」
「そんな思ってもないこと言わなくていいよ。…そうだ、ついでにひとつ聞くけどね」
「は」
「お前の部下がさ、広島へ遊びに行ったりとか、してない?」
「そのようなことは…、」
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