俺は、とある茶店の前に向かった。 そこには既に三人の人影が長椅子に腰を下ろしている、男二人と女一人。 俺は開いている場所に腰を下ろし、丁度お互いの背中で円が描けた。 お互いに顔は見ない。 「…遅かったわね」 「すみません、情報収集に手間取ってたんで」 「密偵たるもの、もっとスムーズに仕事をこなすべきなんじゃないのかな?」 「お前に言われたくねぇよ、ドライバートリオ持ち」 物凄い目で睨まれた気配がしたが受け流す。 鬼兵隊は真選組よりマシだ、だってコンビで済んでるし。 万斉様のドライバー化を俺は直接見ていない、だから二人だけなんだよ…うん。 因みに他の隊士は人数に入れてないのであしからず。 大人気ないって?真選組に言い負かされんのはゴメンなんだよ。 特にこの男には。 「それで…どうするの?」 「仮想世界でゲーマー星人を捕らえる事は不可能です、原点に戻りましょう」 「隠密の原点…、地道な聞き込みと待ちか」 「同感ね。私もゲームで大した情報は得られなかった、やっぱり現実に勝るものは無いわ」 女忍者、猿飛あやめ。真選組隠密、山崎退。 俺達には共通の目的があった、奴らの情報収集と身内の身体を奪還するという目的が。 しかし情報が極めて少ないヤマであり、この状態では到底解決は出来ないと誰もが悟っている。 そこで俺達は協定を結んだ、収集した情報をお互いに伝え合い動かせる力は全て動かすと。 一人は幕府で一人は真選組、どっちも俺の敵だがその力に不満は無い。 幕僚と警察の力は敵に回せば厄介だが、味方となればこれ以上無い戦力となる。 そして裏の情報網を使える俺は、二人にとってまた違う観点からの情報源となるのだろう。 お互いの利害が一致した俺達は一時的な同盟を組む、当然他言無用の暗件として。 「副長達の餌は何の効果も無かった、当然だけど」 「餌どころか丸見えの落とし穴だからな、あれで本人達が接触してくるワケ無いだろ」 「ゲーマーには機械に詳しい者が溢れている、それでも掴まえられないのならこれ以上は無駄ね」 「仮想世界では俺達が素人、だが現実世界では…」 「同じ土俵に立つ必要は無いよ、向こうがゲームのプロでも俺達は情報のプロだからね」 真選組の密偵…山崎が呟き、俺と女忍者は同時に頷いた。 コイツの言う通りだ、仮想世界を決戦舞台にしてわざわざ不利になる必要は無い。 本人の身柄を拘束するには結局、現実世界で居所を探り潜入するのみなのだ。 天人ごときにここまでコケにされて黙ってられるか、鬼兵隊を…地球人をナメてんじゃねぇ。 「じゃあ、出来る限りばら撒いて掛かるのを待つ方式に切り替えようか」 「ええそうね、でも派手に動き過ぎると感付かれるからくれぐれも慎重に行きましょう」 「思うんですが、この近辺のゲーム系店舗の従業員全員からは協力を得た方がいいかと」 「そこは俺達がやるよ、ここはお前よりも幕府関係の方がスムーズだろうしね」 山崎の口調には明らかな棘があったが別に気にするモンでもない。 事実一般人の協力を仰ぐためには、正規の肩書きを持ってる奴の方が有利だ。 だから俺は気にしてない、よって奴の背中に俺の肘が当たったのも偶然に過ぎない。 まぁ確かに…正体不明の喜びが湧いたのも事実だから、口許に笑みは浮かんでたかもな。 不幸にも間違って当たった肘でつんのめった山崎は、俺の笑みを勘違いして掴みかかろうとする。 女忍者に冷たく一括されてから、俺達は仕事をするために散っていった。 「さて、どうすっかな…」 贔屓にしてる場所へと顔を出して、ゲーマー星人についての情報を聞き出すも反応は悪い。 網を張ったとは言えそう簡単に掛からないのも事実、隠密の基本は忍耐と粘りだ。 長谷川は既に目的から外れ、ゲーム管理者からの要請で隠しボスとのテストプレイを行っていた。 最強のプレーヤーMが隠しボスと戦ったという噂を流せば、フィールドに新しい流れが生まれる。 確かに長谷川の自論にも一理あるが、お前それ完璧に遊んでるだけだろ。 ゲーマー星人を繋ぎ止める効果くらいにはなるだろうが、大して意味は無いな。 「……ん?」 数日経ったある日、いつものように情報収集を行っているとケイタイが鳴った。 ディスプレイの番号に軽く目を見開く、この番号は確か…。 俺は通話ボタンを押してケイタイを耳に運ぶ。 「もしもし?」 『紺の兄ちゃん、俺だ俺!』 「服部か…その呼び名やめろって言ってんだろ」 相手は思った通り服部だった。 武市様からの指令途中で助けられてから、長谷川と同じく妙な縁で繋がっちまった一人。 出会った際の指令が思い出したくも無い内容なんで、服部には悪いが俺はコイツが苦手だ。 服部が悪いんじゃなくて、全ては武市様のせいなんだが顔を見るたびにアレが頭を過ぎるんだよ。 俺と最初に会ったのはもっと昔だと服部は力説するが、俺は全く覚えてない。 「で、何なんだよ?」 『いやそれがよ、今臨時で新しいバイトしてんだけどさ』 「ああ」 話始めと口調からして雑談だろう。 正直聞いてる時間はあまり無いが、そう言えば元お庭番の忍者だって言ってたなコイツ。 この件掻い摘んで話したら何かの情報掴んでくれっかもしれねぇ。 そう思った俺は、切り出すタイミングを計るため雑談に耳を傾けた。 『この間凄ぇ気前のいい客が来てよ、俺がレジやってる時バンバン買っていったんだわ』 「へぇ、そうなのか?」 『それで店長が機嫌良くしちまってよ、そいつに特別割引券渡してまた来てくれって』 「ふーん、そこまでされんなんてよっぽどだな」 『だろ?俺もそいつのおかげで特別手当て貰っちまって嬉しいの何のって!』 「そうか、良かったな」 『多分明日も来るぜ、品揃えいいから飼い込みたいって言ってたし』 服部の声は弾んでいた、相当割りのいいバイトなんだろう。 懐事情にはあまり興味無いしどうやって切り出すか…。 そんな俺の考えは、何の他意も無い服部の言葉によって見事吹き飛んだ。 『けど格好がちょっとアレでさ、全身黄色の触覚タイツ着用みたいで微妙なんだよな』 「……、……は?」 『異星人は分からないわホント。どんな進化したらあんな格好に――』 「おい服部…、そいつまさか二人組みで宇宙船持ってたか?」 『お、よく分かったな。大量のゲーム山にして積んでよ、もうちょっと丁寧に扱えば』 「お前働いてんのゲームショップなのか?」 『あれ、言ってなかったか?そこの店長が――』 「言え!お前何処で働いてんだ!!」 それから俺は、バイト先、奴らが来訪した時間、宇宙船の形、買い込んだゲームの種類。 その他にも必要と思われる内容を細かく聞き出し、すぐさま他の二人と連絡を取った。 決戦は明日、場所はGEOかぶき町支店。 乗り込む戦力は真選組のドライバートリオが中心、その方が確実だろう。 改造されても戦闘力は郡を抜いている、俺が部隊率いるよりもいいはずだ。 正直…、もう指揮は取りたくないしな。 「晋助様からの許可が出ました、此方も条件を呑みます」 「じゃあ契約成立ね、それで行きましょう」 「分かりました、健闘を祈ってます」 「目の前に、鬼兵隊総督…高杉晋助の手掛かりがあるのに……っ!」 「残念だったな、契約反故にしたら俺も保険使うぜ?」 「…分かってる。今回は諦めるけど次は無いからな」 路地裏から戻ってきた俺を見て、恨めしげな密偵の山崎。 ……奴らを捕らえ被害者の身体を元に戻したら、鬼兵隊にもその権利を与える。 ただし隊士全員の身体を取り戻した時点で、再び幕府へと身柄を引き渡す事が条件だ。 俺は、いや鬼兵隊は条件を呑んだ。 そのうえで出した此方の追加条件を向こうも呑み、契約が成立したのでお互いに動く。 俺は待機だ。これ以上の出番が無い今は…戦艦に戻るしかない。 「……分かりました、今から行きます」 数日後、電話を受けた俺は通話を切って目的地へと向かう。 結果から先に言えば、ゲーマー星人は捕らえられた。 ボコボコにされて後ろ手に手錠を掛けられている、全身黄色タイツな二人組みの男。 そのふざけた格好に情けなくなってくる、俺達はこんなのに翻弄されてたってのかよ…。 引き渡される身柄を受け取り、鬼兵隊の隊士に連れて行かせてから俺は振り返った。 真選組の密偵は、悔しげにその後ろ姿を眺めるも動こうとはしない。 「追わねぇのか?」 「約束は約束だ。それに…不本意だけどお前の情報のおかげで局長達を元に戻せた」 「そうか、義理堅いんだな」 念のため俺は周りを探るよう隊士に指示を与えていたが、他に真選組の姿は無いらしい。 もしかしてこの引渡し、近藤達には伏せられてんのか? 俺達を捕らえる絶好のチャンスに義理も何も無い、知ってたら必ず包囲網を固めるはず。 その気配が全く無いのなら可能性は一つ、奴らがこの取引を最初から知らないって事だ。 多分…本気で俺に義理を感じて山崎が伏せたんだろう。 ――コイツ嫌いじゃねーな、別の形で会ってたなら案外気が合ってたかもしれねぇ。 もし、なんて何の意味も無い妄想だが。 「三日後、この場所にこいつらを放置していくから勝手に取りに来い」 「分かった」 密偵達が完全に去っていくのを確認してから、俺は鬼兵隊の戦艦へと戻った。 最初こそ元の身体に戻すのを嫌がっていた天人だが、少し脅しを掛けただけで簡単に屈服する。 半泣きになって作業する姿を見ても同情なんざ湧かない、サッサとやれよ。 そして全員が元の姿に戻り、軽く制裁を加えてから開放してやった。 全身縄で簀巻き状態だ、真選組が引き取りに来るまで逃げられねぇだろ。 こうして鬼兵隊史上最も混乱し、最もくだらない事件はそれなりに幕を閉じた。 俺は鬼兵隊の有り方に口出し出来る立場じゃない。 けど無邪気に喜んでないで、もう少し危機感持った方がいい気がするんだけど…。 |