トラブルというのは大抵大事になってから気付くもの。

未然に防げるものなんて一割を切っている、そもそも防げた時点でトラブルと認識しない。

特に俺達攘夷志士は、トラブル一つで壊滅の危険がある集団だ。

注意、警戒、集中、疑心、即決は必要不可欠で当たり前。

だからそう簡単に、真選組を始めとした幕府の犬になんて捕まるはずがない。

事実この瞬間まで、俺達鬼兵隊はいとも簡単に難を逃れている。

俺はそう思っていた、少なくともこの瞬間まで。

そして馬鹿馬鹿しくなった、少なくともこの瞬間で。



「もう転職しようかな……」











黒の行方








今回の夜回り当番は最終の時間帯で、俺はそのまま任務に戻る予定だった。

厠の洗面台で顔を洗い、眠気を紛らわせてから朝食に向かう途中

俺は武市様と遭遇した。



「おはようございますさん、今日も一日よろしくお願いしますよ」

「はい武市様、おはようござ――…」



朝の挨拶は途中で途切れ、俺はまず自分の目を疑った。

十回擦っても変わらなかったので、次に頭を疑った。

他の隊士が同じようなリアクションしてるのを見て、俺はようやく武市様を疑った。

それは一見して着ぐるみのようで、しかし頭には動物の顔ではなく銀色に光るスティックがある。

全身は青く太い何かに包まれて、まるでクレヨンから手足が生えたような格好になっていた。

思わず数歩後退して武市様の全体像が見える位置になり、俺はようやく悟る。

まるで…いや、ドライバーそのものだと。形状はプラス。



「た、武市様……!」

ー!ー!アタシの身体が変になってるっスゥゥゥ!!」



そう言って向こうからダッシュしてくるまた子様は、ピンク色のマイナスドライバーだった。

しかも遅いし、本人は走ってるつもりなんだろうけど明らかに遅いし。

そして扉の向こうから気配と声、そういえばここって万斉様の…。



、今朝にかけて隊士がドライバーとなっているようでござる」

「はい…、今まさにそんな感じです」

「ぬしの身に異変は?」

「特にありません」

「ならば緊急指令でござる、すぐに原因究明と解決に向けて動け」



あれ…何だろ?何か違和感があるな。

万斉様の指示は当然だし、密偵である俺がすぐ動くのも当然なんだけど…。

一体何に引っ掛かってんだ?疑問持つ箇所なんか特に無いのに…どこか解せない。

あ、そっか。俺は目の前にいるのに直接確かめようとしないからだ。

でも万斉様は仕事の最中、決して部屋から出てこないので珍しい事じゃない。

くだらない事考えてる場合じゃねーな。



「落ち着いて作曲もままならぬ、拙者の仕事に影響が出る前に収束させるでござる」

「はい、分かりましたすぐに――」

「ククッ…テメェも入って来いや、面白いモンが見られるぜ?万斉の指――」

「晋助ェェェ!!」



俺が感じた妙な蟠りは、同じように扉越しに聞こえてきた楽しげな声によって解決した。

晋助様は、どうやら万斉様と一緒にいるらしい。

けど中に入る気にはなれなかった、晋助様の命令は絶対でも扉を開ける気にはならない。

何故なら今の万斉様の絶叫、あれは伊東を使った真選組壊滅作戦時と同じ声。

白夜叉によってヘリに叩きつけられた時の、あの本気状態とまったく同じだったからだ。

この部屋の扉を開けたら俺は確実に死ぬ、間違い無く万斉様に殺される。

俺の予想が正しければ多分万斉様は刀を握れない状態だろうけど、賭けるにはリスクが高過ぎた。

―――扉周辺の空気が不自然な静寂により凍りつく。



……

「はィィィ!今すぐ行ってきますゥゥゥ!!」



地獄の底から響いてくるような声と殺気、万斉様から俺への八つ当たり的な贈り物。

俺は戦艦を飛び出して江戸の町へと降り立った――







そんな感じの経緯なんだけど、思い出さない方が良かった馬鹿馬鹿しくて。

俺と同じように無事な隊士を何人か動員して、俺は江戸を探って情報を掻き集める。

数日経って、噂と噂を線で結び何とか予想は立てられた。

俺は得た情報を改めて思い浮かべ、飽きもせず浮かんでくる苦い気分に顔を顰める。



「ゲーマー星人…、また天人絡みかよ」



ここ最近、天人にキャトルミューティレーションされ身体を改造される者が出てきているらしい。

どうやら、夜にキャトル…面倒だからキャトられたでいいな?舌噛みそうだし。

とにかくキャトられ改造され、その後地球には無傷で返されるんだがタチが悪い。

何故なら帰還の際は眠らされるから、文句を言おうにも気付いた時には天人が行方不明なのだ。

天人の技術の全てが地球に浸透しているワケではない、寧ろ知らない事の方が多い。

地球に伝わっている方法でもなく、増してや我流で改造されたんなら元に戻る術は無かった。

今はまだ少数で済んでいるが、近い将来に被害者は何倍にも増える羽目になるだろう。

鉛の腰を持ってやがる幕府も危機感を高め、早い段階で手を打とうと動いているようだ。



(この件…、何より情報が少なすぎる)



天人の名はゲーマー星人、だがこれは仮称に過ぎない。

拉致と改造の理由、そして会話により重度のゲーマーらしいのでそうなったようだ。

人数は二人、一人がもう一人を先輩と呼んでいたとの証言があり上下関係のある間柄だろう。

頭に二本の触覚が映えた全身黄タイツを着てるような天人、多分…自家用宇宙船持ち。

幕府が調べてもロクな情報出て来ない、つまりターミナルに情報無いんなら不法入国か。

宇宙船の離陸はターミナルを通すという条約はあるが、そんなモン機能してないのに等しい。

私用の宇宙船があれば勝手に宇宙から入ってきて、勝手に地球から出て行ける足となる。

春雨関係じゃねーな、地球に来る春雨は多少なりとも鬼兵隊の情報を入れてくるはず。

俺はともかく幹部方キャトるワケねぇし。

思ったよりも厄介な案件に内心舌打ちしつつ、俺はインターフォンを押した。

そして返事を待たずに中へと入る。



「お、兄ちゃん」

「どうだ様子は、何かあったか?」

「ああ、最近変わった情報が入ってきてるぜ」



とあるボロアパート、その部屋の一室で機械箱操作してんのは長谷川だ。

俺は新しい情報が無いか、詳しく話を聞くため質問を繰り返す。

―――長谷川は、今回のヤマに関する情報集めの一端を請け負っていた。

もっとも、コイツ自身は鬼兵隊の情報収集に加担してるとは夢にも思ってないだろう。

俺がモンハンのオンラインに興味を持って、仕事の合間に覗きに来てるとしか考えていないはず。

長谷川が寿司屋のバイトをクビになって、一日中機械箱弄ってると知った時は呆れた。

そして、長谷川のキャラがモンハン内では伝説のプレーヤーとなっている事には驚いた。

以上の内容を偶然知った俺は、悩んでから決断する。

モンハンに興味があるから、長谷川のプレーを見せてもらいたいと嘘をついた。

長谷川は快く承諾し、現在俺にとっては最高の情報源となっている。

……本当は後悔している、危険度は低いとは言え長谷川だけは仕事に関わって欲しくなかった。

究極の選択は、もう二度としない。…絶対に。



「…どのプレーヤーもそれを繰り返してんのか?」

「そうなんだよ、どいつもこいつもゲーマー星人でモンハン楽しむ気まるでねぇんだぜ」

「で、そのゲーマー星人ってのは何なんだ?」



長谷川の愚痴と説明を聞いてるフリをしながら、俺は思考を巡らせる。

まず始めに断っておくが、俺はこのオンライン上でゲーマー星人が捕まるとは思っていない。

何故なら、機械箱を使った仮想世界で素性を明かす奴は初心者か馬鹿しかいないからだ。

ゲーマー星人はその名の通りゲームに精通している、そんなミスを犯すはずがない。

そして仮想世界は名前、年齢、性別、種族、立場、全てを偽りにする事も可能だ。

つまり奴らは今この瞬間も堂々と仮想世界で楽しめる、誰にも気付かれずに。

オンライン上でゲーマー星人を探した所で徒労、名乗らずにいれば此方が分かるはずもない。

だが…仮想世界を完全には捨て置けない、何かの動きがある可能性は否定出来ないからだ。

ゲーマー星人ではなく、主にプレーヤーの間での何かが。

それでも俺が24時間見張るワケにもいかず、渋々長谷川にその役を任せる事にしたのだが。



(モンハンを諦める可能性は低いだろうな…)



オンライン上のモンハンをやりたがってた、被害者は必ずと言っていい程この言葉を口にする。

改造された人間がほぼ全員そう言ってたという事は、奴らの執着は相当なものになるだろう。

そしてゲーマー星人は自分達が改造した地球人から、相当恨まれている事くらい自覚してるはず。

ならば安全な場所で、安全に仮想世界を楽しもうとするんじゃないか?

だったら地球にいる間でモンハンに手を出す確率は極めて低い。

宇宙船あるなら宇宙空間にでも脱出してからプレイした方が安全だ、星に帰れば極みだろう。

俺ならそうする、それにここまで足が着かないよう用心深いんなら見え見えの危険は冒さない。



(オンラインで張り込んでも意味はねぇ、地球から逃げられたら終わりだ)



じゃあ…地球でのモンハンを諦めるとしたら、奴らは何をする?

わざわざ地球に来て何もせずに帰るとは思えない、必ず何か見返りを求めるはず。

ゲーマーは良くも悪くも時間を持て余してる類だ、そして物欲と執念も人一倍強い。

―――人じゃなくて天人だけど。

とにかく考えろ、仮想世界をアテにするな。

仮想世界は現実とは切り離されている、そこに望みを賭けても何の意味も無い。

人はいつだって現実の世界で生きるしかない、現実で何かしない限り何も変えられない。

俺がどんなに仮想世界で願っても、現実でが忘れ去られたままでいるように。

だから俺はアイツを殺したこの世界を殺す、いつか必ず。



「ねぇちょっと聞いてる!?の兄ちゃん!」

「ああ聞いてるぜ、骨のある奴らが入ってきたんだろ?」

「そうそう!それで俺は創世記のハンターとして新たな敵を――」

「じゃあ俺仕事だから行くわ、色々アリガトよ」

「ちょっとォォォ!!」



長谷川からの情報はもう充分だ、後は此方で何とかする領分。

オンライン上で、ゲーマー星人らしきプレーヤーはいないと分かればいい。

奴らはいない、いたとしても完璧なほどに尻尾を出さないと知る事が出来れば。



約束の時間は切っている、俺は足早に目的地へと向かった。








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