新世紀エヴァンゲリオン 蒼い瞳のフィアンセ


今の私は何もすがるものがない。だから,祈ること位しか出来ないのだ。惣流さんに万一 のことがあれば,私達の今の生活もあっけなく吹き飛んでしまう。そして今度こそは父と 母の所に行くことになるだろう。私は惣流さんの無事を思い,何度も祈りをささげた。

外伝その2 祈り(2)



 私の名前は森川雪。第三新東京市立第壱中学校の2年生だ。父が死に住まいも追い出

され,妹と弟と3人で路頭に迷ってしまった。生きていくあてのない私は,父と母のい

る場所へ行こうとした。そこで私はある青年と出会った。 

 彼は,惣流さんの様子を聞きたがり,挙げ句の果てに,私が惣流さんの様子を報告す

るだけで,私達の生活の場や生活費を用意してくれるというのだ。うまい話には裏があ 

る。私には選択の余地はなかったが,聞くだけ聞いてみた。


 「何故,惣流さんのことが知りたいの。」 

私は彼に尋ねた。 

「惣流さんはエヴァンゲリオンのパイロットなんだ。それで,ある人が彼女の大フアン

になってね。彼女のことを知りたがっているのさ。」 

「ふ〜ん。で,建前はいいから,本当のことを教えて。」

 私が聞くと,彼は苦笑いをしながら語った。彼がとある組織に属していること,エヴァ 

ンゲリオンのパイロットについて情報を集めていること,彼個人は世界の平和を守りた

いと考えていてそのためにもエヴァンゲリオンとそのパイロットについて知りたいこと,

などであった。

 
「ふ〜ん,じゃあ,私は謎の組織のエ−ジェントっていう訳かしら。」
 
「ま,そう深く考えずに,アルバイトと考えてもらえばいいよ。かなり割がいいと思う

けどね。」
 
「わかったわ。でも,一つだけお願いがあるの。彼女に危害が及ばないことを約束して

ほしいの。」
 
「ああ,わかった。約束する。彼女に危害は一切加えないよ。約束する。」
 
「じゃあ,商談成立ね。くれぐれも約束は守ってね。お願いよ。」
 
 こうして,私は惣流さんの様子を毎日彼に報告することになったのだった。
 
***
 
「ここが君たちの新しい住まいだよ。」
 
 私達は,彼に連れられて,とあるマンションにやって来た。惣流さんの住んでいるマン

ションから歩いて1分もかからない距離にあるという。彼の案内で私達は新しい住まいに

入って行った。そのマンションの部屋は割合広く,4LDKだった。家具や電化製品も殆

ど用意されており,今直ぐにでも暮らせる状況になっていた。

 
「お姉ちゃん,テレビ見てもいい。」
 
「いいわよ。」

私が妹に答えると,弟と二人してテレビを見始めた。私は,その間彼にマンション内の案

内をしてもらった。

 
 最初に案内された部屋には,3台のノ−トパソコンと2台のプリンタが置いてあった。

彼は1台のパソコンを起動し,簡単な操作をすると,画面に何か映った。彼は更にパソコ

ンを操作すると,画面に惣流さんの姿が映し出された。タンクトップに短パンというラフ

な姿だった。

彼の話だと,彼女の住んでいるマンションの前に監視カメラが設置してあり,このパソ

コンで遠隔操作して,カメラの倍率や角度を変えられるそうだ。早朝と夜はこれを使う。

けれども,センサ−があって,動きが有る時は知らせてくれるので,常時見る必要までは

ないそうだ。要は窓際に人が来ればセンサ−が教えてくれるので,その時以外は使わなく

てもいいということだ。この部屋は誰も入れてはいけないと言われた。後で妹達にも良く

言い聞かせておこう。
 

 次の部屋は私の部屋になるようだ。20インチの液晶テレビにノ−トパソコン,CDラ

ジカセ,鏡台,本棚等々生活に必要なものが一通りおかれていた。クロ−ゼットもある。

ベッドはセミダブルだったが,部屋は8畳位の広さがあったので狭い感じはしなかった。

 
 次の部屋も同じものが置かれていた。おそらく,この部屋は妹と弟が共同で使うことに

なるだろう。机が一つしかないが,当面はなんとかなるだろう。

 
 4つ目の部屋には,非常用の食料が積んであった。彼の話によると,1年分あるらしい。

子供3人だと,半年位はもつだろう。私は最初何故こんなものがあるのかと心配したが,

いい方に解釈すれば,かなり長期にわたって食住が約束されるのだ。悪いことではない。

私は,さっきまで死のうとしていたことを思い出して苦笑した。何て変わり身の早いこと

だ。
 

 リビングに戻ると,妹達は,まだテレビを見ていた。良く見ると,25インチの液晶テ

レビとノ−トパソコン以外には大したものはない。楕円形の6人は座れそうなやや大きめ

のテ−ブルに3人は座れそうなソファに椅子が3つ。ちょっと殺風景だったが,住むのに

は特に支障はない。キッチンはカウンタ−式だったので,朝は妹達にカウンタ−で食べて

もらうことになりそうだ。
 

「どうだい,気に入ったかい。」

彼が尋ねたので,私は笑顔で答えた。
 
「ええ,とっても。」

実際,これまでの住まいよりもいい位だった。
 
「でも,やけに手回しが良くないこと?」
 
「ははは,そう思われてもしょうがないけどね。」

そう言いながら,彼は簡単に事情を話してくれた。


実は,この場所はある女の子のために用意されたのだそうだ。Evaの3人のパイロット

達に対して,それぞれ1人ずつの監視がつく予定だったが,間際になって,そのうち1人

の行方が分からなくなってしまったため,急遽代役を探すはめになったという。行方が分

からなくなったのは,男の子で,本来は男の子のパイロットの監視役をさせる予定だった

そうだが,代役がそうそう見つかるわけがないという理由で,本来惣流さんの監視を行う

予定だった女の子が男の子のパイロットの監視を行うことになったという。しかも,どう

いう訳か,その女の子はこのマンションに住むのを嫌がり,そのため,このマンションは

危うく無駄になる所だったという。


彼の話を聞く限りでは,惣流さんはEvaのパイロットとしての評価は低いらしい。そ

のため,間に合わせの人間に監視を行わせることになったそうだ。間に合わせと言っても

惣流さんに近付ける人間でなくてはならず,転校という手段もさすがに何度も使えないた

め,市立第壱中学校の生徒に的を絞ったまでは良かったが,ネルフ関係者の子供が多くて

頭を抱えていたらしい。彼が諦めかけていた所に私達に出会ったということだった。彼は

幸運だったと言っていたが,それは私にも言えることだった。


そこまで聞いたところで,一つ疑問が浮かんだ。

「転校生って,最近だと碇君という人がいるけど,彼はEvaのパイロットという噂も聞

くし,男の子だし,その人って一体誰なのかしら。」
 
「ははは,そう慌てなくてもいいよ。そのうち分かるよ。でも,彼女達とは一切接触しな

いで欲しい。分かったね。」
 
もちろん,私は頷いた。
 

 その後,惣流さんの様子の記録方法やどこまで近づくのかということについての説明が

あった。連絡方法については,決まっていないらしく,後で知らせてくれることになり,

とりあえず必要な話は一通り終わった。最後に分厚いマニュアルを渡され,良く読むよう

にと言われた。

 彼は,監視する必要はなく,遠くから見ているだけでいいよと言ってくれたので,私は

気楽な気持ちになれた。基本的に惣流さんの様子を見るのは,朝9時から夜6時までという

ことだ。


 彼は帰り際に,当面の生活費として50万円と,家財道具の購入用にとインタ−ネット

で使用可能なデパ−トの商品券を100万円分置いて行った。私はびっくりしてこんなに

いりませんと言ったが,彼は余ったら返してくれればいいと言い,受け取らなかった。


 最後に彼に組織の名前を聞いた。彼は少し考えた後,私の手に「SEELE」と書いて

絶対に秘密にするようにと念を押された。
 
「シ−ルなんて変な名前ね。」

私は思った。私の記憶の中には「シ−ル」だけが残り,「SEELE」という単語は,綺

麗さっぱり消えていた。
 
***
 
 翌日は,朝7時に起床し,朝ご飯と昼ご飯を一緒に作った。私は一足先に朝食を済ませ,

いつでも外出出来るよう準備をした。そして妹達を起こし,朝食と昼食は二人で食べるよ

うに言い含めた。これからは,毎日そうなるはずだ。
 

 その日は10時になって,惣流さんが外出するのが確認された。惣流さんは男の子と2

人で連れ立って歩いていた。惣流さんは,デパ−トの中を一通り歩き回り,2時過ぎに昼

食を採った。一緒の男の子は,へとへとのようだったが,惣流さんは元気一杯だった。

 
 一日惣流さんのことを見て思ったのは,惣流さんの表情が豊かなことだ。怒ったかと思

えば急にニコニコしたり,かと思えば,膨れっ面をしたり,見ていて飽きない。元の顔が

綺麗なこともあり,笑顔がとても素敵だ。私はいつしか,惣流さんとお友達になりたいと

思っていた。
 

 また,惣流さんの優しい一面も見てしまった。一緒の男の子に荷物持ちをさせて,男の

子がへとへとになっていたが,彼がトイレに行った隙に彼の荷物の一部を自分のカバンの

中に入れたのだ。彼は気付かなかったようだが,多分鈍感なのだろう。私は惣流さんのこ

とを徐々にではあるが気に入るようになっていた。

 
 結局,今日の惣流さんは,たくさんの服やら何やらを買い込んで家に帰った。私も買い

物をしようかと考えたが,大抵のものは昨日の晩にインタ−ネットで発注していたため,

どうしても必要な物は無かった。
 
***
 
 家に着いたのは,夕方の6時過ぎだった。私はトランクル−ムに寄って,昨日の晩に発

注しておいた食事の材料を持って行った。これは本当に便利で,ス−パ−で時間を使う必

要がないし,保冷剤が入っているので腐らない優れものだ。私は直ぐに夕食の準備をした。
 

 食事の時,妹達に今日の様子を聞いてみた。2人とも午前中はやることがなく,テレビ

を見ていたが,午後からは,家中の掃除をしたそうだ。勉強をするようにと言おうと思っ

たが,思い止まった。明日来るはずの宅配便の中に,教科書やら筆記用具やらが入ってい

るはずなのだから,今日は勉強が出来るはずがない。私は,父の死が遠い昔のことのよう

に感じていたが,つい昨日の出来事だったことを思い知った。

 
 食事の後片付けは妹達の仕事にした。全部私がやっていたら,私の身が持たないし,か

えって妹達に迷惑をかけることになってしまう。幸い,自動食器洗い機があったため,妹

達に安心して任せることができた。あとは,洗濯とお風呂の用意も妹達の仕事にした。私

は,食事の後は,仕事部屋に直行し,報告書を作ることにした。30分ほど経った頃,妹

がお風呂の用意が出来たと言う。私は,妹達と一緒にお風呂に入ることにした。
 

 風呂は,思ったよりも広く,きょうだい3人が一緒に入ることが出来た。私は,湯船に

浸かりながら,いい気持ちでいた。妹達は水を掛け合って遊び出したが,私は優しい顔を

して妹達を眺めていた。
 

 お風呂から出ると,私は報告書の続きにとりかかった。今日は,初めてだったこともあ

り,2時間もかかってしまったが,慣れれば1時間位で出来るだろう。

 
 報告書を書き終わったら,私の目からひとりでに涙がこぼれ落ちた。昨日と今日の2日

で,私の境遇は恐ろしいほどに変わった。ひとつ間違えれば,私達きょうだいは,この世

から消えていたのだ。そのことを考えると,私は恐ろしくなった。

 
 私は,いつの間にか祈りを捧げていた。今の私は何もすがるものがない。だから,祈る

こと位しか出来ないのだ。私は,迷った末に,惣流さんが元気で一日を過ごせたことに感

謝のお祈りをした。惣流さんに万一のことがあれば,私達の今の生活もあっけなく吹き飛

んでしまう。そして今度こそは父と母の所に行くことになるだろう。私は惣流さんの無事

を思い,何度も祈りをささげた。
 



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 2001.9.23  written by red-x