2日目



暗くなり視界が悪くなった。決して視力は良い方では無いのだ。
家屋内で休める程の余裕も無く平原から森へと足を返す。
問題は信頼では無い。状況が其の選択を選ぶ。
悼み等全て捨てたならば森は唯の視界を覆う障害に過ぎない。

蠢く気配を感じ取るだけの意識を残し木上に登らせた体を休める。
何も出来ない今の内に食事は済ませて置こう。体力の温存は此処での勝利の絶対条件だ。


虫が羽音を立てる。静寂に潜む郷愁と言う名の現実への感情が蔓延している。
皆が望む故郷は日常だろう。だが俺の帰る所は貴方の所だけだ。
目を閉じれば浮かぶ貴方の姿は常にあの頃の侭だ。
過ぎる時間が貴方を変えたかも知れないと不安が過った事も無かった訳ではない。
其れでも確信がある。

貴方は変わらない。変われない。

全ての者が変わっても貴方を捕まえている感情は変わる事ができない。
俺がこの状況下でも貴方への思いを消せないように。






夜が薄くなっていく間際に不意に気配を感じた。
いや、この気配の主は隠す気もないらしい。
次いで揺れる草の音が聞こえた。荒い息遣いが聞こえる。
全力で走っている。いや、余力を残している様にも感じられる。
目を凝らせば影が見える。此処からはそう離れてはいない。
二つの人影を細い影が繋いでいる。
全力での疾走と感じなかった理由は此れだった。
走りながらも手を離さない様子は俺の中を昏く染めていく。


(其れ程までに離れ難いならば共に逝くのも喜びだろう?貴方と此処に居られたならば、俺も……)


再び浮かぶ面影は最後に見た笑みで俺を呼ぶ。声は先程の言葉を繰り返す。


――会いに来てください。待ってますよ――


耳元で響く幻聴は左肘に熱さを甦らせ俺の行動を決めていく。

「はい。貴方の下へ直に参ります」

口の中で呟きは消え静かに木から下りる。其の侭影が走った方向へと足を進ませた。






先程の様子は明らかに追われていた。何方を優先させるのが得策か。
逃げる獲物は油断が少ない。ハンターは自らが狩られる事を予想しない。
ならば自明の理。追っていた足を一度止め気配を探る。
木々の圧倒的な存在感に隠れ走り去った羊が二頭。逆方向から僅かに聞こえる草を踏む音。

その対角を選び足を速め手に桃城の銃を構えセイフティを外す。
音から推測した現れる影のタイミングを計り銃口を向ける。
此処に居る全ての者を手に掛ける。ならば誰で有っても同じだ。
寧ろ見えない方が良い。手から流れた紅は何時の間にか止まっている。
時は情を持たず唯経つ。心を切り裂かれる思いは一方を選んだ時点で麻痺していく。


あれは正解だったのだ。最初に手を掛けた二人がもう一人の俺を殺してくれた。
倫理も友情も青学への熱も、全てを持っていたもう一人の俺は既に死んだ。
此処に居るのは妄執を抱えた亡者に過ぎない。
貴方への思いに狂った愚かな俺だけが残った。


近づいて来る気配。大きくなる足音。
其れが示す場所に動く影が見える。


(まだだ。もう少し……。今だ!)


薄暗さの中でも誰か判明する近さへと人影が近付く。
誰かを頭で認識する前に其処へ向かい引き金を引いた。



慣れてくるのが解る。人を手に掛ける事がではない。物理的な事だ。
銃の反動は五発目も問題無く狙い通りに弾を吐き出させた。






暫しの静寂が訪れる。俺の呼吸する音だけが響いて聞こえる。
其の場へと近付き頭部を半分落とした相手の手を取る。
脈を打つ事を止めた手首の血管はこれから冷たくなっていくだろう。
居場所を離れたサラサラの髪が紅い地面で揺れている。
朝日を浴びて黒髪に紅い化粧が映えていた。


手を掛けた相手は見知った者だった。だが見知らぬ相手等此処には居ないのだろう。
名簿と言える物は無かったが貴方の声は関東の同胞から集めたと言った。
他人など居ない。此処に居る全ての者は俺の仲間だ。
友を裏切った俺には黙祷すらも許されない行為と成った。

バッグを漁り武器を取ると其の場を早々と離れ先程の羊を追う。
追われて走っていた者だ。背後の気配には敏感になるだろう。
走って行った方角には崖がある。崖沿いに追う方が良い。
足を進ませる方角を変え回り込む様な位置を取ろう。
突き当たりに出れば一度足を止めるのが普通だ。そして様子を探るだろう。
其の時までに立ち位置を変えたい。二人が手を離せない以上俺の方が速い。
確信を持ち立ち塞がろうとする木を避けながら走る速度を上げた。






「もう…追っては……来ない、様ですね」

息を切らし途切れ途切れに話す声が聞こえる。
此の近さなら外さないだろう。ならば構える武器は先程奪ったボーガンで充分だ。
弾に限りが有る以上は出来る限り最低限の武器で行く方が良い。

「待て!……誰か、居るぞ」

小声で話す相手は其れが俺に聞こえているとは思っていない様だ。
速さが勝負という状況にボーガンを下にそっと置き再び銃を手にした。

銃口が狙うのは気付いた方だ。其の誇れる速さを知っているならば当然だ。
外せば逃がす可能性が高い。
引き金は無造作に引かれる。其の銃口は常に急所を狙い澄ます。

「し、宍戸さんっ!!」

叫ぶ相手に続け様に二発。
共に居る敬愛する相手を置いて逃げられる者では無いと知っていた。






『は〜い。今日もたくさん放送できますね〜。
今日の死亡者は不動峰二年、伊武深司くんと
氷帝学園三年、宍戸亮くん、同じく氷帝学園二年、鳳長太郎くんで〜す。
良い調子ですね〜。どんどん頑張ってくださいね〜。
ボクは楽しみに待ってますからね〜』


先を歩く足を止め貴方を見上げるように空を仰ぐ。
何時の間にか夜が来ていた。
貴方の声が俺を独りでは無いと言っている。貴方が待っているのだから。

「はい。貴方が望むのなら、何度でも此の手を染めていきます」

呟く声は徐々に掠れていく。罅割れた心と同調する。
左肘の熱さは変わらない。寧ろ貴方の声で尚熱くなる。
夜闇に見えない人影に再び木上へと体を押し上げた。






【伊武深司、宍戸亮、鳳長太郎死亡】



3日目

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