俺は独り蹲っていた。

誰が通りかかろうが、誰が俺を罵倒しようが、誰が俺に手を出そうがどうでもよかった。

何が起きても反応せずに、何をされても関心を持たずに。

死人と変わらない生活を路上で続けていたある日、あの人は俺を横目にして足を止めた。

俺が何の反応も見せずにいても、あの人は俺をジッと眺める。

そして誰をも惹き込むだろう妖しい笑みを見せ囁く、その瞬間…俺は初めて外部に反応した。

俺の反応に満足したように再び耳元で告げられる言葉、それは――






「……ッ…ぅ……」



薄っすらと目を開いて、最初に映ったのはガラスの破片だった。

全身から鈍痛が発せられ何とか身を起こし、額に手を当てると手の平にベットリと血が付着する。

着物に付いたガラスの欠片を簡単に払いながら、俺は壁を支えに立ち上がって周りを見渡した。

……真っ暗、鉄橋、列車内?

荒い息を吐きながら外に出ると、鉄橋が渡れなくなっており列車の長さも半分になっていた。



(……伊東?)



俺は懐から双眼鏡を取り出し暗視用にして覗く、そこには川に落下しかかっている伊東の姿があった。

腕が無い、どうやら爆発のせいで千切れ飛んだらしいな。

俺はとりあえず五体満足、出血はあるしガラスの破片が突き刺さっていたりするが…。

生きてるだけ上等だ、どうやら今回も運が良かったらしい。

マイクのスイッチを入れて応答を確かめる、多少雑音が入るもコッチも良好だ。



「A、応答…しろ」

『おお!無事…った…か!!』

「いいから聞け。…伊東が川に落ちかかってる、今すぐ向かって…射殺しろ」

『……了解』



マイクのスイッチを切った俺は、ヘリコプターが近づいてくる音を耳にして列車内に身を潜める。

そして監視を続けた、Aヘリが伊東を始末したら向こうに移してもらうか。

ここだと何も見えない、怪我で多少動きは鈍くなってるが…情報は集めねーと。

双眼鏡越しに伊東の怯える顔が見え、Aヘリが銃を乱射し始める。

けど当たらない、当たったと思ったら伊東の隊服が引っ掛かってる鉄鋼だし。

――チッ、主要キャラの法則が適用されちまったか。

これが発動すると銃使おうが核使おうが攻撃が当たらなくなる、または都合により死ななくなる。

多分原作の方で伊東の心情シーンが…、いやこれ以上は放送コードだな。



「……ッ、近藤!?」



心情シーンが終わ…いや、伊東が落下した瞬間近藤が伊東の身体を支える。

何!?伊東は近藤を暗殺しようとした張本人だってのに、何考えてんだ?

ヘリコプターの爆音で近藤が何を言っているのか分からないが、伊東の表情が柔らかくなっていく。

Aヘリが近藤もろとも伊東を撃ち殺そうとするが、主要キャラの法則に護られ攻撃が当たらない。

近藤が伊東を、沖田総悟が近藤を、隊ちょ…志村新八が沖田総悟を、女の子が志村新八を支えている。

――待て、だとしたら土方十四郎はどうした…?

俺は双眼鏡をあちこちに動かす、すると…列車上部に黒い影が動いているのを捉えた。



「退避だ!今すぐ列車から離れろォォォ!!」



俺の叫びと、土方十四郎がAヘリのプロペラを斬り離すのは同時だった。

プロペラが無くなったヘリがどうなるかなんて、この光景を見なくても嫌でも分かる。

まさしく翼をもがれた鳥となったヘリコプターは、鉄橋下の川に墜落していった。

俺の目の前で、鬼兵隊の隊士を乗せたまま…。

全身から力が抜けてその場に座り込む、情けない事に全身が震えて動けなかった。



「俺の…せい……」



俺がもう少し様子を見てから指示を出せば、土方が潜んでいる事を見抜いていれば。

Aヘリの奴らは死なずに済んだ、だったら俺が殺したも同然だ。

これが権力か?たった一言で人が動いて、たった一つのミスで人が死ぬ。

組織内での権力って、こんな恐ろしい力だったのか?

アイツはこの力に消されたのか?この力で存在を消されたのか?

いつの間にか無意識に御守りを握り、その硬い感触に俺は我に返った。



「…全隊員に告ぐ!列車内にはまだ近藤、土方、伊東らが生存してる。
 手が空いてる奴は列車内に行き全員斬り捨てろ、Bヘリは今から列車に接近して狙撃だ」

『了解!』

「それからC、俺を向こう側に渡してくれるか?」

『分かった、今そっち側に行く』



指示を出し終えた俺は壁を支えにして天を仰ぐ。

……本当はAの救助に向かいたいし向かわせたい、もしかしたらまだ生存してるかもしれない。

だが真選組と鬼兵隊が地上で斬り合いをしてる以上、そこに人員を割く余裕は無かった。

判断を違えればまた犠牲者が増える、だから…。

胸の辺りに鋭い痛みが走る、全身から発せられてる鈍痛の何倍も痛く苦しかった。



「乗れ!」



Cヘリの奴らがヘリコプター独特の爆音に負けないよう叫ぶ。

俺は痛む身体を引き摺るようにして乗り込み、数秒の飛行が終わらせ向こう側へ降り立つ。



「お前達は近くで旋回待機してろ、万一の保険だ」

「分かった。気をつけろよ」



俺は僅かに頷いてCヘリを旋回待機させ、爆破で破壊された列車を密かに視察する。

近藤達は乗り込んできた鬼兵隊隊士を斬り捨てていた、やっぱ並みの隊士じゃ歯が立たねぇか…。

そこへ俺が呼んだBヘリが到着し、列車近くまでヘリを寄せて銃撃を始めた。

これなら流石に無傷では済まないだろう、俺は着物の袖で額の血を拭いながら目を細める。

――煙が晴れた時、全身に鉛弾を受けて血塗れになっているのは伊東だった。

同時に、銃撃を続けようとしたBヘリに二つの影が突っ込んでくる。

一人は坂田銀時、そしてもう一人は……。



「ば…っ……!?」



出掛かった呼びかけを俺は途中で飲み込んだ。

ここで目立つのはマズイ、俺の存在を知られるのは本意じゃない。

ここまで作戦がガタガタになったら立て直すのは不可能だが、俺にも密偵としての意地がある。

それに…万斉様なら大丈夫だ、白夜叉の一撃とはいえあの程度で死ぬはずがない。



「白夜叉ァァ!!」



よし、思った通り元気爆発だ。

万斉様の無事を確認した俺は冷静に辺りを見渡す。

……近藤と土方の暗殺は、こうなった以上もう無理としか言いようがない。

伊東は放っておいても死ぬだろう、いくら主要キャラの法則があってもあれでは生存は無理だ。

表向きの首謀者として伊東の首を置いていけば、真選組もそれほど深追いはしないハズ。

警察の人間が攘夷志士と内通し、あまつさえ組織乗っ取りをやらかしたなんて世間に知れたら大騒ぎだ。

世間一般の信用を失えば真選組は本当に消える。

伊東はどの道死んでもらうつもりだった、奴の身柄で収拾が付くならそれに越した事は無い。

坂田銀時も落下したようだし、Bヘリの奴らに連絡して万斉様乗せたまま退避を――



「………………!?」



そこで俺は気付いた、万斉様の三味線の弦がヘリのフロントに滅茶苦茶な状態で絡み付いている事に。

双眼鏡越しに俺は呆然とする、万斉様…何でそんな風になるまで気付かな……じゃなくて!

坂田銀時に銃撃を行うも主要キャラの法則、しかも主人公バージョンが適用され掠りもしない。

くそっ、俺には絶対使えないし使われない力…!

万斉様達の抵抗も虚しく、ついにヘリコプターが地面に叩きつけられ爆発した。

全身の血が瞬時に沸騰し、音を立てて引いていく。

――呆けてる場合じゃねぇ!



「……聞こえるか?これ以上の作戦続行は不可だ、よって退避命令を出す!」

!万斉様が――!!』

「心配すんな俺が何とかする。…だから、一つだけ頼まれてくれねーか?」

『何だ!?』

「…なるべく真選組の目を惹きつけて欲しいんだ、その間に俺は万斉様を救出する」



それは隊士の命を餌にしろという、指令者にあるまじき言葉。

俺にもっと力があれば、真選組の奴らと渡り合うような力があれば告げずに済んだ命令。

口調は命令じゃなくて頼みに近いが、言われた方は何も変わらない。



『…了解、万斉様は頼んだぞ?』

「ごめんな…、本当に悪い…っ……!」

『何言ってんだよ馬鹿、これが戦だろ?俺達の命で万斉様救えるんならイイじゃねーか』

「……ッ……!」



俺が今まで通り命令される側の人間なら、この言葉には真っ先に頷いていた。

立場が変わるだけでこんなにも違う、上の人間はいつも誰かを切り捨てる痛みに耐えてきてたんだな。

勝てるワケがない、今までこの痛みを知らずに組織にいた俺が晋助様や幹部方に勝てるワケがない。

俺が自分の命を捨てようとした時、誰か一人でも心を痛めた奴がいたとしたら…。

俺は精一杯生きないといけない、俺のせいでその誰かが傷付く事の無いように。

これは自分の命を粗末にしてきた俺に対する、最も効果的な罰かもしれないな。

真選組が隊士を斬り捨てている中、歯を食い縛って駆け抜けヘリが落下した地点へと急ぐ。

万斉様は何とか自力で脱出できたようだが、重症を負っているらしく血だらけだった。



「万斉様!!」

「…、ぬしも生きていたか」

「…近藤暗殺は失敗。これ以上は続行不可と判断し撤退宣言を出しました」

「妥当でござるな、伊東を差し出せば一旦の収拾は付くであろう」



万斉様がふと顔を上げ後ろを見る。

そこには…頭から血を流した白夜叉が静かに佇んでいた。

万斉様は何も言わず動こうともしない、白夜叉も万斉様を見たまま動かなかった。

やがて万斉様は白夜叉から視線を外し足を進める。

白夜叉も万斉様から視線を外し、今度は何故か俺を見た。

俺は目を細めて白夜叉の視線を受け止め、すぐに外して万斉様の後を追う。

白夜叉も真選組も追ってくる様子は無い、俺達は暫く無言で線路沿いを歩いた。



「万斉様、俺は今までより少しだけ…生きたいと思うようになりました」

「……そうでござるか」

「俺は生きます、俺が死ぬ事によって鬼兵隊にマイナスの影響が出る限り」



俺達は攘夷志士、大多数の者から忌み嫌われ死を望まれる集団だ。

情報漏洩を防ぐため死体すら残せない、墓も無い。

俺達がこの世に生きた証は、決して残す事を許されない。

この戦で散った奴らがこの世界に存在していたという事実は、俺達生きている人間が証明するしかない。

そのために俺が今出来る事は、たった一つだけ。







夜が明けて、朝日が全てを暖めるために顔を出す。

死んだ奴らが精一杯生きた証は、頬を伝う透明な筋となり…太陽の光を反射した。







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