エスコートはベッドまで 2
緊張を隠せない固い表情で女王陛下は大きなベッドの中から彼へ手を伸ばした。レースのたくさんついたローブから伸びる白い腕。ジュリアスはベッドへ近付いて片膝を突き、その白い手の甲に唇を落とす。
それにびくりと震えた手はジュリアスが思っていたよりも冷たかった。緊張しているせいらしかった。
「陛下は、伽の意味を分かっておいでですか」
ベッドの上の女王陛下を見上げると、ジュリアスから目を逸らして彼女は頷く。ジュリアスの手から逃れたあと、ブランケットの端を握った指が震えた。
「もちろん、知ってます」
重ねてジュリアスは尋ねる。
「それでは、なぜそれを私にお命じになられたのでしょう。普段、他の者とそうして過ごされていらっしゃるのなら、いつも通りされたらいかがでしょう」
羞恥と怒りでか女王陛下の頬が赤く染まる。今夜ずっと、いやこのところ数週間ずっとジュリアスに見せていたのとは違う、彼女本来の豊かな表情がそこに表れた。
「こんなことっ、他のひとになんて言ったことなんてないもの! どうしてそんなデリカシーないこと言えるの、ジュリアス最低っ!」
そう言われジュリアスは自分が思っていた以上にほっとしたことに気付いた。そして訳の分からない期待が胸を渦巻くことにも。
「それでは何故私に?」
一度叫んで勢いがついたのか、女王陛下は目を閉じて早口で答えを寄越す。
「だってわたし……わたし、ジュリアスのこと好きなんだもの!」
次の瞬間ジュリアスはベッドへ乗り上がり、フリルのローブ姿の彼女を抱き締めていた。自分にそんな情熱的な行動へ出る勇気があると思わなかったので、ジュリアス自身が一番驚いた。やはり同じように腕の中の少女が驚愕に体を固くしているらしいので、つい笑みが漏れてしまう。
「嫌われてしまったと思っておりました。近頃陛下はいつも笑顔もなく、私を避けておいでだった。今夜も、エスコートの手を取っていただけず、思った以上にそれが私には衝撃でした」
自分の心情を言葉にすることはとても難しい。それでも今はジュリアスはどうにかそれを口に出そうと努力する。
「会場を抜けて陛下と踊ったダンスには心が浮き立ち、そして先程の命には困惑しました。こんなにも心が乱されるその原因が何なのか、今やっと分かった気がします」
腕の中の彼女が顔を上げてジュリアスを見る。その瞳は期待の色を乗せて鮮やかに、真っ直ぐ彼の言葉を待っていた。
「このジュリアス、不敬ながら、陛下を女性として愛しく思っているようです」
見上げるエメラルドの瞳が一瞬で水を湛えたと思ったら、女王陛下の頬を零れ落ち、ジュリアスは慌ててしまった。動揺からか拒絶なのかそれともその逆なのか、そんなことも彼には判断などつかない。
するとそれが分かったらしく、彼女は首を振って笑った。雫が頬を落ちるまま。
「違う、いやなんじゃなくて、嬉しいの! 嘘みたいで嬉しくて、だからびっくりして……うあーん!」
ティッシュの箱を取り、涙を拭いて鼻をかんで。やっと落ち着いて女王陛下は自分からジュリアスの腕の中に戻ってくる。
陛下、と呼び掛ければ、ふるふると横に振られる金の頭。
「名前呼んでくれないとやだ。じゃないと返事しない」
思い切りわがままな声なのだが、それが今のジュリアスには堪らなく甘く聞こえた。
「アンジェリーク」
自分の声も同様に甘くなったことにジュリアスは気付いて内心驚いたが、アンジェリークの反応はずっと顕著で、頬が一瞬で赤くなった。そして彼女は、はい、と可愛らしい返事をくれた。
「ずっと好きだったんだけど。ジュリアス全然気付いてくれないし。それでもいいかって思ってたのに最近どんどんへんなことになっちゃって。ジュリアス見てると、ぎゅってして欲しいとか、キスしてほしいとか、なんでか熱いところに触って欲しいとか、あああ、わたし何言ってんだろ」
混乱してなかなか際どいことを言うアンジェリークに、ジュリアスへも熱が移ってしまいそうだ。
「そんなこと思ってたらいけないって、ジュリアスに会わないようにしてたのに。でも他の人をエスコートに選んでみたら、ジュリアスってばすごくショック受けた顔するから困っちゃったんだから。今夜、ダンス会場でロザリアに、ジュリアスがあなたと踊りたい様子ですわよって言われて、そしたらもう我慢できなくなっちゃっ……」
忙しく回る口をジュリアスはそこで唇を使って塞いだ。案の定、グリーンの目が落っこちそうに大きく見開かれてジュリアスは笑みを漏らす。
「抱擁は先程すませたと記憶しているので。次はこれで合っておりますか」
ジュリアスの問いに、赤さを増した頬で彼女が頷く。けれどすぐにその首が横へ振られた。
「合ってるけど、足りない、かも」
ジュリアスの女王陛下はとても欲張りだ。それを彼はよく知っている。
一度めよりもゆっくりその唇へ屈んでいくと、それに合わせて金の睫毛が伏せられていき、細い腕が彼の首へ回されて。それがなによりもジュリアスの体の奥を刺激する。
小さな唇は柔らかく、触れればもっと柔らかく誘う。食むように何度もそれを味わったあと、舌でそっと撫でるとアンジェリークの唇はきゅっと結ばれてしまった。それはそうしたキスが彼女にとって初めてなのだと知るには十分で、そんなことも嬉しいと思ってしまう自分にジュリアスは驚きを覚える。
「アンジェリーク……」
触れるのを止めないままジュリアスが呪文のように唱えると、その名を持つ唇は彼を迎え入れてくれた。濡れた口内はどこもかしこも甘くて、ジュリアスは自分本位にキスを深くしそうになってしまう。
「……む、……ュリア……ん、ッん……」
苦しそうに彼の名を呼ぼうとしているのに気付き、上がる声ごと吸い上げてから唇を離すと、アンジェリークは荒く肩で息をする。
「く、苦しいんだけど」
「……ほう?」
どうやら息が出来ないでいたらしいが、ジュリアスはそれを取り合わずに再びキスの続きに戻った。んーんー、と抗議の声を上げようとしていたアンジェリークだが、少しずつうまく息ができるようになったらしく、大人しくなる。
キスだけでは足りなくて、ベッドへアンジェリークをそっと押し倒し、ジュリアスの手はたくさんのフリルをかき分けてその奥へ進んだ。新しい場所へ触れるとその度に体を固くするアンジェリークを、キスで宥める。
二人分のローブをベッドから下へ落として肌と肌を合わせれば、その先を止めることなどもうできないとジュリアスは強く感じた。
「あっ……っは、……ぅん!」
声が甘く変わる場所を探り、そこをジュリアスが指と唇で丹念に愛すると、アンジェリークの体は熱く震える。ジュリアスの愛撫は彼女の白い体をだんだん下へ下りていった。
「ゃあっ……、ジュリア……ジュリアスっ!」
制止の意味のこもった声がアンジェリークから上がるので、ジュリアスは彼女の内を探る指を一度止める。
「やめろと言われたか?」
すると涙を湛えた瞳でアンジェリークはふるふると首を振った。
「い、言ってない! やめちゃだめ、なのっ」
指を中へ残したまま伸び上がり、ジュリアスはアンジェリークの目の端にこぼれそうだった涙を唇で掬い取った。それで中のどこかが刺激されたか、んっ、と唇を噛んだアンジェリークはジュリアスの指を締め付ける。それは彼の衝動を強く後押しする。
たっぷりと潤ってジュリアスを待っていてくれるかのようだけれど、そうしたことが明らかに初めてのアンジェリークには苦痛を与えてしまうに違いない。もう少し、と何度も自制しながらジュリアスは指を増やしていった。
ジュリアスの愛撫にひとつずつ反応を返しながら、火照った頬でアンジェリークが疑問を口にした。
「ジュリア……ぁんっ、これ、……いつまで、続くの?」
膨大な力を持ち、今までの女王陛下たちの知識も蓄積されているはずとはいえ、だからこそ彼女はこうした体験の具体的な部分が分からないのが不安らしい。
「そなたが望むのなら、朝まででも」
笑みをこぼしながらそう返すと、えええっ、と驚いた声がアンジェリークから上がった。言った言葉に嘘はないが、本当はジュリアスの熱は今にも弾けそうに張り詰めている。
「えっと、でも……っん、それじゃ……ジュリアスが……っふぁ」
荒い息の唇へキスを戻してジュリアスが上から顔を覗き込むと、彼のものとアンジェリークのもの、二人の金の髪が重なる。グリーンの瞳が瞬きを繰り返しながらジュリアスを見上げる。
「私を、お望みか?」
抑えようとしても、きっと声から漏れてしまったであろう自分の欲情。けれどそれに怯まず、アンジェリークはただ頷いた。
立たせた膝の間に腰を入れて足を開かせると、アンジェリークは目を閉じて彼を待った。ゆっくりと身を進めた彼女の中はとても熱く、ジュリアスは漏れそうになった声をどうにか留める。
「痛っ……けど、やめなっ……で、……う」
やめて欲しいと言われてもこの状態では聞いてやれるかどうか自信がないところだが、それは口に出さずに、ジュリアスは時間をかけて己を彼女へ収めていった。そして体を倒すとジュリアスは体重を掛けないようにしてアンジェリークを抱き締める。
「嬉しい。わたしジュリアスが大好き」
愛しい言葉をくれるものだから、ジュリアスは馴染むのを待てなくて動き出した。
「んっ、……んっ、……ぃたっ…!」
その動きに合わせ、先程とは少し違うニュアンスでアンジェリークから声が上がる。ジュリアスには想像つかないが、未通の女性は最初の時とても痛いらしいことは聞き及んでいる。最初は多分、速く終わらせてやらなくてはならない。
もっとも、その心配は不要なほど、彼女の内はジュリアスをすぐに追い上げていく。
「アンジェリーク……」
名を呼べば、目尻に涙を滲ませたまま嬉しそうに彼女は笑った。それがジュリアスのあちこちをさらに刺激する。
「私の忠誠も愛も、すべてそなたへ──」
激しくなった動きに声を上げながらも背に回された腕はしっかりとジュリアスを抱き、アンジェリークは彼を受け止めてくれた。
今日も聖地はよい天気で、窓から見える木々に目をやれば思わず笑みがジュリアスから漏れた。グリーンは彼女の瞳の色なのだ。
執務机に向かう間もジュリアスは笑みのままでいたらしく、秘書官が驚いた顔で彼を見た。それに気付いてジュリアスは咳払いで表情をごまかした。
浮付いていた気持ちを執務の時間まで持ち込んではならない。私生活でどんなことがあろうとも、いや、むしろ私生活でのことがあるから気持ちを引き締めなければとジュリアスは背を伸ばした。
ところが。
ノックの音に対応した執務室付きの女官が驚いて声を上げた。なんだ、と聞こうとしたジュリアスの前に執務室を駆けて来たのは女王陛下だった。先触れもなく一人で廊下を駆けて来たらしく、女官が驚くのも当然だ。
「ジュリアス、おはよう!」
輝く瞳で自分を見る笑顔の彼女を見れば、ジュリアスとて笑みがあふれそうになる。けれどそれを押しやってジュリアスは席を立ち、おはようございます、と丁重に女王陛下へ礼を返した。
なにそれ、と不服そうな女王陛下の前に進み出て、ジュリアスは人払いを女官たちへ申し出た。執務室から人の気配がなくなると、彼女はジュリアスに抱き付いてくる。それを押し留めてジュリアスは眉を寄せた。
「何をお考えなのです。陛下がそんなご様子では、すぐに周囲にそれと知られてしまうではないですか」
咎める声にアンジェリークの頬が膨れ、上目遣いにジュリアスを睨む瞳。そんな顔も可愛いと思ってしまう自分もかなり末期だと思わないでもない。
「分かってるけど。今日くらいいいじゃない、ジュリアスの意地悪。まだ執務も始まる前だし、会いたかったから早起きしてこっちに来たのに!」
確かにまだ早朝で、他の守護聖たちが出仕してくるには間がある。ジュリアスは溜め息を吐いたあと、アンジェリークの体をそっと抱き締めた。
昨夜、疲れて眠ってしまったアンジェリークをベッドに残して女王宮を去った時は、ジュリアスも後ろ髪を引かれる思いだった。だから、朝があまり得意ではない彼女がこうして彼に会うためだけに早起きをしたと聞けば、嬉しくない訳がない。
でもだからこそ、ジュリアスの口から出る言葉は説教じみたものになる。
「節度を保ち、女王と守護聖として相応しい態度を崩すことなく、宮殿の秩序を……」
ん、もう! アンジェリークは苛立った仕草でジュリアスの腕の輪から抜け出すと、踊るように執務室の床をターンした。ドレスの裾のフリルが揺れるのにジュリアスは目を奪われる。
「大好きって言いに来たのにがっかり! はいはい、女王として私事に振り回されたらいけないってよく分かりました! 明日のエスコートはクラヴィスにお願いすることにするから!」
べえ、っと舌を出したアンジェリークが向けた背中をジュリアスは目を丸くして見る。
「そなた、どこまでのエスコートをあの者に許すつもりだ? まさか、その、アン、アンジェリーク?」
音を立てて廊下を駆け戻って行く彼女を追うこともできず、ジュリアスは執務机に向かうと椅子に身を沈めた。
いつだってそこの椅子に座れば平常の心が訪れていた筈だったのに、今朝のジュリアスはざわついた胸を抑えることができない。
近頃感じていた悩みなどが小さいものだと思えるほど、彼に取り付いた心配はジュリアスを苦しめる。
その日ジュリアスの態度は終日、宮殿の者みなが首を捻るほどおかしいものになってしまう。
結局そこからジュリアスと女王陛下とのことが周囲にばれてしまうことになるが、それをまだ彼もアンジェリークも知らない。
end
ふおぁー! ジュリリモR、出来ました!
前半シリアス寄りで、後半コメディっぽいR、という、珍しく前半のほうが書くの苦戦しました。
テイスト、違うでしょうか。自分ではもうよく分からない…!(笑)
ラブメインの時のジュリアス様の口調、女王陛下に対する時は敬語にするべきかしないべきかいつも悩みます。
今回こんな感じになりました。うーんやっぱりジュリアス様は難しいなあ…。
そして、リモ女王陛下にジュリアス様が振り回されるパターンが好きです♪
2012.1.15