092
敷地の裏をしばらく進むと、やがて…、人の背ほどの高さの柵に囲まれた広いスペースと、その中に建てられた小屋が見えてきた。
「ほれ、ここじゃ」
前田はその柵の前で足を止め、両袖を合わせて腕を仕舞ったまま、顎で柵の中を指した。
「これは…、一体?」
「言われんでもわかるじゃろ」
勿論、それが何なのかは森野にも見ればわかる。無数の鶏が放し飼いされている。
「これはな。広島で伝統的に行われとるトレーニングじゃ。ルールは簡単。こいつらを素手で捕まえて全部そこの小屋へ放り込んだら終い」
「それだけですか?」
「そう、それだけ。ほれ、中入りんさい、相棒も一緒にの」
前田に言われるまま、森野とドアラは柵の中に入った。突然の侵入者に戸惑った鶏たちはコケコケと跳びまわって騒ぐ。
「…これを全部、そこの小屋へ入れたらいいんですね?」
こんなものを伝統のトレーニングと言われても…、いまひとつ主旨のわからない森野は、再度条件を確認する。
「そうじゃ。そんなら、ワシは部屋に戻っとるけぇ、出来たらほれ、ソレで小屋にカギかけて、呼びに来んさい」
「はい」
前田の指さす先には南京錠がひとつと、横に鎖でつながれた鍵が下がっている。森野がそれを確認してうなずいたのを見ると、前田はくるりと踵を返して…、三歩ほど歩いて立ち止まり、思い出したように付け足した。
「ま、ただの鶏と思ってナメたらいけんよ?
こいつら広島の地鶏じゃけね…、それに、浩司が毎日稽古の相手にしとる」
「相手…?」
意味深な言葉を残して、前田は行ってしまった。ふ、と何かの気配に気づいた森野が再び柵の内側へ目を戻すと…、
気のせいだろうか…、鶏たちが眼を輝かせて、自分たちを狙っている…、ようにも見えるのだ。
森野とドアラの運命や、如何に。
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