「万斉様、もう伊東は近くにいませんよ?」

「……不協和音が耳に残っている。それに拙者、奴を運ばねばならぬ」

「なら、せめて鼓膜破れない音量にして下さいね」



音漏れが凄いヘッドフォンを見ながら、俺はグローブの端を口で噛んで引っ張った。

伊東は近藤と共に貸切にした列車に、万斉様はバイクで第一集合場所に、俺は列車潜入に向かう。

それぞれ自分のバイクに跨ると、俺と万斉様は一旦別れた。

右耳と左耳にそれぞれ連絡用のマイク、懐には振動モードにしてあるケイタイ。

今回の作戦は情報回しが命、俺の仕事量は半端じゃねぇ。

伊東達が作戦通りに近藤と土方を消して、その後伊東を始末出来れば鬼兵隊への被害は最小限で済む。

けど世の中は常に思い通りになんか行かない、きっとどこかで綻びが生じるんだろうな。

悲観主義はやめろと言われてるが、楽観主義になって犠牲を増やすワケにはいかないだろ。



「………………」



真選組が乗り込む前に、俺は運転車両に身を潜めて出発を待った。

しばらく待つと伊東が全員乗り込んだと知らせに来たので、俺はボタンを押して出発させる。

列車は自動運転なのでこれで全て済む、天人の技術任せの…便利な世の中になったモンだ。

外から列車を追走するのとは別に、列車内部の様子を逐一報告できる人員が今回は必要だった。

この役は他の隊士には危険すぎるので志願した、今まで密偵やってきた俺なら勝手も引き際も分かるしな。

俺は周りの景色を眺める、近藤はまずこちらには来ないので身を隠す必要は無い。

伊東も出発の際に何も言わなかったので、作戦は今の所順調なのだろう。



「………………」



空から日が落ち回りの景色が完全に夜に沈めば、俺は胸に下げてある御守りを着物の内側から出した。

袋を開けて中身を手の平に乗せる。

それは列車の窓から見える外と同じ色をして、刀傷が刻まれている黒メノウ。

興味の無い者からすればただの黒い石だが、世間一般に認められている立派な宝石の一つだ。

俺が鬼兵隊にいる理由であり、桂一派との争いで俺の心臓を護ってくれたもの。

傷を受けても変わらずにあるその石を、俺は手の平でギュッと握り締めて目を閉じた。



「絶対に思い知らせてやるからな…?」



その瞬間、列車が激しく揺れて電気が消える。

すぐに非常灯が作動したが、まさかあの爆弾が誤作動起こして先に爆発しちまったのか!?

俺は握っていたそれをすぐに袋に戻し、マイクのスイッチを入れて連絡を取る。

相手は伊東の側近、篠原…だったか?名前はよく覚えてない。



「今の爆発は、一体何がありました?」

『お、沖田総悟が裏切った!奴が列車内に爆弾を…!』

「沖田総悟が?爆弾、爆弾……」



成程、列車内に爆弾が仕掛けてある事に気付いて木の葉を森に隠し先手を打ったってワケか。

沖田総悟が伊東についたって時点でおかしいと思ってたが、真選組の密偵と組んで内情探ってたのか?

だけど残念だな沖田総悟、お前が見つけただろう爆弾に…伊東の息は何一つ掛かってねぇよ。

お前が森だと思ったあの爆弾は俺達にとっては木の葉、今の爆発は森として利用させてもらうぜ。



「…予想外の事態ですね、なら俺は他に仕掛けが無いか探ってみますんで」

『あ、列車を止めるなと伊東先生から指示が……!』

「ええ、俺も同感です。こちらの機材に異常は無いのでこのまま運転は続行、近藤は頼みますよ」



マイクの通信を切って、俺はケイタイに番号を打ち込んだ。

数度の発信音の後に取られる電話、相手は勿論万斉様だ。

窓の外では万斉様を先頭にして、鬼兵隊の装甲車やバイクが列車を追走している。



「緊急事態です、沖田総悟が近藤を連れて列車内を逃げています」

『やはりか。しかしたった二人でとは…ロックな連中でござる』

「列車を停車させるなと伊東から指示が出ています、どうしますか?」

『それで良い。それにこちらも大幅に作戦を変更する必要があるでござるからな』

「………………!?」



どこか楽しそうな口調の万斉様とは裏腹に、俺は目を見開いた。

鬼兵隊の追走とは別の集団が、列車と俺達を追いかけてきている。

夜に染まった世界ではこれ以上無いほどに目立つ赤ランプ、どう見ても警察車両…パトカーの集団だ。

くそっ、真選組全員に計画が露見したのか?何でだ!?

一瞬伊東が裏切ったのかとも考えたのだが、だったら俺はとっくに殺されてるハズ。

俺とは真逆の落ち着いた口調な万斉様に、自制心が働いて少しずつ冷静になっていく。



、先程から白夜叉が真選組として土方十四郎をバックアップしているようだ』

「え?」

『前回の戦で春雨を退け、戦艦を桂小太郎と共に脱出したあれは脅威になろう』

「……はい」

『故に拙者が奴を抑える。
 その間に全権を委任するでござる、ぬしが戦場の指揮を執れ』



驚愕なんて言葉じゃ表せないほどの衝撃に、俺は声も出なかった。

確かに白夜叉がこの場にいるのなら、それを抑えられるのは万斉様しかいない。

けど、その間俺が万斉様の代わりに戦場の指揮なんて出来るのか?

下っ端の俺がいきなり権力を与えられ、それを思いのままに動かすなんて…。

一歩間違えればとんでもない事態になる、そんな力を俺が持って平気でいられるのか?

不安が爆発的に広がり息を呑む、冷や汗まで滲み出てきそうだ。

だが……。



、出来るな?』

「はい、やらせて下さい」



万斉様がこれしかないと結論を出した、その上で俺を選んで指揮の許可を出した。

なら俺に出来る事は一つしかない、ビビってる場合じゃねーだろうが。

こうなった以上俺はやれるだけのことをやる、権力を持ったって…俺はあいつらとは違う!



『電話越しでは魂の鼓動を直接聴き取れぬ、だが…いい曲だ』

「え?」

『予定通り伊東は回収する、その後はまた後で連絡するでござるよ』

「分かりました」



一旦通話を切って、俺はケイタイを再び懐に仕舞いこむ。

鬼兵隊隊士からの情報によれば、近藤のいる車両は切り離され伊東達は手が出せないらしい。

どうやら俺は近藤と二人っきりのようだが、俺は手を出さない事にした。

近藤と一騎打ちして勝てる可能性は低い、それに俺は万斉様から指揮を執るように言われたばかりだ。

戦場において、大将及び指揮官は決して死んではならない。

もし万斉様から部隊の指揮全権を任せられていなければ、当然討ち死に覚悟で向かっていったが。



「……っ…!」



篠原と連絡がつかなくなり、片方のマイクを捨てて僅かでも身体を軽くする。

その間にも何度も爆発が起き、鬼兵隊の装甲車が光と煙に包まれて数を減らしていった。

――桂一派との戦、俺は別口で動き途中で動けなくなったから犠牲になった奴らの姿を直接見ていない。

だが今は違う、俺の目の前で隊士が何人も…真選組の刃で倒れていく。

戦場で人が死ぬのは当たり前だ、増してや俺達は吹っ掛けた側。

返り討ちにされた所で文句なんて言えやしない、けど…それでも俺にとっては。

マイクの目盛りをずらしてから、俺はスイッチを入れて口を開いた。



「全隊員に告ぐ。万斉様からの命令により俺…が臨時で指揮を執る」



万斉様は白夜叉こと坂田銀時を抑えてくれる事、それにより俺に指揮権を移した事。

そして何かあれば必ずこちらに連絡する事を伝え、俺は一方的に通信を切った。

今のは全装甲車、及びバイクとヘリコプターの無線に繋がるように調節してある。

万斉様が回りを気にせずに白夜叉に挑める環境を作ること、それが俺の第一の仕事だ。

――胸に入れたケイタイが震え、俺は通話ボタンを押す。



「はい、もしもし」

、伊東殿は列車内で土方十四郎を仕留める心積もりだと申しておる』

「はい、了解です」

『よって作戦Fに切り替える故、タイミングはぬしが計れ』

「……分かりました」

『拙者はこれより白夜叉と一戦交える、後は任せたでござるぞ』



伊東を殿付けで呼んでいるという事は、バイクの後ろに伊東が乗っているんだろう。

万斉様が言う作戦F、それはこの列車が鉄橋を渡った瞬間に爆破して列車ごと落とす策。

近藤の暗殺が問題無く行われた時には使わない予定だった、当然伊東達は知らない。

伊東を列車に乗せて土方と戦わせる、これはつまり――

伊東、土方、近藤以下列車に乗っている者全てを抹殺しろという事だ。



「…A、応答しろ」

『こちらヘリ部隊A、どうした?』

「万斉様から作戦Fの始動命令が出た、鉄橋付近で旋回待機してろ」

『了解』

「くれぐれも近づき過ぎんなよ、必ず鉄橋が爆発してから列車に寄れ」

『……、死ぬなよ?』

「死なねーよ、ちゃんとタイミング計って脱出する」



運が良ければな。

口には出さず内心だけで呟いてから、俺は安心させるように口調に明るさを含ませる。

そして変な揺れと共に、何か硬いものが潰されていく耳障りな音が響く。

列車のスピードも極端に落ちたが、一時的だったようで直ぐに復活した。

俺はケイタイの端末に番号を打ち込み発信ボタンを押す。

耳に当てると発信音が鳴っており、それを聞いた俺は回路を切断した。

……これで橋に仕掛けた爆弾は作動する、列車通過の際に光が何秒か遮られると爆発する仕掛けだ。

一応俺がいる場所は運転席、本当の先頭車両だから爆破そのものの巻き添えになる事は無い。

だが当然爆発による衝撃は来るだろうし、思わぬ二次災害が起こる可能性も高いだろう。

運が良ければ無傷、悪ければ死ぬ。



……」



気がつけばアイツの名前を呟き、御守りの袋を握っていた。

怖くないと言えば嘘になるが、気持ちは何故か穏やかで冷静だった。

鬼兵隊隊士に連絡し、近藤達が外から見えるか聞いてみる。

近藤達は分からないが土方と伊東が場所は分かると返ってきたので、何車両目か教えてもらい準備をした。

スピードを調節し、その車両が上にある時に爆弾が爆発するようにする。

――後はなるようにしか、ならない。



「………………」



俺は外を見た、相変わらず鬼兵隊と真選組が争いを続け双方の人員を減らしている。

生きたい。

まだ死ねない、俺がこの列車の爆破で死んだら指揮を執る者がいなくなって犠牲者は更に増える。

今まで戦場で生きたいなんて思っていなかった、でも今回はハッキリと願う。

列車が鉄橋に入った。



「………………!!」



次の瞬間、今までとは比べ物にならないほどの衝撃と轟音の洗礼を受ける。

扉を閉めていても強い熱風が流れ込み、ガラスが割れて降り注いだ。

立ってられず呆気無く倒れこみ、咄嗟に頭を庇うように身を丸めるも何の意味も無い。

俺の身体は翻弄され、あちこちに全身を打ちつけ、痛みを感じるよりも先に意識が遠のく。



生きたい、犠牲を最小限に抑えるために。

生きたい、一人でも多く生かすために。

生きたい、俺の力で戦場から一人でも多く生かしたい。



意識は急激に薄くなっていく、自分がどうなってるのかも分からないまま。

初めて戦場で生を求めた俺を嘲笑うかのように、最後に知覚したのは血の味だった。







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