4日目
響く銃声に目が覚めた。
木霊した其れは人を集めるか其れとも排するか。
俺の行動は決まっている。
即座に木から下り音の源へと気配を抑えながら走る。
周囲への警戒を強めながらも足は早くと俺を惑わす。
腕は慣れた銃のグリップを掴み引き金を引くのを待ち侘びている。
貴方への供物は何処に“有る”のか。
目を走らせ見た光景に笑みが浮かぶ。
銃を持った小柄な影と血臭を漂わせた足捌きも軽やかな影が対している。
木に隠れ様子を窺えば男が小柄な影へと何かを振り翳し鈍い音を立てた。
揺れた髪がサラリと流れる。
男が動かない影へと近付いた所を狙って左手の人差し指に力を込める。
手は自然と狙いを頭部へと向ける。駆けていく銃声が島を揺らす。
影は一歩先へと足を進ませ其の侭動かない影に重なって倒れた。
歩み寄り影だった者を人へと変える。
上に重なる者は左側頭部から紅い流れを作り手を伸ばして下に居る者の髪を一房握っていた。
他方の手が持っていたのは金槌だった。
下になった者は頭部が陥没し神経に繋がれた眼球が零れ俺を見ていた。
伸ばされ開いた手を自分の命を絶った者へと向けていた。
俺は知っていた。此の少年がどれ程強気なテニスをしたのかを。
俺は知っていた。此の少年がどれ程高く跳んだのかを。
其れでも視界を覆う膜が張る事は無かった。
悼む為の権利も資格も俺の先には二度と無い。
手にしていた銃と金槌をバッグに入れ再び影を求め彷徨っていた森に慣れた異臭が漂う。
紅い視界を揺らす影は眠る様な顔を見せていた。
笑みすら浮かべた躯には眉間に穴が開いていなければそう断じていただろう。
側に転がるバッグから散乱した食糧や水のボトルが調べる必要を否定している。
赤い髪が既に渇いた紅と混じり溶け込む夕日に透明な景色を作っていた。
足を進ませるのが遅くなる。銃声が再び俺を呼んでいる。
此処に居る限り精神の疲労は取れない。
だが此の状況に成る事が解り切っている道を選んだ。否、選び続けている。
選ぶ道を他に見つける気も無い以上足を速めなくては成らない。
銃声は先程の灯台から海へ逸れた方角から聞こえていた。
音に呼ばれ走る俺の前にトリコロールが見えた。
横たわる其れは動く事は無かった。
足を緩めず近付けば体に纏う物と掛けられた物が視界に入る。
何時ものバンダナが風に吹かれて揺れる。
安らかな顔が誰が此処に居たのかを教えている。此の後輩が唯一安らぐ顔を向けた相手だ。
一切の紅を纏わない体はトリコロールの赤だけを身に付けている。
掛けられた其れと体に纏う其れを引き剥がし穢れた手に取った。
バッグから出した二枚の其れと纏めて右手に持ち左手に俺の紅を吸った短刀を持つ。
バッグを背負い直し銃をズボンに挟んで歩き出す。
左手の短刀は紅を濃くしていた。
『はい。がんばってますね〜。放送の時間ですよ〜。そろそろ恒例と言ってもイイですかねぇ。
今日の死亡者は氷帝学園三年、向日岳人くん、氷帝学園二年、日吉若くん
立海大附属三年、ジャッカル桑原くん、青春学園二年、海堂薫くんで〜す。
イイペースですよ〜。この調子でドンドン進めてくださいね〜。
ボクはココで見ていますからね〜。待ってますよ〜』
夜に響く声が俺を誘う。向かうのは待っていてくれる貴方の下へだ。
其れに必要な物は息も出来ない程の血と硝煙の香り。
まだ道は遠い。だが協力者にして敵対者は既に居る。彼等の手が紅く染まる度に俺の道が近くなる。
痛みは感じない。感じる筈が無い。此れは貴方の下へ行く為に必要な事なのだから。
感じるのは貴方を喜ばせた物全てが俺の手では無い事への嫉妬だ。其れだけの事だ。
今は休む暇は無い。チャンスは逃す訳にはいかない。
手に掛けたのかは解らないが其の為に冷静なブレーンは動揺を刷いている筈だ。
向かう先は灯台。其処は人が集まる様に出来ている。光に誘われる羽虫の様に。
此の昏い島の現実から一時逃れられるかの様に足は勝手に向かう。
其れを狙い俺の様に向かう者がある。
灯台は拠点。誘蛾灯の様に輝く此の島の罠。
右手を伝っていた血は既に止まっていた。
【向日岳人、日吉若、ジャッカル桑原、海堂薫死亡】
紅注意書きに戻る