3日目
起きたのは日が昇ってからだった。
地図を見て考えるのは何処に人が居るのかと、何処が有利に戦えるかだ。
森の中の方が有利なのは解っている。相手の死角を付き易い。
だが同時に自らの死角を作る事にもなる。
目指す場所は森と平原の境近くで民家から最も近い場所だ。
地図をバッグへ戻し慎重に足を進めた。
誰とも会えず時は過ぎて行く。一人歩く先に漸く居た者は既に一つの物体と化していた。
手足の先にこびり付く赤黒い乾いた血が風に剥げる。
四肢の傷近くと胸の中心から流れただろう紅が粘着く様を見せる。
夕日を弾く握り込んだ刃を硬直した手から剥ぎ取りバッグへと無造作に差し込んだ。
武器の数は増えていく。銃が三挺と刃物が二振りボーガンと毒薬。
要らないと判断した包丁とアイスピックは崖から捨てていた。
手に残る武器の数は死者の数だけ増えていく。
此の島に転がる動かない肉塊に死した俺を入れた数と同数だ。
先程此処を行った二つの姿を見ていた。だが追い掛けるには利が足りない。
正面から行けば勝てないだろう。一人は冷静なブレーンだ。
今日はまだ一人も減らしていない。
貴方への道に近付いていない。貴方への捧げ物を用意していない。
他人が作った貴方の玩具は俺の心を切り裂く。
此れが嫉妬なのか。
初めて知った人並みの思いは矢張り穢れたスタンスでしか表れなかった。
夕闇が近付いている。気持ちは焦る一方だ。
今日の貴方への供物を用意しなければならない。
俺の此の手を染めた供物でなければならない。
森の中にも草の間にも人影は見つからない。
多対一の可能性を選び建物内へと向かうべきか。
進める足を止め振り仰ぐ先には高い尖塔がある。
まだ距離はあるが此れ以上進めば人が居た場合は気付かれるだろう。
二つに分かれた道。不利な戦闘を選ぶか、貴方への供物を諦めるか。
だが俺が選択する道は常に一つしかない。
貴方が絡んだ選択であるならば……。
森へと進路を変え足を速め、見通しの良い場所を迂回し灯台へと向かった。
人の居る可能性は高い。同時に複数である可能性も高い。
一つの選択を為した以上準備は確実に必要となる。
走りながらバッグを開け未使用の銃をズボンに差し込む。
左手には昨日使った桃城の銃を持ち右手には左手に筋を作った短刀を握る。
見えてきた扉に足を次第に緩め様子を窺う。
此処からは木の加護はない。一気に走り抜け扉を開く。
其れが出来なければ貴方への捧げ物を得られない。此処に俺の在る意味がない。
視線を左肘へと向ければ疼き始めた熱が俺を鼓舞している。
行ける。俺には貴方の思いを受け継いだと言う自負が在る。
決して下がりはしない。貴方への思いに恥じぬよう……
風が一瞬強く吹き、其れを合図に走り込んだ。
目の前に近付いた扉にバッグを置き力を込めて押し開く。
其処に向けられた四対の視線が不審を顕にしている。
相手が行動に出る前が勝負の鍵を握る。四対一ならば特にだ。
無言で左手の凶器を全弾ばら撒き其の場へ捨て、ズボンに差した物を掴みセイフティを解除する。
飛び散る紅と響く悲鳴にも思考は揺らさない。否、揺れない。
撃たれた相手は方々へと逃げると予想していた。
相手の手には何も持っていない事は確認済みだ。
動かなくなった者を後に回し狙うは扉へ逃げる者と決める。
だが予想は外れ動かない体に駆け寄り離れない標的二つ。
引き裂かれる心は捨てた。既に無い感情は揺らがない。
左肘の熱さだけが俺を動かす。
捨てた自分なら手を震わせ視界に膜を張った光景に二発の銃声を響かせた。
出来事は一瞬。終わった物は一生。
悲鳴と銃声の支配した室内は一瞬で静寂と血と硝煙の臭気に支配者を替えた。
階段を行った者が居る事は足音で解っている。一人分の足音が甲高い音を立てていた。
追う事は決まっている。但し用意は必要だ。
転がる物体と化した者達の間を抜け同様に転がるバッグを漁る。
銃が二挺と掌に乗る固い果実が三つと大振りの鋏。
此れだけの物を持ちながら何故手にしていなかったのか。
問いに応えが返る事は二度と無い。だが想定は出来る。
用意をする前での奇襲が成功したと見ても良い。だが一つの考えが頭を過る。
彼等は殺す事を拒否していた。
当然の反応だと思う自己は捨てた中に有った。
今の俺は貴方の許へ向かう為の愚かな障害物としか思わない。
新しく手にした銃をズボンに再び挿み手にした銃と同型の物は弾だけを抜き取った。
扉を出てバッグを拾い中へと入れる。
ポケットに果実を二つ入れ残る一つを右手に持つ。
代わりに持っていた短刀と拾い上げた鋏、空になった銃二挺はバッグへ仕舞う。
バッグを階段の脇へと置き上る先を見つめた。
上部から煙を吐く灯台を出て砂浜へと歩く。
バッグの中から空の銃を取り出し海へと投げる。
此れで三人分の武器が消えた。こうして一人、また一人と捨てて行こう。
『はい、放送の時間ですよ〜。
今日の死亡者は……おやおや、コレはコレは。
不動峰二年、神尾アキラくん、そして……。
同じく、内村京介くん、桜井雅也くん、森辰徳くん、石田鉄くん
立海大附属三年、丸井ブン太くんですね〜。
不動峰中のみなさんはコレで残り一人ですよ〜。もう少しがんばりましょうね〜。
では、この調子でがんばってくださいね〜。ボクは楽しみに待ってますよ〜』
響く声が俺に寒さと暖かさを同時に与えてくれる。
今貴方は此処に居ない。此れさえ終われば貴方の下へ行ける。
だが全てを脱ぎ捨て貴方へと対峙出来るのはまだ先の事だ。
自らを抱き震える体を温める。此れは貴方の腕だと暗示を掛けながら。
「早く、逢いに行きたい……。貴方に俺の心臓の色を知って欲しいのです」
呟きに眠りの気配がある。聞こえる貴方の声が俺を眠りに誘う。
安らげるのは貴方が傍に感じさせてくれるからだ。
染み付いていく血と硝煙の香りを忌避する事は無い。貴方も此れを厭いはしないだろう。
「いえ、貴方が望んでいる香りです……」
此処では体を休める事は出来ない。木上が俺の寝台。
慣れていく非日常の中で左肘が疼く。目を閉じると静寂が俺を包む。
森へと向かい手頃な大きさの木に体を登らせ背を預ける。
貴方が触れている様な森の雫と空気が俺を夢の貴方へと向かわせた。
【神尾アキラ、石田鉄、内村京介、桜井雅也、森辰徳、丸井ブン太死亡】
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