新世紀エヴァンゲリオン 外伝 


シンジ、18歳の誕生日(後編)

 サードインパクトから何年も経ったが、アタシの戦いは終わっていない。そう、以前は 頼もしい戦友であった綾波レイとの戦いがだ。だが、アタシはレイとの戦いに決着を付け るべく、覚悟を決めた。そう、今日は2019年6月6日の木曜日。今日こそ決着を付け る運命の日なのだ。 *** 「それほど言うんなら「ちょっと待った!!」 あっ、やっぱりお邪魔虫が現れたわ。案の定、レイがこの場所を見つけてしまった。 「碇君、騙されちゃ駄目よ。アスカは、嘘をついているわ。」 「な、なによ。何処が嘘なのよ。」 「アスカは碇君のことが好きなんじゃなくて、単に私に渡したくないだけなの。だから、 アスカを選んだら、碇君は不幸になるわ。」 「そんなことないわよ。シンジ、こんな女の言うことを信じちゃ駄目よ。」 「まあいいわ、そんなことは。それよりも碇君には大事な話があるの。私は今日から碇レ イになったの。」 「えっ、父さんの養子になったの?」 「違うわ。今日、役所に碇君との婚姻届を出してきたの。」 「えええええええええええええええええええええっ!」 シンジは本当に驚いた顔をしたわ。 「だから、浮気は駄目なの。良いわね。」 「そ、そんな勝手なことをして、酷いよ。ねえ、アスカもそう思うでしょ。」 だが、アタシは返事が出来なかった。 「碇君。アスカも同じことをしようとしたのよ。」 「ええっ、何でさ。」 「碇君がはっきりしないからよ。私とアスカのどちらを好きなのか。」 「そ、そんなあ。だって二人とも、僕のことを好きだなんて今まで一度も言わなかったの に。急に何でそんなことを言うのさ。」 「鈍いこと、それは度を越すと罪になるわ。」 「僕が鈍いって言うの?」 「そうね。」 「でも、僕は二人とも、家族だと思ってきたし、そんなこと急に言われても困るよ。」 「じゃあ、これからゆっくりと言うわ。でも、書類上は、私達はもう夫婦なの。だから、 今日からは一緒に住むの。」 「ちょっと待ってよ。」 「碇君は、私が嫌いなの。」 「そ、そうじゃないけど。」 「私を捨てて、離婚する?」 「ちょっと待ってよ。結婚していないのに。」 「もうしてるの。だから私は碇君の妻。」 「だから、そんなことは僕は知らないよ。」 「碇君は私を捨てるのね。そう、私はゴミなのね。」 「違うったら。」 「じゃあ、私を捨てない?」 「そんなことしないよ。」 「じゃあ、これで私は碇君の妻ね。」 「ど、どうしてそうなるのさ!」 「私と碇君は、結ばれる運命にあるからよ。」 「もう、いいかげんにしてよ。ふざけないでよ。」 シンジがそう言って怒ったら、レイは涙をポロポロ流し始めたわ。まずい、シンジは泣き 落としに弱いから。 「ど、どうして泣くのさ。」 「碇君は私を人間だと思っていない。だから嫌がるの。私はそれが悲しい。」 「そういう問題じゃないんだよ。」 「でも、私を受け入れてくれる人はいないかもしれない。真実を知ったら、きっとどの男 の人も離れて行くわ。私には碇君しか頼れる人はいないの。」 「あ、綾波。」 「でもいいの。私は人間じゃないから。人並みの幸せを望むのは罪なのね。」 「な、何てこと言うのさ。そんなことないよ。」 「私は幸せになっても良いの?」 「も、もちろんだよ。」 「本当に?」 「う、うん。」 「嬉しい。碇君、大好き。」 レイはそう言うと、シンジに抱きついてキスをしたわ。キーッ!アタシは、はらわたが煮 えくり返るような思いをしたわ。 「ちょっと、何すんのよレイ!離れなさいよ!」 アタシが怒鳴ると、シンジは我に返ってレイから離れたわ。 「私のファーストキス。碇君で良かった。」 「あ、綾波…。」 「私を捨てないで。お願いだから。碇君に捨てられたら、私死んじゃう。」 「駄目だよ、死ぬなんて言っちゃ。」 「じゃあ、私を捨てないで。これで離婚歴がついたら、もう私は幸せになれないの。」 「ちょ、ちょっと考えさせてよ。」 「うん、分かった。碇君を信じる。碇君は絶対私を捨てない。そう信じてるから。」 レイはそう言ってシンジから離れたわ。そして丁度その時、昼休みの終わりを告げる予鈴 が鳴ったの。だからアタシ達3人は急いで教室へと戻ったわ。 ***  5時限目の授業中、アタシはずっとシンジを見ていたわ。シンジは物思いに耽っている ようだったわ。きっと、アタシを取るかレイを取るか、悩んでいるのね。 休み時間になったら、シンジは教室を出て、どこかに消えてしまったわ。アタシとレイは お互いを牽制していたから、シンジを見失ってしまったのよ。 でも、6時限目までにシンジは戻って来たの。でも、シンジは5時限目の時と比べて、顔 に深い悩みの色を浮かべていたわ。これだけ悩むなんて…。アタシは一抹の不安を感じた わ。 これだけ悩んで出す結論だもの、シンジは何があっても変えないと思うのよ。それがアタ シにとって良い結論だったら良いけれど、もしそうでなかったら…。アタシは考えたくも なかった。 でも、レイはずるい。シンジがどちらを好きかという論点から目をそらして、レイが幸せ になれるかどうかという論点にすり替えている。これは危険な考え方だ。何故なら、レイ はシンジと一緒にならないと幸せになれないが、アタシは誰と一緒になっても幸せになれ るという方向に行きかねないからだ。 自分の生い立ちの不幸を逆手に取るなんて、レイの作戦には脱帽したわ。でも、あるいは それもレイの本心なのかもしれない。だが、そうなるとアタシは不利になる。アタシの心 は不安で張り裂けそうになった。 授業が終わり、帰宅する時間になった。今日はアタシ達の家でシンジの誕生パーティーを する予定だ。ヒカリとアタシで先に帰って食事の準備をするのだ。アタシは後ろ髪を引か れる思いで帰途についた。駄目で元々と思いつつ、ヒカリを通じて鈴原にシンジと一緒に 帰るようにとお願いしておいた。 ***  シンジの誕生パーティーは、いつものメンバーで行われた。ヒカリにレイ、鈴原に相田 を加えた6人だ。最初はシンジに順番にプレゼントをしていく。アタシは帰りがけに買っ た時計がプレゼントの品だ。シンジはアタシから何ももらえないと思っていたらしく、驚 いた顔をしていた。 その後は相田と鈴原が漫才をやったり、アタシとヒカリで隠し芸をしたりしたが、直ぐに カラオケへと突入した。アタシとレイは張り合ってシンジとデュエットした。ヒカリと鈴 原も一緒に歌ったため、相田は少ししょんぼりとしていた。 それを見たシンジが、アタシに相田とデュエットするように頼んできた。もちろん最初は 断った。レイに頼めばと言い放ったが、レイは『嫌』と一言で断ったということだった。 アタシは悩んだが、シンジの困った様子を見て、渋々頼みを聞くことにした。 相田は、アタシが声をかけると、飛び上がらんばかりに喜んだ。アタシは相田が変な誤解 をしたらまずいと思ってやんわりと釘を刺した。 「アンタがつまらなそうな顔をしているからよ。みんなが楽しくしなきゃ嫌だって言う奴 がいるからね。」 「ああ、それでも良いよ。惣流って結構良い奴なんだな。」 「はん、そんなこと言っても何も出ないわよ。それより、歌うからには全力で歌うわよっ!」 こうして、アタシと相田は3曲続けて熱唱した。相田は思ったよりも歌がうまかったので、 アタシも悪い気はしなかった。 その後、アタシはシンジと歌ったり、相田や鈴原達とも一緒に歌った。ヒカリもアタシの 目配せを受けて、相田と何回かデュエットした。だが、レイだけはシンジ以外とは歌おう としなかった。  7時を過ぎると、ミサトが帰ってきた。そうなると、ビールの出番だ。アタシ達にも、 ワインが回ってきた。そんなほろ酔い加減の中で、いきなりレイが爆弾発現をした。 「みなさ〜ん、ちゅうもくう〜っ。これから重大発表を行いま〜す。今日、私こと綾波レ イは、碇君と結婚し、碇レイとなりました〜っ。」 「う、嘘よ!皆、信じちゃ駄目よ。」 アタシは声を張り上げて否定した。だが、レイも負けてはいなかった。 「碇君。今日こそはっきりさせてもらうわ。私と離婚してアスカを取るのか、それとも私 を妻と認めるのか。さあ、どうするの。」 シンジはレイの言葉にゆっくりと立ち上がった。そして、静かに話し始めた。 「僕は、今日役所に電話して、僕の婚姻届が受理されたのかどうか聞いてみたんだ。そう したら、綾波の言う通り、僕の婚姻届が提出されて受理されたそうだ。だから、僕は結婚 したことになっているらしい。おそらく、綾波の言うことは本当だよ。」 それを聞いて、皆唖然とした。 「僕も迷った。本来は綾波を叱らなくてはならない。でも、婚姻届を撤回するのは不可能 らしい。裁判を起こすか、離婚届を出すしかないらしいんだ。」 そこまで聞いて、アタシは耳を塞ぎたくなった。嫌だ、もう聞きたくない。アタシの聞き たいのは、どちらが好きかなのだ。シンジの本心なのだ。だが、シンジは続けた。 「だが、僕はどちらの方法も取らないつもりだ。だから、綾波にお願いしたい。もう一度 白紙に戻して欲しいんだ。」 シンジはレイを見つめた。だが、レイは涙を流して言った。 「嫌。私は碇君と一つになりたい。碇君は私が嫌いなの?」 「違うよ。でも…。」 「じゃあ、問題ないわ。」 「あ、綾波…。」 「私を地獄に突き落とすつもりなら、離婚届を出して。そうでなければ私を幸せにして。」 もう、アタシは我慢出来なかった。 「ちょっと待った!シンジの気持ちはどうなのよ。アタシはそれが聞きたいわ。シンジが アタシ達のことをどう思っているのか、それだけを聞きたいわ。」 「そ、それは…。ごめん、良く分からないんだ。でも、僕は綾波の決意が固いなら、しょ うがないと思う。どうしてもと言うなら、このまま結婚したままでいるしかないと思う。」 それを聞いたレイの顔がニヤリと笑ったわ。そして、さらにシンジは続けたの。 「アスカなら綺麗だし、性格も良くなったし、スタイルも良いし、頭も良い。どんな人と も仲良く出来るし、これからも、素晴らしい人にめぐり会えると思う。アスカの可能性は 無限なんだ。でも、綾波は違う。人見知りするし、良い相手にめぐり合えるかどうか、分 からないんだ。」 「イヤよ!そんなの、理由にならないわ。」 「聞いてよ、アスカ。アスカは素晴らしい女性だと思う。僕にはもったいない位だ。だか ら、もっと良い人を見つけてよ。」 「イヤよ!イヤよ!イヤよ!」 「僕が保証するよ。アスカに出会った男は、例外なくアスカのことを好きになるよ。今の アスカは、誰から見てもステキな女性だよ。」 「じゃあ、アンタもアタシのことを好きになったの?」 「そ、それは…。」 「ほら、嘘じゃない。」 「嘘じゃないよ。僕は、会った時からアスカが好きだった。それは本当だよ。」 えっ、本当なの。だったら、シンジはアタシのことが好きだってことじゃない。だって、 『会った時から』って言ったもの。現在進行形じゃない。 「じゃあ、アタシを選びなさいよ。」 「だから言ったじゃないか。アスカは僕にはもったいないんだよ。それに、僕は知らなか ったことはいえ、綾波と結婚しちゃったんだよ。理由はともかく、一度結婚した人を突き 放すことは出来ないんだよ。だから、僕のことは忘れて欲しい。」 こいつったら、何も分かっちゃいない。アタシの性格が良くなったなんて大間違いなのよ。 アタシは切れてまくしたてた。 「イヤッ!アタシの性格が良いですって!冗談じゃないわ!アタシはシンジに好かれたい と思って、猫を被っているだけなんだから。シンジが好きになってくれないんだったら、 馬鹿らしくてやってらんないわよ。アタシがどんな思いで笑顔を振りまいてきたか、アン タに分かる?アタシだって我が儘を言いたかったわよ。好きでも無い奴とは喋りたくもな かったわよ。でも、シンジに嫌われたくないから、シンジに少しでも気に入られたいから、 アタシはいい子を演じてきたのよ。それなのに、何の努力もしないレイと結婚するですっ て。冗談じゃないわ。今までのアタシの努力は何だったっていうのよ!許せない、絶対に 許せないわよ!」 アタシは大声で叫ぶと、大粒の涙を流した。もう我慢出来ない。シンジを失いたくない。 その想いがアタシの正常心を奪っていった。言うことが支離滅裂になりそうだった。 「いいっ!アタシの性格はレイよりもずうっと悪いのよ。男なんて殆ど大嫌いだし、女だ って半分は嫌いよ。そんなアタシの性格が良いですって。ハン!笑っちゃうわ。シンジは 何も分かっちゃいないんだから!アタシはシンジが好き!シンジじゃなくちゃ駄目なの! もう、シンジしかいないの!シンジがいるからアタシはいい子でいられるの!アタシは今 まで頑張ってきたわ。だから、努力が報われてもいいじゃない。頑張っても頑張っても報 われないなら、シンジがレイを選ぶなら、アタシはいい子になんかならない!どうして、 どうしてアタシを選んでくれないのよ!どうして、どうして分かってくれないのよ!」 アタシは涙をボロボロと流した。鼻水も垂れて、きっと物凄くみっともない姿なんだと思 う。でも、悲しくて、悲しくて、涙も鼻水もが止まらなかった。努力はきっと報われる、 シンジはいつかきっとアタシの努力を分かってくれると思っていたのに。それだけを信じ て頑張ってきたのに。 「あきらめなさい、アスカ。碇君は私を選んだのよ。」 レイはシンジの顔を両手で掴むと、濃厚なキスをした。シンジも抵抗しなかった。アタシ はレイに負けたことをその時初めて自覚した。アタシの魂の叫びもシンジの心には届かな かったのだ。だからもう、アタシには打つ手が無かった。それが分かっているからこそ、 アタシの涙は止まることが無かった。アタシは顔をくしゃくしゃにして涙を流し続けた。 その日、床に水たまりが出来るほど泣いたのだった。そう、涙が涸れるほど。だが、アタ シの涙も、ついにシンジの心を動かすことは無かった。シンジはその後誰に何を言われて も離婚届を出すことはなく、アタシの人生に碇シンジという名の男が絡むことは、この日 を境にして無くなったのだ。 目次(目次へ)

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― あとがき これは、以前 「Hunt EVA」さんに投稿していた作品です。 「Hunt EVA」さんが閉鎖したので、こちらに掲載することにしました。 written by red-x なお、LASが好きな方のみこちらをご覧下さい。