様子を見に行った時、既に彼以外は誰もいなかった。

四肢を繋ぐ鎖は変わらないまま、比喩を抜いて打ち捨てられた人形と化している。

うつ伏せに倒れ伏し身動ぎもせず、息をしているかどうかすら傍目には分からない。

刻まれた痛々しい痕、全身から滴るまで掛けられた白濁、機械音だけが破る静寂。

ここからハッキリ見えるのは背中だけ、しかし陵辱の度合いは簡単に把握できた。

哀れさを誘う姿が凄まじい色香を醸し出し、そっと唇を舐める。

鉄格子の錠を外し、中へと足を踏み入れ陵辱という作品に手を加えた。



「…っ…ぁ……」



髪を掴み上半身を引っ張り上げても、黒の侍は意識を取り戻さなかった。

それでも小さな呻き声を上げたので生きているとは分かる。

この程度で死なれては面白くないので、それは当然だが。

薬の後遺症か、または行為による疲労か、或いは現実からの逃避か。



「………………」



ごぽり、と形容するのが一番近い音がした。

見ると彼の臀部から白濁が溢れ床を静かに汚している、身体が揺れた弾みだろう。

あの後一体何度犯されたのだろうか、その量は留まる事を知らない。

噛み痕、爪痕、鬱血、ミミズ腫れ。

頬には張られた痕、唇には噛み締めた痕、腹には殴られた痕。

腕にも足にも背中にも無数の痣が刻まれ、血が滲んでいる箇所すらある。

無残としか表現の仕様が無い、役目を終えた使い捨ての玩具の姿だった。



「……ッ!?」

「……はぁ…はぁ、…ッ触るな…!」



気絶していたと思っていた侍の腕が突然動き、髪を掴む手を払い除けたのだ。

当然威力は無い、だが予想外の気迫に手を離してしまった。

重力のまま上半身を崩れ落ちさせながら、それでも此方を睨み上げる黒い侍。

満身創痍だ、このまま頭でも踏みつけてやれば抵抗も出来ないまま死ぬだろう。

だが…。



(……凄いや、侍ってみんなこんな眼を持ってるのかな?)



極限まで追い込まれ死の寸前に見せる相手の目は、常に絶望か憎悪と決まっている。

自分が今まで殺してきた相手はそうだった、例外は無い。

地球に来て、鳳仙を破ったあの銀色の侍に会うまでは。

甘いと己が一笑するその行動が、最強といわれた夜王を倒した時…。

侍という種族に興味が湧いた、その全く異質の強さに。

絶望でも憎悪でもない、何かを護るため戦っていた銀の侍と同じ眼を目の前の彼もしている。

武器も無い、救援も無い、全てを敵に握られた状況で何故この眼が出来るのか。

何者にも屈しない、死して尚止む事がないだろうと思わせる強い意志。

知りたかった、侍の強さの根源を。

知りたかった、眼に宿る感情の正体を。

そして打ち砕きたかった、己を更なる高みへと昇華させるために。



「無様だね。あの後何回ヤられたのかな?」

「………………」

「ほら答えてよ、俺が質問してるんだから」

「…ッ、ぐ……!」



靴裏で手を踏み躙ってやれば、飲み込み切れなかったらしい苦痛の声が漏れる。

それでも答えようとはしなかったが。

言う気が無いのか知らないのか、まぁ両方だろう。

それよりも、屈辱が勝っている今の彼の眼には憎悪しか宿っていない。

痛みでは駄目だと、何となくそう思う。

憎悪は怒りを元にして生まれる感情、そして怒りは生きる力そのもの。

つまり今、黒の侍は命の危機を感じ外敵に対する憎悪を燃やして生き延びようとしているのだ。

自分はそんな物求めていない、それは既に見飽きている。

あの眼を見るためにはどうすればいいか、確信めいた直感で動いた。



「……っ、ひっ…!?」



黒の侍の声が裏返る。

身体を蹴り上げ仰向けにしてから、彼の自身を握り込んだだけで。

抵抗は無い、いや…したくても出来ないのだろう。

薬の後遺症と多大な疲労が混ざり合い身体が動かないのだ、既に振り払う力も無いらしい。

そんな状態で意識を取り戻し、一度だけとは言え腕を振り払った彼の精神力が異常なのだ。

火事場の馬鹿力、それは奇跡に近い無意識の産物。

何度も起こるものではないそれを、彼は一瞬前に使ってしまったのだ。

よって、現時点で無抵抗となっても誰が黒の侍を責められるというのか。



「んぅ…っ、ァァ…ぁ!」



力無く震える身体、すすり泣きに近い嬌声。

憎悪はあっという間に消えた、怒りの感情はある種のエネルギーが無いと持続出来ないからだ。

体力の限界を超え、それでも再開される拷問に耐えなければならない。

決して弱音を吐かず、決して媚を売らず、決して精神を壊さないで。

これを成し遂げなければならないのだ、憎悪に意識を割く余裕が何処にある?



「あっ、はァ…ぁ、やぁっ…!」



尿道口を軽く抉った瞬間、傷付いた身体が泣きそうな声と共に小さく跳ねた。

しかし今の彼にとって跳ねるという行為は、大きく波打つのと何ら変わりない。

面白いので何度も繰り返してみた。

叫ぶ力は無いらしく身を揺らす強さも変わらない、しかし代わりにどんどん涙声が強くなっていく。

ついに目の端から涙が溢れ、下半身と同じように己の体液で濡れる。



(見つけた、この眼だ……!)



ガクガクと身を震わせ、涙に濡れ、一見すれば屈服したとしか思えない状態。

しかし、眼の奥を覗き込んだ神威は望む物を見た。

追い詰められ、それでも決死の覚悟で何かを護ろうとする眼の光。

酷く分かりにくい中に銀色の侍と同じ、あの時の眼が確かにあった。



「ひぅっ、んァッ、あぁぁ…ァ…」

「……もしかしてイけないの?もう搾り尽くされちゃったんだね」

「…ッひァ、やっ…あ!」



銀の侍と黒の侍、場面がまるで違うのに何故同じ眼をするのかが分からない。

あの、侍特有の眼の光。

銀の侍は分かる、彼は吉原で何か大きな物を背負いながら決死の思いで戦っていた。

自ら枷を背負うなど理解不能な行為だが、それによりあの眼で夜王を打ち倒したのだ。

しかし…、黒の侍は分からない。



「あっ、ひァ…ぁ、あぐっ…!!」



尿道口を爪で抉ると腰が跳ねる、そして脱力して冷たい床に沈んだ。

面白いので何度も試してみる。

漏れる声こそ段々と小さくなっていくが、痙攣と涙の量が増え欲を煽った。

段々と虚ろになっていく目、それでも何故か神威の求めている光は消えない。

この状態でも最後の一線は捨てない、それは本当に死して尚消える事は無いと思わせる輝き。

これが侍、なのだろうか?



「団長」

「今面白い所なんだから邪魔しないでよ、殺しちゃうぞ」

「俺だって見たくねーよ、アンタのお楽しみシーンなんざ」



近づいてくる足音には気づいていたし、振り向かなくとも声の主は分かる。

鉄格子の向こう側からの疲れたような溜息が、鎖が鳴る音に重なった。



「そのまま鍵掛けちまったら、少しは大人しくなってくれんのかねぇ…」

「その時はこの鉄格子ぶち破って、お前を殺しにいくだけだよ」

「だろうな、まだ命は惜しいんでやめときますよ。……提督がお越しだ」

「面倒臭い、付き合ってる暇無いから阿伏兎行ってきてよ」

「第七師団の団長はアンタだ。少しは団長らしくサッサと行って下さい」



自分の事を知り尽くしている阿伏兎だ、この状態で行くはずが無いと分かり切っている。

それでも行けと言っているのは、阿伏兎が説明しても向こうが納得しなかったからだろう。

それなりに重要な話なのだろうか、興味は無いが。

自分が弄んでいる、目の前の男を見下ろした。

もう少し遊んでいたい、そしてこの男から知りたい。

何を護っているのか、何を待っているのか、何故屈しないのか。

このまま呼び出しを無視すれば、自分がいない時に彼に向かって報復がくるかもしれない。

仕返しが怖いだろうから殺されはしないまでも、面白くない事が起こる可能性は高かった。

……折角見つけた玩具を他人に取り上げられるのは癪に障る。



「仕方ないから行ってくるよ、くだらない事だったら提督殺すから」

「はいはい」

「阿伏兎、俺が戻ってくるまでにこのお侍さん洗っといて」

「はいはい」

「ついでに掃除と夕食も奢ってね」

「はいはい……はい?」



生返事をしていた阿伏兎が何かを言う前に、神威は立ち上がり檻を出た。

しかし己の保身と権力については人一倍、いや天人十倍強い強欲な提督がここに来るとは珍しい。

普段なら此方を呼びつけると言うのに、わざわざ第七師団の船に直接足を運んだのだ。

よほどの何かが無い限り、そんな事はあり得ない。

己に権威があると勘違いし、命令によって個人や団を動かす事に悦を感じる人種なのだから。

要件に見当がつかない。

一つ分かるのは、提督に食事を奢らせる事が出来ないという事実だけ。

自分が向こうに呼ばれたのなら、問答無用でやらせられるのだが。

途中で服を着替え、手を洗い、客間扱いとなっている部屋の扉を開けた。



「どーも提督、何かお土産ありますか?」



適当な挨拶を咎めもせず、提督は無言で袋を差し出した。

そこからは豊潤な肉の臭いがして、神威は元々浮かべている笑みを更に深め遠慮無く受け取る。

向かい側に座って袋を開くと、期待を裏切らない骨付き肉が十本ほど入っていた。

取り敢えず小腹を満たす程度にはなるだろうと、神威はその場で食べ始める。



「あざあざお土産あいがおうごあいあふ。で、要件はあんえふかアホ提督」

「今アホって言ったよね!?物凄くハッキリ言ったよね!?」

「気のせいですよ気のせい、それより俺忙しいんで手短にお願いします」

「……まぁ良い、ワシも今回の件は早急に解決したいのでな」



少しだけ腹が満たされて、神威はようやく向こうに座る相手の様子に意識を向けた。

阿呆提督の顔には全く余裕が無く、額にびっしりと汗が浮かんでいる。

元々脂が乗った体形をしているので不自然ではないのだが、いつもと違い全く余裕が無い。

普段は己を勘違いしているため、何処か人を見下したような態度が標準装備なのだが。

ほんの少しだけ訝しみながら肉の骨を噛み砕いていると、提督が顔をしかめて厳かに告げる。



「貴様が拾ってきた人間、即刻我らに引き渡すのだ」





闇を捕らえた兎が、微震を見る。

獣を住ませた侍が、奪還に動く。










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