江戸で謎の事件があった。

亀型の船が海上や上空からやってきて、煙を撒き散らして人々を老人に変えたらしい。

どう考えても大掛かりな無差別細菌テロ、だが何故か数時間で元に戻った。

失敗したのか威嚇だったのかは知らないが、俺は武市様から調査を命じられている。

あれがどこかの派閥か、或いは天人の仕業か情報を仕入れないと危険過ぎるからな。

というワケで俺は江戸にいるんだが、一向に手掛かりは見つからない。

本当に何も無くいい加減挫けそうな状態の中、長谷川から酒に誘われた。

まぁ気晴らしにはなるか、それに数日行方不明だったコイツから連絡来て安心したし。



「……こんな店あったか?」











黒の行方








長谷川に連れてこられ目にした店の名前は、すなっく竜宮城。

最近開店したばかりで、長谷川はそこのママと少なからず縁があるらしい。

けど…すなっく竜宮城か。

あの細菌テロ、亀型の船といい白い煙の効果といい、まるっきり浦島太郎の話だよな。

店の暖簾を潜った俺は、そんなどうでもいいことを考えながら店を見渡した。



「いらっしゃい。…あらアンタかい、そっちの若いお兄ちゃんは?」

「ああ、コイツ俺のダチなんだよ。命の恩人なんだ」

「……どうも。てかいつダチになったんだよ、ただの腐れ縁だろ」



決して愛想がいいとは言えない俺の会釈に、ママさんは明るく笑って応える。

俺の第一印象はそれで決まった、ここは酒の席に悪くない場所だ。

長谷川の横に座って冷酒とつまみを注文すれば、一分も経たない内に全て用意される。

他に客がいないせいだろうが、思ったよりもずっと早かった。

先に猪口へと口をつけていた長谷川が、俺に身を寄せて嬉しそうに囁く。



「アリガトよの兄ちゃん、俺また兄ちゃんに命救われたわ」

「……いや、そんな覚えないんだけど。てかお前どこ行ってたんだ?」



長谷川は赤い顔をしながら上機嫌で話す。

何もかも嫌になって崖から身を投げようとしてた所に、戦艦長の亀に呼び止められた。

曰く、長谷川から亀を助けたニオイがするから竜宮城に招待する義務があるらしい。

何だそりゃ、と俺が口を挟む間も無く更に話す長谷川。

亀を助けた覚えが無いと長谷川は否定するも、ふと思いついたことがあった。

それは、俺が出張に行く間に預かったあの亀。

恩人の俺から預かった亀だからと、長谷川は全力で面倒を見た…ようだ。

戦艦長はその亀の感謝の念が長谷川に染み付いていると、だから助けると言った。

俺の亀のおかげでめでたく長谷川は命拾いをして、竜宮城に招待されました…と。



「…そうか、良かったな」

「兄ちゃん絶対信じてないだろ!そりゃ俺だって最初は信じらりぇらかったろー」

「んな呂律回ってねぇ説明、どこを信じりゃいいか解んねーから」



大体戦艦長って何だよ、どんな亀?

その後も長谷川は深酒をしながら、無人島やら竜宮城やら自慢げに話す。

もうドコまでが本当でドコまでが嘘かすら、考えるだけ無駄だろう。

多分崖から身を投げようとした所までが真実だろうな、そして自殺は思い留まったと。

何で竜宮城に招待されて、最終的に江戸を救った救世主になってんだ。

細菌テロ事件に絡めて話す事で真実性を作ろうとしたんだろうが、逆に無茶苦茶だからそれ。

しかも亀梨とかヅラっちって誰だよ、説明無いから解んないし。



「分かった分かった、信じるから酒は程ほどにしとけ」

「それでよー、俺はグラサンが本体でー、1Kとか言われてよー」

「1Kって何だよ?」

「1昆布分の戦闘力だぜー、酷ぇよなー!」

「酷ぇのはお前の創作設定だ!!」



意味解んねーよ、昆布の何を基準にして戦闘力計ってんだよ。

まぁ酔っ払い相手にしても無駄だけどな。

俺のツッコミを聞いてんだか聞いてないんだか、大声で話す長谷川に俺は溜め息を吐く。

猪口に口をつけたところで、茶碗を洗っているママさんが笑いながら口を開いた。



「あんまり邪険にしないであげてよ、確かに信じられないだろうけどね」

「これを信じるくらいなら、報告書捏造した方がマシです」

「報告書?」

「…俺、前に江戸で起こった細菌テロ事件の調査してるんですよ」

「そうなのかい、そりゃ大変だね。幕府の関係者かい?」

「ちょっと違うんですが…、とにかく手掛かりが全く無くてお手上げです」



ホントどうしようか、何も解りませんでしたじゃ武市様怒るだろうし。

せめてあれが誰の仕業で、どういう兵器だったのかが解ればマシなんだけど。

無表情の説教が来る未来を想像して、俺は疲れたように額を掌で覆い肘をついた。



「竜宮城ってのが移動式巨大高級妓楼だって話は知ってるかい?」

「ええ、それが浦島太郎の童話の元になったんですよね」

「そこの竜宮上の乙姫はね、色々あって地上の人々を全て老人に変えようと企んだんだよ」

「え……?」

「でもある人間達の手によって阻止されて、竜宮城は完全に崩壊して無力化したのさ」



俺に背を向けて話すママさんの口調は明るい、冗談のハズなのに何故か笑い飛ばせない。

何も言えずに黙っていると、洗剤を流す水音がやけに響いた。



「それで瀕死になった乙姫は命も魂も救われて、今は何処かで浦島太郎を待ち続けてる」

「……長谷川の話の補足ですか?」

「さあ?」



俺みたいな若輩者が、目の前の彼女の真意なんて分かるワケがない。

からかい混じりなのに笑い飛ばせない、けど内容を真実とも思わせない…不可解な口調。

このママさんは一体何を知ってるんだ?

それとも何も知らなくて、やっぱり俺に冗談を言ってるだけなのか?

読めない…、俺も密偵やって数年は経ってるが経験を重ねている女の心は読めない。

どういう反応をすればよいのかも分からず、俺は口を閉ざした。



「……の兄ちゃん、気持ち悪ッ…!」

「バカ!何やってんだよ!!」



顔を真っ青にして口許を押さえる長谷川のくぐもった声が、妙な空気を破壊する。

てか気持ち悪いならサッサと言え!お前の世話すんのは結局俺なんだからよ。

胃の内容物を処理する義務は負いたくないので、俺は長谷川を厠に放り込んだ。

出すもの出してから出てきやがれ、背負ってる途中で吐かれたら間違い無く斬るぞ俺は。

ママさんも店の奥にある小部屋で休めと言ってくれたが、迷惑は掛けられないので辞退した。

もう充分迷惑だろうけど。

とりあえず二人分の酒代を払い、同時に後ろから誰かが暖簾を潜る。

その瞬間、俺は長谷川のいる厠の前に立ち入ってきた客に勢い良く背を向けた。



(しっ…、真選組!?)



入ってきたのは真選組局長の近藤勲と、副長の土方十四郎だった。

背中に嫌な汗が滲み伝う、何で…何で真選組がこんな所に来るんだよ!

俺のパニックを他所に近藤がママさんに何かを喚いている。

当然頭には入らない、おい長谷川早く厠から――…



「オイお前」

「はいィィっ!」



最悪な事に土方が声を掛け、俺は飛び上がった。

勿論振り向かない、真選組の密偵からの情報で俺の顔はまず間違いなく割れているからだ。

頼むから、頼むから職務質問とかやめてくれ。

ここは飲み屋なんだ、多少得体の知れない人間が来たっておかしくないだろ?

そういう客が減ったら店の売り上げ落ちるんだぞ?

警察が営業妨害していいの?駄目だよね?だから俺は関係無いんでどっか行って下さい!



「そこにいたら邪魔だ、厠に入れねぇだろ」

「え…あ、すんません今知り合いが中でその…具合悪くて」

「そうか、だったらまぁ仕方ねぇが…早くしろよ?」



後ろからライターの着火音と、少し遅れて息を吐く音が聞こえた。

そして椅子を引く音、どうやら土方はただ厠に行きたかっただけらしい。

良かった、まず第一の危機は脱したようだな。

けど状況が最悪なのは変わらない、ここに留まってたらバレんのは時間の問題だ。

そして長谷川が盛大にリバースマウンテンしているのが扉越しに聞こえる。

……ヤバイ、俺も気持ち悪くなってきた。

口許を押さえ厠の扉に手を付く、胃の中にある黄金郷が突き上げられて空島へ…。



「オイ、お前大丈夫か?」

「……ッ!は、はい…大丈夫ですから…」

「何だったら屯所の奴らに連絡して連れと一緒に送ってやろうか?」

「大丈夫です!そこまで…迷惑掛けられません…ので…」



土方が肩に手を置き俺の顔を覗き込もうとする。

俺は何とか顔を逸らし、吐き気と顔バレ両方に対し不利な戦いを繰り広げていた。

そして厠占領して吐き気の海流に悠々と身を任せている長谷川の声。

長谷川…、お前今度絶対に殴っからな覚悟しとけ。

内心で拳を握って長谷川への殺意を確認するも、土方は俺の顔色を確かめようとする。

こ、これ以上は誤魔化せねぇ…もう駄目か。

晋助様すみません、どうやら俺はここで終わりのようです。

でも絶対情報は吐きませんから、それが俺に出来る最後の恩返し……。



「ぎ、気持ち悪……ッ!」



俺が諦めかけた瞬間、厠の扉が開き長谷川が真っ青な顔で出てきた。

長谷川…、お前間がいいのか悪いのかハッキリしろよ。

けど今に限っては最高のタイミングだ、俺は長谷川を支えるフリをして土方から素早く逃れる。

そして顔を見られないように気をつけながら、長谷川と共に店の出入り口へと移動した。

長谷川の腕を肩に回して体重を支え、もう片方の手で引き戸を開ける。



「じゃあママさん…、ご馳走様でした…」

「あいよ、帰りは気をつけてね」



外に出て後ろ手に扉を閉め、俺はようやく息を吐いた。

先に勘定しといて良かった…やっぱ先払いは大切だな、うん。

近藤がグダグダしてたってのも命拾いの要員、今回も運があったんだろう。

殆どコイツのせいだから礼を言う気は無いが、まぁ助かったのも事実だし送ってやるか。

俺はすなっく竜宮城から逃げるように歩く、長谷川背負ってっから足は遅いが。



「ちょっといいか?」

「……はい?」



後ろから声を掛けられて、俺は振り向かずに立ち止まった。

まさかまた真選組が…、再び背中に嫌な汗が流れ表情が強張っていく。



「今二人とも、すなっく竜宮城から出てきただろ?」

「…ええ、そうですけど」

「そこにいるママさん、綺麗な乙姫様だったか?」



追求された事は予想とは全く違う内容だった。

顔を見ていないので分からないが、声からして若い男…か?

けど…妙な事を聞く男だ、すなっく竜宮城はすぐそこなんだから実際入ればいいだろうに。

それに、綺麗な乙姫様かって言われてもな。

返答に困る、いや別にママさんが綺麗じゃないって意味じゃないけど。



「…俺はあの店初めてですし、個人の感想になりますが」

「それでもいいから、教えてほしい」

「優しくておおらかで素敵な女性です、あの店が竜宮城なら間違いなく乙姫様ですね」

「……そうか。あの人達が本当に救ってくれたんだな」

「あの、連れが具合悪いからもう行きますんで」

「ああ引き止めて悪かった。それと君が背負ってる彼にありがとうって伝言を頼めるかい?」

「はあ…別にいいですけど貴方の名前は?」

「浦島って言えば分かるよ」



俺が振り向いた時、その男らしき人影はすなっく竜宮城に入っていくところだった。

その場に残された俺は、呆然と立ち尽くす。

浦島…って浦島太郎?それが何で長谷川に礼なんか言ってんだよ。

そこで俺はふと思い出す、酔った長谷川が自慢していた竜宮城トンデモ冒険記を。

背負った長谷川を横目にすると、まだ青い顔をして苦しそうに唸っていた。

―――まさか、な。



「に、兄ちゃ…ん……」

「分かった分かった、今近くの公園に連れてってやっからもう少し我慢しろ」

「出来れば…家が……いい…」

「はいはい。とにかく吐きそうになったら直ぐに言え、俺の横で吐いたら捨ててくぞ」



後日、俺は鬼兵隊に報告をした。

結局の所細菌テロ事件については何も分からなかったので、それをそのまま。

武市様から注意は受けたが、武市様自身も分かるとは思っていなかったらしい。

それほど経たない内に開放された俺は、通常の業務に戻って雑用をこなす。

……俺は細菌テロの解明について、一番近い場所にいたのかもしれなかった。

何となくだがそう思えてならない、けどそれを報告する気も再調査する気も無かった。

証拠が無いただの勘で動くほど鬼兵隊は暇じゃないからだ、晋助様や幹部方は例外だが。

それに…あの事件はこれ以上弄ってはいけないと、俺の勘が伝えている。

触れるなと、無闇に触れたら大切なものを失うと。

だから俺は何もしない、失うのが怖いから。



(……馬鹿か俺は)



今更無くすものなんて無い、今更失うものなんてあるハズないのに。

……分かってるがほんの僅かだ、俺の闇を満たす事なんざ永遠に出来ない僅かなそれ。

そんなモンにすがり付いても、結局は消えて砕けて去って終わる。

頭では理解してるのに、それでも捨てられないそれを俺は黙って握っていた。







俺は遅かれ早かれ全てを失う道を歩いてる。

けど…もう少しだけ、時間が許す限りは腐れ縁を繋いでてもいいよな?







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