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☆ ☆ ☆

「ただいま、戻りました。も…、名古屋さんはどこに」

当然のように鍵のかかっていない裏口から黙って上がり込み、ギシギシと足音を立て大股に廊下を歩いて永川は、前田の部屋へ参じて襖を開けるなり、早口でそう言った。
常に味方であるという保障のない、場合によっては充分に敵に回り得る青木に対して名古屋からの客などと不用意な発言をしてしまったことについては、悔やまれることは確かだが、もう取り返しようがないから仕方がない。
それに、黙っていろと脅したり、あるいは丁重に頼んで泣きついたりしたところで、大人しく黙っていてくれる相手ではないことも重々承知だ。
だから早急に対策せねばならない。そのために森野には訊いておかねばならないことがある。

「なんじゃ騒々しい。裏で地鶏じゃ」

永川の、挨拶もそこそこといった様子に前田は眉をしかめた。これは態度が悪いことに気分を害しているわけではない。
…永川の語調が強くなるのは大概、何か、事が思うように運んでいない時だと前田は知っている。まして今の、余裕のない足音。アクシデントの匂いがする。

「地鶏ですか」
「こら、待たんか。お前な、それより、浩司はどうした」

森野の在所を聞き出すなりとんで行こうとする永川を、前田は焦って呼び止めた。何があったのかは知らないが、ここでまた自分だけ残してドタバタと出て行かれたのではたまらない。

「あれ、まだ帰っていませんか」
「何が、あれ、じゃ。借りたもんは責任持って返さんか、自分だけ先に戻りよって。ワシャ腹が減った」
「では急ぎ支度をしますから…、」

お待ち下さい、と永川は言おうとしたが、また鶏小屋から聞こえた悲鳴にその言葉は遮られた。
眉を少し上げ、永川は無言で前田の目を見る。前田がそれに応えてうなずく。

裏口で脱いだばかりのブーツをまた履き直し、永川は駆け足で道場裏へ向かった。


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