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これをお読みになる前に鏡花さんが書かれた「髪型にいついての一考察」をお読みください。これは、藍晶が勝手に書いた続編です。

監督官の憂鬱(髪型についての一考察2)

「おまえ、リボンどうしたんだ?」

ランチプレートを学食のテーブルに起きながら、シグルドはヒュウガの束ねて垂らしてある髪に触れた。両サイドから髪を寄せ頭頂部より少し下でまとめていた。中途半端に伸びたヒュウガの髪が鬱陶しいと思ったシグルドが両サイドの髪だけを邪魔にならないように一つに結わいてやった。ついでに、クッキーの袋についていた赤いリボンをチョウチョ結びにしてやったのに、そのリボンがない。

「先輩がどうしても、はずせって言うから。すみません。せっかく結んでくれたのに」

ヒュウガはポケットから、赤いリボンを取り出しシグルドに申し訳なさそうに見せた。

「ジェシー先輩の命令か。……なら仕方ない」

あの場にいなかったシグルドは口をへの字に曲げた。

そんな常識人だったとは意外だった。もっと悪のりしてくれるとシグルドは期待していた。

普段のジェサイアなら女子の制服でも用意しかねない。

三人同時にに四人がけのテーブルに腰をおろす。

フォークで料理をつつきながら、カールが生真面目な表情で言った。

「あれは、よく似合っていた。何がいけなかったのだろうか」

「先輩は、なぜ駄目だって言っていた?」

シグルドの質問に、ヒュウガは顎に指を当て小首を傾げた。

「確か……『監督官の俺のモラルが疑われる』とか、おっしゃっていましたね」

なるほど、監督官としての立場が常識的な言動をとらせてしまうのか。と、とりあえず納得したシグルドの耳に、カールの自信たっぷりで明瞭な声が響いてきた。

「なるほど、そういうことか」

カールはうんうんと頷いている。

「何を一人で納得しているのですか? カールは」

「こういうことだ、ヒュウガ、シグルド。先輩はああ見えても育ちがいい」

「それが、どうした」とシグルド。

「先輩は『そんなリボン』と言ったのだ。ということは、リボンに問題があったと考えるのが順当だ。あれはクッキーの袋についていたものだと言っていただろう。それがまずかったのだろう。本来の目的とは違う、言わば邪道だ」

シグルドとヒュウガの目が同時に丸くなった。が、シグルドは、すぐににやりと笑って腕を組み、うんうんとわざとらしくに頷いた。

「なるほど、クッキーの袋についていたリボンは本来髪を結ぶためのものじゃない。それを代用したことが先輩の美意識に障ったのだろう。さすがガゼルだ」

何が『さすが』だかさっぱりわからない。

「あ、あの……シグルドまで何納得しているんですか。……って、おもしろがっていますね、あなた」

ヒュウガがぼそりと言ったが、声が小さすぎて二人の耳には届かなかった。まあ、再度主張するのも疲れるし、どうでもいいかと思う。

さっさと食器を空にしたカールがすっくと立ち上がった。

「午後は休講だ。アクセサリーショップへ行けば髪飾りを売っていると聞いたぞ。リボンもあるのだろう。行くぞ、シグルド、ヒュウガ」

将来ソラリスを導いいていくだろうリーダーは無駄に決断がはやい。さすがだと、ヒュウガは感心してみたりする。

エテメンアンキ最大のショッピングモールは、学校帰りの女学生や主婦で賑わっていた。

「いらっしゃいませ」

アクセサリショップの店員が愛想よくリボンを物色している思春期の少年三人組に声をかけた。

「ヘアアクセサリをお探しですか? ガールフレンドにプレゼントですね」

それは極めて真っ当な発想だ。

「え、ええ、まあ……」

適当に話を合わせようとしたヒュウガの小さな声は、カールの声にかき消された。

「いや、プレゼントじゃない、こいつが使うのだ」

「カ、カール」

ヒュウガは店員の顔を見てみたが、固まっていた。

そんなヒュウガと絶句した店員を無視して「どれが似合うか意見を聞かせてくれ」とカールは何でもないことのように言いはなった。

店員とカールの間にシグルドがフォローのつもりか割ってはいる。

「いや、ちょっとしたイベントがあってさ、女装コンテストにこいつを出すんだ」

「女装コンテスト? 何の……もごもご」

カールの口を押さえ「というわけだ、一つ選んでくれないかな」とシグルドは白い歯を見せさわやかに笑った。

「あ、はい。そういうことですか」

結局リボンはオーソドックスな細身の赤で落ち着いた。黒髪にはこれが一番映えるとシグルドが主張した。でも、これなら、クッキーのリボンと大差ないとヒュウガは思う。もっとも、シルクだというだけあって手触りがすばらしく良いことに少しだけ感動した。

「これで先輩も納得してくれるだろう」

そう自信満々に言い切るカールに、シグルドは少し渋い顔をして首を横に振った。

「スタイリング剤がまだだ。朝、ヒュウガの髪まとめていて後れ毛がぱらぱら落ちるのが気になった。スタイリング剤さえあれば、もう少しなんとかなっただろうが。それも、先輩の好みに合わなかったんじゃないか?」

「なるほど……スタイリング剤か。そこまで考えが至らなかったな。最後まで気を引き締めんとな」

そりゃ、引き締めるところが違うだろうと通常ならば誰かつっこむはずなのだが、この時は三人が三人、普通でなかったのかもしれない。

ということで、コスメショップでスタイリング剤を調達してから寮へと戻った。

夕食を食べ終えた三人は、さっそく髪を結ってみることにする。

シグルドは前回より丁寧に髪を寄せ、まとめてみる。後れ毛はスタイリング剤で固めてみた。

「良いのではないだろうか」とカール。

ヒュウガも鏡をのぞき込んだ。

確かにいい加減に結っていた時と違って、きちんとした印象だ。が、ぱっと見には代わり映えしないような気がしないでもない。

シグルドもそう思っているのだろう。また渋い顔だ。

「どうした? シグルド。何か不満でも?」

「ああ、少し待っていてくれ」

と、言い残すと部屋の外へと出て行った。

「どうしたのでしょうか。シグルドは」

「うむ。あいつのことだから、何か考えがあるのだろうが」

「仕方ないですね。お茶でも飲んで待っていますか」

丁度お茶を飲み終えた頃に、シグルドは戻ってきた。

「シグルド、何処へ行っていたんだ?」

「女子寮だ。これを借りてきた。ヘアスタイル変えたということで当分使わないから、しばらく返さなくていいってさ」

「なんだ、これは」

袋の中から取りだしたものをカールは凝視している。

「ああ、コテだ。この部分を熱くして髪に巻きつけることによって髪型を固定する」

ヒュウガの頭の中に、くるくる縦ロールヘアが浮かんだ。あれは、ちょっと嫌だ。どう考えても邪魔そうだ。

「くるくるにするのは、さすがに遠慮したいのですが」

「おまえの長さだと、くるくるにするのは無理だろう」

ヒュウガはほっと胸をなで下ろした。

「では、何に使うのだ?」

「後れ毛対策をしたところで毛先がはねているだろ」

シグルドはヒュウガの後頭部から垂れた髪の毛先を指さした。たしかに、ピンピンと毛先がはねている。

「そうか、こういった細かいところに気を遣わないとだらしなく見えるな。軍人として気がたるんでいると先輩は感じたのだろう」

「これで、軽く内巻きにしてやれば決まるだろう」

「スタイリングというものは奥が深いのだな」

カールは感心しているようだ。ヒュウガはさすがにどこかおかしいと感じていたけれどあまり考えないようにした。なんせ、カールは将来ソラリスを背負って立つ男だ。

「先輩、おはようございます」

三人の後輩が、元気な朝の挨拶とともにジェサイアの脇を通り抜けようとした。

赤いひらひらしたものがジェサイアの視界にちらりと入った。

まさか……と嫌な予感がして、ジェサイアは振り返る。

「おい、待て」

見間違いではなかった。銜えていた煙草がぽろりと床に落ちた。

それを拾おうとしてしゃがんだヒュウガを見下ろせば、昨日よりも丁寧にちょうちょ結びされた赤いリボンが揺れている。

「先輩、銜え煙草は規則違反ですよ。ちゃんと喫煙所で吸ってくださいね」

ジェサイアに煙草を渡しながら、ヒュウガは邪気無く微笑んだ。

「ヒュウガ、何だその頭は。昨日俺が言ったことを覚えていないのか」

ヒュウガはふんわり内巻きになった髪を指でかき上げた。

お嬢様結びがパワーアップしている。

「昨日のヘアスタイルを改善してみました。似合っていませんか?」

俺に対する嫌がらせか、それともただの反抗期なのだろうか。

「おまえら全員ここに並べ」

カーラン・ラムサスを真ん中に三人はジェサイアの前に直立不動の姿勢で並んだ。

左から順番に顔を見ていく。

シグルドとヒュウガは気まずそうにジェサイアから視線をふっと逸らした。でも、カールだけが真剣な瞳でジェサイアを睨んでいた。そのカールが口を開く。

「なぜだジェサイア。昨日、言われたことを俺たちなりに熟考して対策を考えたのだぞ」

「対策……何の話だ?」

「昨日『そんなリボンは』と言った。俺の記憶は確かだ。言ったはずだ」

「ああ、言った」

「だから、あのリボンに問題があったのだろうと俺たちは考えた。確かに、あれはクッキーにおまけでついていたリボンだ。ならば『そんな』ではないリボンをつければ文句はないのだろう」

ジェサイアは目を大きく見開いて絶句した。どこをどうしたらそういった結論が導かれるのだ?

カールはさらに続ける。

「いいか、このリボンはシルクだ。嘘だと思うのなら触ってみろ。クッキーについていたリボンとは手触りが違う。これの一体どこに文句があるというのだ。さらに万全を期すためにスタイリング剤で後れ毛を押さえ、コテで毛先がはねないように対策を立てた。他に何をしろというのだ」

大まじめな表情で力説するカールにジェサイアは教育的指導のための言葉を失った。

その後、どう説得したのか覚えていない。演習時のみリボンを外すことを何とか納得させた。

「……というわけだ……」

ジェサイアの説明にラケルはしばらくの時間けらけらと楽しそうに笑い続けていた。

「シグルドは確信犯ね。ちょっとした気晴らしじゃないかしら。ヒュウガは……面倒くさいから適当に合わせているって感じかしらね。でも、カールは大まじめだったのね」

「まったくだ。あいつは、手段に集中すると本来の目的を見失うタイプらしいな」

ああいった視野が狭くなりがちなところが、ずば抜けて優秀なはずの後輩カーラン・ラムサスの弱点だとジェサイアは考えていた。将来、それが災いしなければいいのだが。

「まあ、気にしないことね。服装やヘアスタイルなどという些細な問題なんて、それこそ勉学には何の支障もないはずよ。ユーゲントの服装規定に違反していないのなら、口出しするのはおやめなさい。たとえ、女装や化粧したとしてもね。きりがないわよ。むしろ、退屈しなさそうでいいじゃない」

「アドバイス、ありがたく頂戴しておくさ」

ジェサイアは疲れ切った様子で嘆息した。

その後、監督官殿がエレメンツ候補生たちのヘアスタイルや服装について口を出すことは無かった。

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