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そう言って狐はドロンと煙に包まれ、次には和装の若い男の姿を現した。声は低音、顔は狐らしくやや吊り目で、目じりにはほんの少し、狐面よろしく赤い隈取がしてある。
紅葉を少し散らばせた柄の袖の短い着物に、膝下の締まった暗赤色の袴。色合いはやや派手だが、立ち働くのに都合のいい形状だ。
「神さんに頼むような用事じゃないけぇ」
「いつも言ってるでしょ、神様なんかじゃないって。ただ神様にお仕えしてたことがあるだけです」
「ワシらから見れば、変わらんわ。いつも言うとるじゃろ、頼むからワシの世話を焼かんとってくれんか」
「聞こえませんね」
やや強い語調で前田は制したが、狐の男はまるで取り合わない。音もたてずに立ち上がると、くるりと舞うように後ろを向く。
前田もようやく立ち上がり、呼び止めようとしたが、襖も開けずに廊下へ出て行ってしまった。
「こら、カーサ!余計なことせんでええ言うとるじゃろ!」
「煎茶でいいですねー」
前田は舌打ちしながら、再び腰を降ろした。意地になって追いかけたところで、この脚では到底追いつくまい。
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