3.

一方こちらは青学テニス部ご一行様。
玄関ホールから地下に落とされた9人は、奇跡的に怪我もなくそれぞれ立ち上がった。

落とされたと言っても下はすべり台のようになっていて、最下層まで数百メートルすべり落ちただけだった。
いつもわけのわからない特訓をしている青学テニス部レギュラーにとって、これくらいの試練はなんともない。

辺りは人口で作られた洞窟のようだった。
ちょうど玄関ホールと同程度の広さと高さを持っている。
明かりはなく真っ暗で、目が慣れるのにしばらく時間がかかる。

携帯電話を取り出し、不二が辺りを照らす。
続いて乾が、懐中電灯の灯りを灯した。

天井を見上げ、不二は言う。
「これはちょっと登れないね・・・」
「無理だろ」
「別の出口を探すしかないな」

大石がそう言って周りを見渡した。
ちょうどいい具合に目の前にぽっかりと暗い入り口が開いている。

少し都合がいいような気がしたが、大石は皆を呼び集めそこから脱出しようと提案した。


ぐるるるるるるるる・・・・


「桃先輩。お腹鳴ってますよ?」
「へ?越前、お前だろ?」
「違うっスよ。じゃ、菊丸先輩?」
「へ?俺じゃないよ。大石じゃないの?」

ぐるるるるるるる・・・・・


また、異様な物音が聞こえた。今度はさっきより大きな音だった。
しかも複数聞こえる。
さすがに何かおかしいとメンバーの間に不安が走る。

一番視力の良い菊丸が一つしかない入り口の向こうにその異形の行列を見つけ、叫んだ。

「ゾ、ゾンビだ~!!」
「なにっ!?」

他のメンバーにも、もうそれが何なのか認識ができていた。
大量のゾンビ、それも数百体もいようかと思うほどの数のゾンビが後から後から出てくる。

「ふふ・・こういう時の為にラケットが必要だったんだよ」

タキシードの背中から不二はラケットを取り出し、ポケットからボールを取り出した。
他のメンバーも皆それぞれラケットを取り出す。
ゾンビの数をカチカチとカウンターで数えていた乾が、ふぅ、とため息をつき、言った。

「全部で552体だな。一人約60体倒せばゲームクリアだ」
「ほいほーい。んじゃ、いっちょ頑張りますか」

皆ラケットを構える中、大石だけが大きな黒光りするボールを持っていた。
それに気付いた菊丸が大声を出す。

「げっ、大石、ボーリングボールなんて持ち歩いてんの?」

白いハンカチでマイボールを磨いていた大石は、マイグローブをした手で、菊丸の肩をぽんと、叩いた。

「まさか。そんな重い物持って歩けるわけないだろう?」
「でも今持ってんじゃん」
「これ、伸縮自在の材質で出来てるんだよ。重さも自在に変えられるんだ」

大石からボールを渡されて、リョーマがそれをしげしげと眺めた。

「ふーん。コ●ン君のサッカーボールと同じっスね」
「ああ。開発者が同じだからね」

阿●博士に会ったのか!さすがだな大石!!とその場の誰もが思った。


小さな衝撃から回復し、一行は慌てて前方を見すえる。
余計な事に気を取られている間にゾンビの数はまた増えていた。
生気のない目で、この世の者とも思えない匂いを発しながら(というかこの世の者じゃないし)
頭の悪そうな顔で気味悪く近付いてくる。

「うわ~・・気持ち悪いよ~」

河村が嫌そうな顔をして顔をそむけた。
不二がラケットを河村に渡す。

「タカさん、はい、ラケット」
「うぉぉぉぉぉおおおおお!!!どぉりゃあああああああ!!バーニング!!!!ゾンビだかトンビだか知らないが、いっちょやってやるぜ!!」

河村は雄たけびを上げるとそのままゾンビの大群へとつっこんでいった。

「皆、河村に続くぞ」
「OK」

手塚が次に続き、一行は次々とラケットを手に前に飛び出した。
大石だけはボーリングボールを手にしていたが。

「あ、言い忘れてたけど、一番倒した数の少ない人は罰ゲームがあるからね」

乾の冷静な台詞にゾンビに向かっていた全員が皆げっとした顔をして乾を振り返る。
タキシードの裏側から乾は携帯用水筒を取り出すと、それを傾けた。
ゾンビの匂いにも負けないような強烈な匂いが辺りに充満する。
水筒からこぼれた液体は床を軽くじゅっと焼いた。

「青酢改訂グレート版。今度のはちょっとすごいぞ」
「うわぁぁあ、負けられねぇ!負けられねーよ!!」

青酢効果で皆のやる気はさっきより420倍跳ね上がった。
大量のゾンビ達も、青酢の恐怖にかられた青学テニス部レギュラー達の敵ではなかった。



次々と迫り来るゾンビの動きを予測し倒しながら、乾は心の中でほっと息をついていた。

彼等が今こんな目に合っているのが、乾の偽造招待状が不完全だったせいだと不二にばれなくて良かったと思う。
ばれたらどんな目に合わされるかわかったものじゃない。

不二の手前、偽造は可能だと言ってしまったが、センサー部分を完璧にコピーする事はできなかったのだ。

99.9999987%まではコピーする事が出来たのだが、残り0.0000013%分は解読する事ができなかった。
そこまでの相似値が出ていれば多分大丈夫だと思ったのだが、さすが跡部家のセキュリティ、10の7乗以下の誤差も見逃さなかったらしい。

今度来る時は是が非でもそのセキュリティを突破してみたい。
冷たいゾンビを倒しながら、乾は熱い闘志を胸に燃やした。

彼の頭の中も不二と同様、正式な手続きを踏んで来る事は考えていないらしかった。




さて、こちらは地上の1階部分。
跡部は桜乃の肩に手をかけ、コートを脱がせた。
ピンクのチューリップをイメージした、可愛らしいドレスに身を包んだ桜乃を見て、跡部の下半身が疼いた。

これは、パーティ終了まで待てそうにない。
そう瞬時に判断した跡部は、樺地に桜乃のコートを預けるとクロークへ持っていくように言い、桜乃の腰に手をまわした。

「パーティの始まる前にちょっと桜乃ちゃんに見せたいものがあるんだ」
「はい?」
「おい跡部。もうそろそろ時間だろうが」

宍戸があきれた声を出す。跡部はうるさそうに宍戸を見た。

「うっせーな。主役は俺なんだよ。俺がいなきゃ始まらねぇんだ、文句は言わせねぇ」

階段下に佇む氷帝メンバーをぎん、と睨みつけると、跡部はサカッた目で桜乃を見た。
いつもと違う跡部の雰囲気に桜乃は怯えた目をして、階段下のメンバーに助けを求めようとした。

だが、跡部に逆らってまで桜乃を助けようとする根性のある者はそこにはいなかった。
鳳だけが心配そうな目をして桜乃を見上げていたが、悔しそうに拳をぎゅっと握っただけだった。


こんな時リョーマ君がいてくれたら。
桜乃は寂しそうにリョーマ達の消えた床の方を見つめた。

そのリョーマ達が今、ゾンビ相手に戦っているなどとは想像できなかったけれど。
リョーマが今ここにいてくれたら、と、切に願った。


「心配すんな。俺は早いので有名なんだ。パーティの始まる前には余裕で終わる」
「それって最低やん、跡部」
「うっせーな、忍足。前戯ばかりをちんたらやって本番の短いお前に言われたくねーよ」
「余計なお世話や」

忍足は嫌そうな顔をして、跡部に中指を立てた。
他のメンバーは彼等に興味がなくなったのか、皆パーティ会場へ移動を始めている。
宍戸が鳳の肩を叩く。

「おら、行くぞ、長太郎」
「はい・・・宍戸さん」

跡部と桜乃の方をちらちらと気にしながら、鳳は宍戸に促され、歩いていった。


皆の姿が見えなくなると、跡部は紫のラメ入りタキシードの内ポケットからリモコンを取り出した。
それのスイッチをぴっと押すと、先ほど跡部と樺地を乗せていたゴンドラがこっちへやってくる。

「落ちないように気をつけろよ」

桜乃の手を優しく取って、跡部は彼女をゴンドラに乗せた。
自分も乗り、「高」のスイッチを押すと、ゴンドラはものすごい勢いで急上昇し始めた。

天井を突き破るほどの勢いで上昇し、急激に方向転換をする。
遊園地のジェットコースター並のGのかかり方に桜乃は気分が悪くなりそうだった。

「俺のプライベートルームに招待してやるぜ」

跡部の台詞が意識の彼方に聞こえた。



桜乃が気を失っていたのは少しの間だけだったらしい。
気が付いた時には、桜乃は跡部に姫抱っこされてゴンドラを降りた所だった。

ライオンのレリーフの彫られた毒々しい金の扉の前で跡部は立ち止まった。
古臭い大きな金色の鍵を取り出すと、それをライオンの口に入れる。

鍵がかちゃりと開く音がした。
跡部がキラーンと歯を輝かせ、辺りをキラキラと光が舞った。

「俺達の夜をここから始めよう」

「「「「「「「「「ちょーっと、待ったぁ!!」」」」」」」」」

どごーん。
すぐ側の壁が跡形もなく吹っ飛ぶ。
跡部と桜乃はごほぼほと咳き込んだ。
ぽっかりと開いた大きな穴に人影が見える。
土煙でよく分からないが、それは・・・

桜乃の顔が希望で明るく輝いた。


「乾、ちょっと火薬の量多かったんじゃない?」
「ふむ。今度やる時は配合比を変えてみるか」

不二と乾がノートに書かれた難しい数式を見ながら、ちょっとそこまで散歩してきましたとでも言うような爽やかな空気をまとって現れた。

「桃先輩。俺の勝ちっスよね?」
「いーや。俺の勝ちだな。お前より絶対数多かったからな」

なにやら言い争いをしながらリョーマと桃城が、ちょっとコンビニまでおでんを買いに行ってきましたとでもいうような穏やかな空気をまとって現れた。

その後ろから手塚、河村、海堂が咳をしながら現れる。
手塚は煙で汚れてしまった眼鏡を、高級眼鏡拭きでごしごしと拭っていた。


跡部の目が驚愕で開かれる。

「なっ・・・お前等、あの数のゾンビをもう倒してきたのか!?」
「こっちには9人いるんだ。・・あれくらいの数どうってことないよ。」
「そーそー。あんまり青学テニス部、なめんなよな」

大石と菊丸がペットボトルのスポーツドリンクを飲みながら、ちょっとそこのストリートテニス場で遊んできましたというような清清しい空気をまとって現れた。

皆ほとんど怪我もなく、息も荒くなければタキシードも乱れていない。
本当に数分で片付けてきてしまったようだ。
次からはトラップを増やさなければと跡部は臍をかむ。

「リョーマ君っ」

桜乃は喜びで頬を染め、リョーマの方に手を伸ばした。
桃城とどちらがゾンビを倒した数が多いか争っていたリョーマは、その声にようやく桜乃の方を振り向いた。

「あ」

跡部に姫抱っこされてる桜乃を見て、リョーマの頭に血が上る。
瞬時にラケットを構えると、ボールをぽーん、ぽーんと弾ませ、サーブを放った。

ばこんっ

ボールはいきなり外側に開いたドアに当たり、そのままの勢いで跳ね返る。
リョーマは避ける事ができたが、その後ろにいた海堂は避ける事ができずに直撃を受けた。

「うるさいぞ。何事だ」

ライオンのレリーフの彫られた毒々しい金の扉の内側から、榊太郎がガウン姿で機嫌の悪そうな顔を出した。
跡部の頬が引きつる。


「・・・・監督。俺の部屋で何してるんですか」
「跡部か。いやなに、お前の執事のセバスチャンからいつもお世話になってますとワインを頂いてな。それをそこでナンパご一緒したお嬢さんと飲んでいるうちに彼女が酔ってしまってな。・・・ここで介抱していた」

また前と同じ展開かよと跡部はツッコミを入れたかったが、入れるだけ無駄だろうと思ったので止めておいた。
しかし榊は跡部のその表情から思考を読んだのだろう。
額の横に手を置くお決まりのポーズで跡部を見下ろした。

「前にも言わなかったか?お前の物は私の物であり、それは全世界共通の認識だろう?」

自分もよく使う常套句を出されては、跡部には言い返す術はなかった。
開いたドアの中から中を覗いた桜乃が「この間とは違う人ですね」と小さく呟く。
桜乃の鋭いツッコミに、榊はこめかみをぷるぷると震わせた。

「行ってよし!」

右手の指を二本立て、びっとまっすぐ指差すと、榊はドアをバタンと閉めた。



「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」


「あ、リョーマ君。よくここが分かったね」

長い沈黙を破ったのは意外にも桜乃だった。
リョーマが彼女のピンチに来てくれたのがよほど嬉しかったのだろう、彼女の機嫌はすこぶる良かった。

「いや、俺じゃなくて・・」
「ふふ・・・・ゾンビを全部倒した後、なぜか嫌な気配がこっちからしたからね。乾に頼んで近道を作ってもらったのさ」
「ゾンビ?」

不二の言葉に桜乃は首をかしげた。
彼女には教えない方がいいと思ったのか、皆曖昧な笑みを浮かべている。
世の中には知らない方がいい事があるのだ。
しかし、さすがは不二である。跡部のよこしまな想いを離れた場所から読んだらしい。


「ちっ、仕方ねぇな。あれを突破できた奴は今までいなかったんだが・・・突破できたならパーティに参加する資格を与えてやるよ」

跡部は桜乃を下ろし、時計を見た。パーティ開始まであと1分もない。
跡部がパチンと指を鳴らすと、白髪にたっぷりとした髭を蓄えた老執事がどこからともなく現れた。
青学テニス部メンバー全員用の招待状を一人一人に手渡す。

「もうじき始まる。会場はそっちだ。勝手に行って待ってろ。行くぞ、樺地」
「ウス」

どこからか出てきた樺地を従え、跡部はホール入り口を指差し、そことは別の方向へと歩いていった。


「さ、じゃあ、遅くなったけど行こうか?」

軽い運動を済ませてきたばかりだという爽やかな笑顔で、不二は皆を促した。
きらびやかな光輝くホールの中へ、一行は入っていった。


初めて参加するクリスマスパーティ。
途中経過はどうあれ、桜乃の胸は期待に膨らんだ。




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2002年12月22日







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