全身が痛い。

両手両足はそれぞれ鉄の枷を嵌められ、鎖により壁に繋がれて拘束されていた。

ヘッドフォン、サングラス、三味線も当然のように取り上げられている。

鎖は意外と長いので、歩けずとも体勢は自由に変えられた。

重々しく鳴る鎖の音に万斉は目を細める。

完璧なまでの武装解除、二重三重の拘束、見張りの姿こそ無いが相応の設備はあるはず。

現時点での脱出は不可能だ、何か転機が訪れない限り。

その状況の変化は近い内に現れるだろうが、それまでに策を練る必要がある。

――血が巡る度に痛みが響き、脈打つそれによって冷静さを失わないとは何と言う皮肉だろう。

万斉は苦笑した。



(晋助…すまぬな)



最後にあの男と戦ってから、一体どれ程の時間が流れたのだろう?

携帯電話も時計も窓も無いこの鉄格子の中で、時間の感覚など判るはずが無い。

気絶していたのは数分か、数時間か、それとも日を跨いでしまっているのか。

目覚めてから数分か、数時間か、それとも日を跨いでしまっているのか。

食欲は無い、身体が緊張しているのか時間が流れていないのかは不明だ。

恐怖も無い、ただ…己が唯一と認めた相手に申し訳なかった。



(晋助……)



自分が姿を消して騒ぎになっているのだろうか。

それとも未だ静観しているのだろうか。

しかしこれだけは言える。

もし今が朝を過ぎている時間帯ならば、彼は迷わず諜報部隊を動かしているだろう。

こういう事態になった時、迅速に行動出来るように定期連絡を行っているのだから。

晋助と連絡を取りたい。

助けを求めるのではなく、居場所を知らせるのでもなく、ただ連絡を取りたかった。

己がまだ無事だと、命があると伝えるために。

彼を安心させるために。



(己が迂闊さは切腹ものでござるな…)



高杉晋助は鬼兵隊を統括する総督の立場だ。

だからこそ決して拘束されてはならない、決して傷付いてはならない。

決して、命を落としてはならない。

高杉晋助は鬼兵隊という組織の総督だ、しかし鬼兵隊総督と高杉晋助がイコールになるとは限らない。

高杉晋助の個人的感情は、鬼兵隊総督には必要無い。

こういった事態になった時、彼は状況次第では切り捨てなければならないのだ。

高杉晋助が特別な感情を持っている人間を、鬼兵隊総督として見殺しにする必要がある。

馬鹿だ、救いようの無い馬鹿だ。

皮肉屋で気まぐれで感嘆するほど我が強い、しかし儚く哀しい音を奏でる晋助。

あれほど誓ったはずなのに、これ以上哀しみを与える事無く傍にいると。

たった一度の失態で、晋助の魂をこれ以上無いほど抉ってしまうなど耐えられない。

切腹で済むなら今すぐにでも行っていただろう、この場で舌を噛んでいただろう。

だが、それでは何の解決にもならない。

見捨てられるのは構わなかった、それで彼を恨みもしなければ悲しみもしない。

ただ、晋助に哀しみを与えるのだけは耐え難かった。

――砂嵐の音が聴こえてくる。



「おはよう。結構寝てたけど寝不足なのかな?」

「………………」



あまり歓迎したくない転機が訪れたらしい。

鉄格子を介した対峙は笑顔と殺気、相反する感情がぶつかり合う。

否、相手も殺気はあるようだ。

全身の産毛が逆立つこの感覚、顔が笑っていても明らかに殺しの意思を持っている。

洗練された殺気に反応しない手立てなど知るワケもない。

それでも格子を介して、身の安全を約束した状態での殺意など何の脅しにもならない。

万斉は、嗤った。



「がっ…!」



腹部を蹴られた。

咄嗟に腹筋に力は込めたが内臓へと響く衝撃に声が漏れる。

己の笑みの意を正しく解釈した相手が、おもむろに中へと入り笑顔のまま行ったのだ。

複数の重い打撃音に合わせて身体が動き、鎖も音を立てる。

的確に鳩尾を狙われれば息が漏れるのは避けられない。

壁と鎖が邪魔して力も受け流せず、ただ耐えるしかなかった。



「はぁ…はぁ…、うぐ…っ!」

「阿伏兎」

「………………!!」



鎖の長さは調節可能らしく、散々蹴られたあとで極端に短くされる。

壁に貼り付けられ指と首しか動かせない状態で、もう一人の男が持っていた物に戦慄した。

掌サイズの円筒に先端の針、半透明なせいで中身の液体が揺れているのが分かる。

あれの中身が何であれ此方に都合がいいものであるはずも無い。

大の字状に貼り付けられている情けない格好では、満足な抵抗すら望めないだろう。



「…ッ……!」



コートの袖が捲くられる。

大男が近付いてくる。

針が近付いてくる。

腕に力を入れて針を拒めば頬を張られる。

衝撃に脳が揺れ身体が弛緩した瞬間、茫洋とした意識の中で諦観と覚悟を決めた。

針が潜り込み、血管に正体不明の液体が注入される。

異物が刺さる痛みと整理的な恐怖に全身が粟立った。



「…っぁ…」



暫く間を置いてから鎖の締め付けが緩み、急激な変化にバランスが取れず膝を着いた。

そして捲くられた袖も戻さぬまま、己の身体を両腕で抱き目を見開く。

――体内を巡る薬の正体はすぐに分かった、この感覚は忘れたくとも忘れられない。

遥か昔、晋助と出会う以前に散々使われていた薬と同じもの。

込み上げてくる激情のまま、三つ編みの男を射殺すかの如く視線で貫いた。



「貴様…ッ…!!」

「これくらいしないと面白くないもんね、転生郷使わないだけ有り難いと思ってよ」



どれだけ抑えようとしても止まらない。

身体は否応無しに熱を持つ、呼吸も乱れ全身の感覚が敏感になる。

この薬の恐ろしさは知っていた、理屈ではなく身体で。

コートが脱がされる、布が皮膚を擦る感覚にさえ痺れが走る。



「い…あぁぁぁあ…!!」



慣らされもせず後ろから貫かれた。

入り口の筋が裂け太股に鮮血が伝い落ちる。

目が霞み上半身を伏せさせようとするも、髪を掴まれ強引に身を起こされた。

相手の腰が進む度に酷い痛みに襲われ短く声を漏らす。

だが――



「う…あっ、ぐ……っん、ふ…ンン…!」



髪を掴まれる苦痛から逃れるために体重を支えていた腕の片方が、床から口へと動く。

油断すれば溢れそうになる嬌声を呑み込むため、固く目を閉じ口を塞いだ。

これだ、この薬の恐ろしさはこれなのだ。

ある程度の痛みが快楽として認識され、全身の感覚を狂わされてしまう。

現に自分はもう痛みを感じなくなってきている、それどころか熱が高まっているのだ。

相手のモノが内壁を擦る度に甘い痺れが走る、膝が震え崩れ落ちそうになる。

鮮血が潤滑油の代わりを果たし、裂けた箇所はより快感を得るための痛みとなって。

奈落の底へと、堕とされる。



「ふ…ぅぅ…、あっ、ひぁっ…!」



声を抑えきれない。

どんなに経験しても免疫が作られなかったこの薬に、抗う方法など見つからない。

髪を掴まれていた手が離れ、己の自身に手を回されれば腰が揺れる。

そこは既に勃ち上がり止め処無く先走りを溢れさせていた。

身体は覚えている、どんなに断ち切ろうとしても刻まれた経験は決して消えない。

舌を使われた時、指を使われた時、己の雄を握られた時、そして後ろを貫かれた時。

どれも普通の男がする反応では無い、慰み物として生きてきた過去がある者だけが知っている術。

泣きたくなった。



「この方がずっといいや、これから毎日薬使おうかな」

「あっ…ぅ、やっ…あ、…ンうぅぅう!」



先端を指で擦られ無意識に首を振るも、爪で尿道口を刺激された瞬間に白濁が吐き出された。

長く尾を引く射精に全身から汗が吹き出し、上半身を支えていた腕から力が抜け床に落ちる。

痙攣が止まらなかった。

鎖が、鳴る。



「はぁ…はぁ…、ひ…!あうぅっ…!!」

「休んでる暇なんて無いよ?もっと頑張らなきゃ」



薬の作用で酷い脱力感に襲われるも、相手はそれを許してなどくれない。

達したとほぼ同時に突き上げられる相手の雄に目を見開き、悲鳴に近い嬌声が漏れた。

反論したいという意思はあるが、脳が熱に侵食され言葉が浮かばない。

せめて出来るのは、この男に屈しない事だけ。

如何に嬌声が漏れようとも、如何にこの身が蹂躙されようとも。

媚だけは決して売らない、己の誇りに賭けて。

これだけが最後の砦なのだから。



「あっ、あっ、ふぁ…ァァ…」



一人の男の姿が浮かんだ。

帰りたい、彼の元に帰りたい。

これに耐えていれば帰れるのだろうか?唯一と認めた一人の男の傍に。

分からない。でも…帰りたい。



「ぁ…ッ…!んァ…、ひぅ…っ…!」



目が霞む。思考が白く包まれる。

熱を吐き出したばかりの自身は再び反応し、止まない熱に犯される。

身体も、精神も、薬に支配されて何一つ思い通りに動かない。

夜、この男に嬲られた時になど比べ物にならない屈辱と快感に頭がおかしくなる。

一人の男の姿が浮かんだ。



「やっ…!あぁ…あ…、い…あぁぁぁあ!!」



二度目の絶頂も薬の効果で尾を引いて声を抑えきれなかった。

薬くらいで、などと考える輩はおそらく自らに与えられていない幸福な者だけだ。

性感が何倍にも増幅した状態で、強制的に弄ばれる苦しさなど永久に分かるまい。

何度も、何度も、達かされる。

奴らが満足するまで、何度も、何度も、攻め立てられる。

泣いて許しを求めても、意識を飛ばしても、玩具として弄ばれる。



「…っ、く…!」

「あ…あぁ…」



体内に相手の欲も爆ぜ、その熱に声と身が震え今度こそ崩れ落ちる。

そして吐き出されたばかりの相手の白濁が太股を伝う。

傷に沁み発せられる痛みで、ほんの少しだけ正気に戻った気がした。

それでも薬はまだ抜けていない。

身体は既に限界を迎えているのに、それでも次の快楽を貪欲に求めていた。

――身体が、精神が、壊れる。



「お兄さんまだイケるでしょ?でも俺は戦いに行ってくるから…」



言葉を待つ必要は無かった。

異形の姿をした者が次々と侵入し此方へと歩いてくる。

霞に覆われた思考の中、人数は三人だと何処か遠くで理解した。

身体は動かない、抵抗する気力も無い。

薬だけは未だ残っている、太股には己の血液と合わさった朱色混じりの白濁が伝っている。

これから自分がどうなるのか、他人事のように理解した。



「帰ってきたら続きしてあげる、それまで他の奴らの相手でもしてて」



注射を打った男は既にいなかったが、それはどうでも良かった。

身を清めなくて良いのかと思ったが、それもどうでも良かった。

返事はしなかった、向こうもどうでも良かったらしかった。



(晋助……)



三つ編みの男が出て行き鉄格子が閉まる。

浮かんだ名は口に出さなかった、彼を穢したくなかったから。

助けを求める気は無い、ただ…耐えるためにその姿を思った。

拙者は必ず帰る。だから待っていてほしい。

もう二度と晋助に大切な人を失わせる経験をさせたくないから。



(晋助……)



鎖で戒められた身体が天人によって持ち上げられる。

下卑た笑いなど耳に入らない。

あの時は希望など無かった、だが今は違う。

拙者には帰る場所がある、拙者を道具としてではなく人として見てくれる場所が。

例え薬に翻弄されようとも、この想いのお陰で最後の一線だけは越えずにいられるであろう。

拙者は必ず、帰還するでござるよ晋助…。





水を欲する兎が、愉悦に嗤う。

闇を纏った侍が、幸福に笑う。










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